第10話 高まる怨念

「させるかよ!」声と共に一騎の紅蓮の武者が現れて、大原雪斎の鉄扇を打ち返した。雪斎はその打ち返された勢いで、跳ね飛ばされた。

そして後に続いて、深紅の騎兵隊が現れた。

武田信玄の鉄の軍配で、扇を叩き返して、大原雪斎に強い眼光を向けた。


「やはりな! お前ほどの男が、生に飲まれるとは情けない!」

「信玄!! 貴様はここには来れぬはず! 甲斐を捨てたか?!」


「我が武田家には、お前以上の智将がいる。今頃、北条は甲斐を取るどころではないわ!」

「それにしてもせぬ。絶対にお前が動けぬように手は打った」


「ふん。やはりお前の仕業か。妖魔を送り込み、北条を動かしたか」

「北条は所詮それまでの男よ。妖魔の王の恐ろしさを知るといい……わしは生に固執し、妖魔になった訳ではないわ……妖魔王を倒せる者などおらぬ。全ては我らのせいよ」


「どういう意味だ?」

「群雄割拠の戦国時代が始まってから、もう二百年近く経つ。人間であるわしたちの怨念が妖魔を育てるのじゃ。蔓延はびこる人間たちの悪意や未練、痛恨が、高波のように襲ってくる。身分高き女が夜に僅かばかりの金銭の為に、客を引くようになり、その反面皇居はボロボロで皆、ろくなものも食べていないのが現実よ。全ての蔓延るものを消すことは不可能よ。印章士と覆滅士と良く似ておる。妖魔と人も、もう何者にも止められぬのじゃ」


「雪斎。わしとお前は僧侶時代からの仲じゃ。ひとつだけ教えてくれ。信虎が言っておったが、妖魔人になったら、もう印章士に封印されることは無いと言っておった。わしとお主の仲じゃ、教えてくれてもよかろう?」


「……道三よ。昔のように問答をしよう。答えはすでにお主とわしの会話の中にある。わしに言えるのはそれだけじゃ」


「その言、確かであろうな?」

「お主が信長か。一度見てみたいと思うておった。言葉に偽りを使うほど、堕ちてはおらぬわ」


「婿殿が分かったなら、それでよい。やはり天下を任せられるのは婿殿しかおらぬ」


「雪斎、わしの槍で、其方に引導を渡してくれよう」

「人間であったならば、勝ち目は全く無いが、妖魔人となったからには負けられぬ」


「ここはわしに任せてもらおうか。信玄公と家康殿と婿殿は、妖魔王をお任せ致す」

「義父殿、死に急がれぬよう、御濃を泣かせんでくだされ。御武運お祈りいたす」


「霧陰! あと二人印章士を連れてまいれ」

「蝮殿。我が武田家の印章士をお使いくだされ」

「それは助かる。信玄公も生きてまた会いましょうぞ」


「話は終わった。雪斎よ、成仏させてくれるわ」

槍を大きく頭上で振り回して、最後に大原雪斎に向けて、槍を振り下ろした。

その槍の風圧と、力を込めた体に対して、土の地面は震えた。


三人は軍勢を引き連れ、妖魔の王のいる浜松城に、配下と共に乗り込んで行った。


大原雪斎は、俳句を書くような長方形の形をした薄い紙に、己の指を噛んで出てきた血で何かを書いて、斎藤道三に向けて飛ばしてきた。


道三は警戒して、槍先ではない石突のほうで、その紙を真正面から突いた。

その紙に石突が当たる前に、紙から血文字が空中に浮かび上がり、三メートルはあるほどの、赤い鬼が出てきて紙は消滅した。


「式神の一種か」そう一言だけ口に出すと、槍を持って走り込み、人間並みはある金棒の軸に、槍を押し込むように地面に刺した。そしてすかさず、抜刀の一撃から巨体である体に剣撃を斬りつけたが、小さな傷跡程度しか残せなかった。


道三はすぐに刀を収めると同時に、槍を手にして、鬼の両の眼を突き刺して飛び退いた。

そして再び槍を構えた。「わしの槍にも耐えれれるかの?」悶え狂う赤い鬼を見て、道三は槍が通るであろう首に対して、下から突き上げた。穂先が刺さりはしたが、引き抜くのも容易では無かった。鬼の足を蹴りつけ、槍を抜き去ると、その刺し傷に槍を深く差し込み横に払った。


マムシと呼ばれる男は、好機は今しかないと判断して、全力で首周囲を斬りつけ、突き刺していった。鬼の首周りは、血だらけで傷が無い場所が無いほど、道三の槍は熱き魂の最後の灯のように、斬りつけた後、両の手を使って、これ以上無いほどまで速度と威力を上げていくと突き上げた後、「フィ!」と口笛を鳴らし、後方に控えていた愛馬は道三のほうへやってきて、そのまま馬に跨った。


下方に身をゆらして回転させて、後ろまで一度下がり、広々とした場所で縦横無尽に横に振るった。そして「はぃやっ」と一言だけ発して、早すぎて目には見えない彼の槍は、赤い鬼の首を取った。そして、ただの血にまみれた切り込みのある紙になった。



 雪斎が更に式符に血文字で書き終える前に、道三は突っ込み式符を切り裂いた。

妖魔化した雪斎は、道三を囲むように、分身体を出してきた。

「お前たちは封印に集中するんじゃ。敵がお主たちを狙うのなら、わしの屈指の槍さばきをお見舞いしてやるから安心せよ」


道三は、周囲に煙のように舞う、蝮の男を次々と刺して行ったが、全ては煙そのものだった。


「道三様。こ奴らの弱点というよりも、何故、封印出来ないのかが分かりました。そして封印士の力が何故意味を成さないのかも」霧陰は神妙な表情をしていた。


「弱い武人や、あまり役に立ちそうもない文官は、通常の妖魔化に変化されたのだと思われます。大原雪斎や武田信虎は、一角を成す者たちです。そういう者たちを、恐らくですが、完全なる妖魔化に勧誘された者たちだと思います」


「完全なる妖魔化だと? どういうことだ?」


「今は戦中です。簡潔に言わせて頂きますが、人間である命、つまりは心臓を妖魔の世界に入れてしまえば、妖魔の体が死ぬことはありません」


「なるほど。それなら確かに、封印が出来ぬわけか」


「はい。そしてここからが問題ですが、奴らを倒すには、この日ノ本から印章士と覆滅士、そして両方の力持つ、章滅士たちの力も必要になります。貴方様のように…」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る