第20話 燃え滾る漢たちの魂

「誰じゃ? 婿殿か?」

幕舎の陰にいる人物が話しかけてきた。その言葉から、奥村はすぐに斎藤道三だと言う事は分かった。

「斎藤道三殿とお見受け致す。そのような暗い場所では無く、外においで下さいませ。負傷の手当もせねばなりませぬ」

「どこにも傷は負ってない。其方は何者じゃ?」

「前田家、家臣、奥村助右衛門と申します」

「では婿殿はもう近くにいるのじゃな。ゆっくりと待つとしようではないか。奥村助右衛門よ」


「無礼は承知で失礼します」あまりにも不自然な状況に、奥村助右衛門は、槍をもって幕舎を支えている木々を払った。幕舎は崩れ、日の当たる場所になったが、斎藤道三は動く事無く、そのまま座っていた。その姿に、奥村助右衛門は言葉を失った。

斎藤道三は妖魔になっていた。



妖魔となった息子の長龍のけがれた魂を、章滅士の力で吸い取り、傷つき、疲労し、死んではいなかったが、倒れた。意識を失っている間、妖魔の力に抵抗する力も止まり、目覚めた時には、長龍から吸収した妖魔の力が、全身を支配していた。



「仕方ない。信長を殺す前に、貴様から殺してくれよう」言葉と同時に槍で突いてきた。奥村助右衛門はその槍を、槍をもって制した。

「少しは出来るようだな。だがこの道三の槍から逃れた者は誰もおらぬ!」

槍先の刃と刃が瞬間的にぶつかり合い、火花を幾つも生み出した。一撃一撃が、重く、そして鋭かった。奥村はそんな中、退く事はせず、敢えて前に押して行った。



「面白い、敢えて前に出るか。奥村助右衛門、名前は憶えておいてやろう」

奥村の槍裁きも見事であり、的確に致命傷を狙って行った。道三は明らかに致命傷を防いでいた。奥村は思った。妖魔化はまだしていないのだと。それはつまり、殺せる事を意味した。攻勢にでなければ、それを確信する事は出来なかった為、敢えて攻勢に出た。しかし、奥村は全力で戦っていたが、道三には、まだ余裕があるように感じた。奥村の槍先は、強く道三を狙って突き入れた。道三はそれを前に出つつ避けて、奥村助右衛門の槍を握る手に向かって刃を向けた。


すぐに槍を捨てて、刀を抜いてそのまま横に両断した。道三はサッと後ろに退いた。

道三の槍の鋭さと速さは、奥村の刀で防戦一方で、追い詰められていた。


「助右衛門!!」声と同時に、奥村助右衛門に槍を投げ渡して、そのまま飛び上がり、槍で上から道三に対して、叩きつけた。道三はそれを槍を掲げて、受け止めた。

槍を受け取った助右衛門は、連携を取って、そのまま間合いを縮めて、心臓に対して槍先の刃で突きを入れた。


前田慶次と奥村助右衛門は、武芸を競い合った仲であり、二人で戦う時の為に、連携も取れるよう、厳しい鍛錬を積んで来ていた。道三の槍はきしみを上げた。慶次の槍の刃と、道三の槍の横腹である木ではいずれ折れる事は必然であった。道三は槍が折れる瞬間に後退し、槍の刃を慶次に向けて投げつけ、逆の石突のほうで、助右衛門の槍を横から払った。慶次は投げつけられた槍先をサッと避けて、地面に着地した。


「助右衛門。一体どうゆう事だ?」

「分からぬが、妖魔である事は確かだ。妖魔ではあるが、妖魔人にはまだなっていない。妖魔人となれば非常に厄介な相手になる。ここで倒すのが定石だ。幾度か致命傷を狙ったが、いずれも防がれた。だから分かるが、心臓はまだある状態だ」


「二人対一人は性に合わない。俺にも試させてくれないか?」

「逃がせば、問題になるぞ。試すなら今を置いて他にない。他の者が来る前に好きなだけやってみろ」


 前田慶次は一人で前へ出て、通常よりも重い槍を、道三に対して殺意と共に向けた。一歩前へ出て、すぐに正面にあった椅子を、槍でぶつけるように投げた。道三はそこら中に転がっている槍を二本持つと、一本を地面に突き刺し、横の広場に向けて飛んで避けた。


慶次は刀の間合いに入る勢いで、槍を道三に突き入れた。道三は槍を後ろに流して、刀の間合いにしてから、間近から槍の乱れ突きを慶次に見舞った。慶次はその素早い乱れ突きを体中に受けて、吹き飛んだ。「慶次!!」奥村はすぐに駆け寄った。血が出ていないのを見て、衣服を剥がすと鎖帷子を着込んでいた。


「お前だけじゃ無理だ。諦めて二人でやるぞ。いいな、慶次?」

「ああ。着込んでいなかったら、死んでいた。勇名以上の槍の使い手だ」

「お前は実戦は初めてのようなものだ。今までのような相手とは違い、道三の強さは本物だ。そこで休んで痛みが取れたら、加勢に来い」


 奥村助右衛門は再び槍を構えた。お互い言葉を一言も発さず、槍は交わった。キンキンと音と共に火花が散った。

二人とも攻防を幾手も繰り広げ、隙を狙っては討ち込んだが、その度に、後の先を取られた。奥村は何度か道三の乱れ突きを見て、最後は必ず真正面に突きを入れて、態勢を整えるのを見ていた。それ故に隙も殆ど生じない。このままでは再び、圧倒的な攻勢に出られる前に、奥村助右衛門は勝負に出た。


恐ろしい腕前の敵相手に、敢えて隙を見せて乱れ突きを誘った。隙を見せた瞬間に予想通り、乱れ突きをしてきた。その槍の突きが来ると分かっていたが、横腹を僅かに斬り裂いた。そして足を狙った下段の突きに対して、奥村は慶次のように、上から叩きつけるように、槍を封じた。そして道三が槍を引き戻そうとした時、奥村は自分の足でその槍を、橋を渡るように駆け込むと、最後の一足で槍を強く蹴って、渾身の一撃——熱き魂を乗せた槍を、奥村のその強き力で大きく振りかぶって、心臓目掛けて投げつけた。奥村は、自らの槍はそのままにして、道三が移動の際に使った槍を手にすると、背後から即座に首に槍を突き通した。槍を抜いて警戒しながら、慶次を守るように、正面に回り込んだ。


覇気も無く、力も失せたように弱っていた。今にも崩れ落ちそうな程で、槍が手から落ちた。

「戦いに明け暮れた人生じゃった……天に情けがあればまた会おう」

道三はそう言うと、前へと倒れた。もう完全に動く事の無い、死体となっていた。

目から光は失せ、本人がそう言った通り、戦いに明け暮れた人生であったと奥村は思った。そこら中に義龍によって妖魔となった美濃の兵士たちしかいなかった。道三は自分の道を貫いたが、義龍を討ち取った後、疲れ果てて、妖魔の力に支配されたのだと気づいた。そして礼を払って、亡骸を積み荷に積んで汚れを取り、信長の元へ配下たちに運ばせた。


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