第21話 若き英傑 浅井長政

 信長は奥村助右衛門から詳しい事情を聞き、美濃までも独りで制圧した、身を甲冑のままの姿でけがれを落として、斎藤道三を目の前にして、目を閉じて拝んだ。その表情から信長の心を読み取れる者はいなかったが、信長にとって大切な存在であった事は分かっていた。そして己の使命を全うして逝ったのだろうと、大きな呼吸を入れながら天を眺めた。


「尾張は信忠に任せる。治安維持に努めよ。斎藤長龍には美濃を任せる。よく知った土地であろうし、蝮殿からも頼まれておった。良き領主としてこの地を守れ」


『はっ』両名は膝をつき、同時に応えた。


「尾張、美濃の兵はそのまま駐屯させ、我らは京を目指す。が、その前に浅井長政に会ってみたい。使者を飛ばし、美濃と北近江の境で一席設けるようにしておけ」


赤い甲冑の織田の兵士はすぐに動いた。


尾張も美濃も、既に妖魔の兵士たちの姿は無く、織田家と徳川家の旗が靡きを見せ、それに安心した、山や谷間に隠れていた民たちも姿を現し出した。


家康は自領土に徳川四天王でありながら徳川十六神将、共に筆頭の酒井忠次に、家臣の者たちを与え、徳川家再興の旗を掲げるように、全てを任せた。


「殿。ご安心くだされ。徳川家は家康公の元、一枚岩になりました」

「忠次、余が不在の間、留守は任せた。民たちを安堵させてやってくれ。食べ物が無い者には食べ物を与え、衣類が無い者には衣類を渡して、我らの力で、安心を与えてやってくれ」

「お任せ下され。殿のほうが険しい道を進む事になるでしょう。そのまま兵はお連れくださいませ」

「それでは暫しの別れになるが、風の頼りで我らの功績を聞いてくれ」

「いってらっしゃいませ」


 家康は多くの家臣に見送られながら、自領土をあとにした。信長とは北近江と美濃の境に、浅井長政を見極める為に、一席設けると聞いていた。浅井長政の名は、噂ではあるが家康の耳にも届いていた。若くして、民に慕われ、十五歳にして家督を継ぎ、家臣にも慕われていると。


しかしそれは事実を混ぜた建前であり、父である浅井久政が無能であり、六角の従属と化していた。浅井長政に家督を譲ってはいたが、実質的には何の権限も無い状態で、裏で久政が命令を下していた。六角、浅井、朝倉の領土は繋がっており、そして関係も良好であったが、浅井長政は、父である久政が六角義賢に敗れ、北近江を手放し、六角に従属はしたものの、それはあくまでも父の意向であり、長政は違った。


そして肥田城主の高野瀬秀隆が長政に味方した事により、六角はいずれ長政は必ず仕掛けてくると万全の用意をしていた為、すぐに出陣した。その兵数二万五千で、長政は一万一千で援軍として出向き、六角勢を撃破した。この戦により浅井長政の勇名は広まった。


京までの道を確保する為、六角等は眼中に無かったが、浅井長政はまだ若くこれから妖魔との激闘で必要な人物だった。


どこの国にも問題はあった。信長や家康も、問題なく家督を継いだ訳では無かった。信長には刺客が放たれ、家康も長政のように、今川家に従属していた。


新たな夜明けを見るには、必要な人物だった。しかし、世間の噂をそのまま信じる程、二人とも愚かでは無かった。その為、一席を設けて、心眼を開いて見定める事が、必要不可欠であった。


当然、長政は分かっていた。しかも自分よりも遥かに劣る兵士数で、日本全土で一番の力を持っていた今川義元を倒した武名は、褒め称える言葉が見つからない程であった。三人ともが同じ思いを持ち、そうであってほしいという願望も同じだった。


三人は帯刀せず、それぞれの配下に刀を手渡して、簡易的に作られた茶室に上がった。既に千利休が招かれており、三人を待っていた。面識があったのは、織田信長だけであったが、それは商売として接していただけであった。


茶を立てながら、三人に茶菓子を出した。和のゴマをこし餡に入れて、よく雑ぜて最中もなかの間に挟んで出した。風味のある甘すぎず、茶の味を堪能できる、実に見事な組み合わせだった。


三者ともが同じ思いで、この場に居合わせ、そして茶と最中でも同意見だった。

その雰囲気を察してか、千利休が一言だけ口を出した。


「ここから京までの道のりは実に近い。近すぎて見えないお方が多い中、お若いお三方が、今日、この場で同じ想いを言葉にする事無く、汲み取れた場に居合わせた事は、私にとって素晴らしい日でございます」



「時に利休。筒井家に身を寄せている島左近を知っているか?」信長は尋ねた。

「商売のほうで一、二度ほどお会いしましたが、特に懇意にさせて頂いてはおりませんが、お名前は存じ上げております」信長は利休の言葉に対して、違和感を覚えた。


「それは其の方では、普通の事なのか?」

「と申されると?」

「お主は、商売人でもある。一、二度程度商売相手にしただけであろう相手でも、忘れるような事はなかろう? 違うか?」

「俺の事も覚えていたし、我ら三名の事も知っている口振りだった。どこで俺たちの事を知った?」

「その眼力には敵いません。家康様も来るという報せが届いておりました。領土を徳川家筆頭の酒井忠次様にお任せになり、こちらに向かっていると……」


「商売人であり、茶人でもあるお主が、しのびを抱えているとは、実に賢い。それが其の方の力の使い方か」

浅井長政は、まだ若く十五歳であった為、千利休が忍を雇っている事が何故、信長が褒めるほどの事なのか分からなかった。解らない事は恥で無い事を、既に理解していた長政は、信長に対して尋ねた。


「お話の途中失礼致します。先ほど利休殿が忍を抱えている事に対して、信長様は感心されておりましたが、若輩者である私には、まだ理解出来ないので、お教えを乞いたいと存じます」


 信長は長政に感心した。この会話を聞いているのは四名以上いるのに対して、理解出来ない事を、率直に言葉にして尋ねる事の大切さを、まだ十五歳にして肩書上では大名であり、戦でも戦神と称えられるその意味を知った。


考えても答えが出ない時には、尋ねる勇気を持ち、六角の従属国として、今は従っているが、己の成長の為に力を注ぎ、そのような姿は、国の者たちにも感心される。六角に従属はしているが、直ぐに追い抜くであろうと思った。兵士には声の届かない場所であったが、少なく見積もっても、四名以外に千利休と家康の忍がいた。


浅井長政は、自国の強化に取り組む姿に、誰しもが感心を示した。それは父が六角義賢に大敗し、従属し、後処理を任されるように、家督を譲り受け、家臣に浅井家の大名は長政である。と強く示す為に久政を追放した。

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