毒物は危険なお味!

 へーちゃんが上の人に掛け合って、ギルド内にある食堂の厨房を借りてくれた。私がまな板の上で焼鞠やまりを薄くスライスすると、にんにくに似た鮮烈な香りが広がる。あーこれぜったい美味いやつ。


「なんかすごい臭うっ! これ、ほんとに大丈夫なんですか!?」

「台所で毒物を扱うなんて非常識だぞ! 責任持てるのか!?」


 見ればへーちゃんとみーちゃんが二人でぴったりくっついて、震えながら抗議している。そうか、これって本来なら魔物をも倒せる猛毒なのよね。私は心配する二人を安心させたくて、満面の笑みで応えてあげた。


「大丈夫だよ、大丈夫ぅー♪」

「その自信の根拠は何なんですかっ!?」

「えっと……『直感』ってやつ?」

「「はぁ!?」」


 信じられないって顔してる二人の前で、私はスライスした焼鞠を更に刻んだ。ちいさな欠片をポイと自分の口に入れて見せると、みーちゃんが「ひゃぁ」と声を上げて座り込んじゃった。そんな彼女を、へーちゃんが慌てて支えてる。


「みーちゃん、しっかり!!」


 仲のいい二人を横目に、私は焼鞠の欠片をしっかり咀嚼する。


「ふむ……あっこれ、やっぱりめちゃウマだわ」

「お前なあ、いい加減にっ!……って、えっ?」

「うん、これってトリュフっぽい」

「とりゅふ?」


 トリュフってそれ自体は味が弱いけど、これはしっかりおいしいの。食感はサクリとしててやや乾燥気味。噛み締めると生なのに旨味が強い。にんにくっぽい香りの後から、ほのかに甘くてコクのあるアーモンドのような風味が鼻を抜けていって……うん旨い。


「へえーほんとに? どれどれ」

「あ、ほんとだ旨いにゃー」

「ビール持ってこいでござる!」


 ゆっきーにハタやん、そしてイッシーが次々と口に運ぶ様子を見て、へーちゃんはあんぐりと口を開いてる。私はすかさずその口の中へ、小さな焼鞠スライスを放り込んだ。


「ん゛ん゛ん゛ー!?」


 へーちゃんが目を白黒させている間に、私は大きいフライパンを火にかける。少し多めのバターを乗せて溶かしはじめると……うん、ふんわりいい香り。溶けた黄金色のそれがしゅわしゅわし始めたら、卵を人数分落として蓋をした。


 私が火を弱めていたら、みーちゃんを支えたままのへーちゃんが、不思議そうに呟いた。


「あれ……身体はなんともないし、不思議な旨味がある。しかもこれ、すっげえいい香り……」

「でっしょー?」


 ふふん、ほらごらんよ。思わずドヤ顔。私の持つスキル『直感』は、今のところ結構いい仕事してんじゃないかしら。内心で自画自賛していると、厨房にいい香りが漂い始めた。頃合いを見て蓋を開ければ、食欲をそそる香りと共にぶわりと湯気があがる。


 白身の縁がいい塩梅なきつね色になっているのを確かめて、人数分の目玉焼きに細かく刻んだ焼鞠を振りかけた。すると熱が加わった直後、暴力的なまでの食欲をそそる香りが放たれる――うん、想定通りだわ。


『きゅぅぅぅぅ』


 その時私の背後から高い音が聞こえた。全員が一斉に音の出どころを見ると、座り込んだままのみーちゃんが頬を真っ赤にしている。


「ちょ……だ、だって! 急にへーちゃん達が来たから! 今日はまだ、お昼ごはん食べてないんだもんっ!!」


 皆は黙ってうつむいたり、肩を震わせたりしてる。でもお腹が鳴るなんて生理現象だし、なんなら健康な証! そして女の子だもん、そりゃ恥ずかしいわよね。

 私はあえて明るく、みーちゃんに声をかけてあげた。


「そっか、今日はお騒がせしちゃって本当にごめんねー。すぐ用意できるから、ちょっと待ってて」


 私はフライ返しを手早く差し込んで、目玉焼きの一つをお皿に取り分けた。刻まれてしんなりした焼鞠の上から、ぱらりと軽く塩を振る。


「ねえみーちゃん。これ、味見してみてくれない? 毒はもう抜けてるし、本当に大丈夫だから」

「えっ……」


 私はまだ戸惑っているみーちゃんに皿を手渡して、にっこりと微笑んでみせた。あ、ちょっと頬赤くなったね。そうよね私、今めっちゃ美少年だし!

 そして塩の瓶をテーブルに置きつつ、すぐ側にいたハタやんに声をかける。


「今からみんなの分を並べるから、片っ端から軽めにお塩振ってくれる?」

「はいよー、まかせてー」


 私がお皿へ次々と目玉焼きを載せていくと、ハタやんは塩の瓶を手に手際よく振りかけていく。


「ささ、毒がないのはもうわかってるからね。みんなー、ちょっとこれ食べてみ「なにこれうっま!」」


 ――ってゆっきーったらもう食べてるし。食いしん坊かよ。

 そしてゆっきーの感嘆に促されて、他のみんなも次々と目玉焼きを口に運びはじめた。


「おっふ……この香り、バターと卵黄にめっちゃ合うにゃー」

「ビール……じゃなくて、ワイン持ってこいでござるよ!」


 ハタやんは丁寧に味わってる感じ。イッシーは要求する酒がさっきと変わってて、思わず笑う。


 私も自分の分を食べてみると……うん美味い。これやっぱりだわ。黒トリュフの鮮烈な香りと、白トリュフの柔らかい食感が両立してる。バターと卵黄を絡めて食べれば、こっくりと濃厚な旨味を感じる。大成功ね。


「これすっごい美味しい……」


 見ればみーちゃんが、青い瞳を潤ませながら目玉焼きを口に運んでいる。そーかよかった。泣くほど美味かったか。へーちゃんも無言のまま、目を瞑って咀嚼してる……うん、美味しいんだね。本当によかったわ。


 私がうんうん頷いてると、後ろから数人の声が聞こえた。


「おい何だこのうまそうな匂いは」

「みーちゃんたち、何食ってんのー?」


 厨房の入り口には、いつの間にか人集りが出来ている。職員さんだけでなく、冒険者の人たちもいるみたい。その中には見覚えのある顔もあった。


「ともっちぃぃぃ! 見つけたぁぁぁっ!!」


 チーム勇者のリーダー、アリスちゃん。腰から生えるコウモリのような翼を使い、人だかりの頭上をひらりと飛び越えて厨房に入ってきた。そのまま私に勢いよく抱きついてきた彼女のせいで、お皿を落としそうになったけど何とか死守する。


「ともっちってお料理男子だったのね! 本当に素敵だわ!」


 ――いやちょっと待て。目玉焼き作った程度で『お料理男子』?


 彼女の判定基準に疑問を感じつつ、その尋常でないに、正直腰がひけちゃうのでした……。

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