毛っこうな危険物

 ここは冒険者ギルド内の救護室。

 翼人の少年は、私の手から放たれた青白い閃光にすっごい驚いてた。でもその後すぐに、私をここまで連れてきてくれたの。


「本当になんともない……ちょっと信じられないわ」

「――だろ!?」


 さっきから私の手を診てくれているのは、同じく翼人の女の子。少年と同じ明るい空色の瞳と髪を持つ、一見おっとりしてそうな美人さん。長いまつ毛に縁どられた瞳はくるくるとよく動いて、腰まである髪はふわふわカール。

 ……うん。控えめに見ても、お人形さんみたいな可愛らしさね。


「ねえ。このトモッチさん……だっけ? 彼、本当に焼毬やまりを素手で触ったの?」

「本当だってば。思いっきりがっちり握ってたんだぜ?」


 私はさっき自己紹介を済ませた後、彼らの話をずっと聞いていた。二人はお互いに少年を『へーちゃん』、少女を『みーちゃん』と呼び合っている。


 彼らの会話でわかったのは、あの毒々しい色のボールは『焼鞠』というキノコの一種だということ。これは猛毒で、素手で触るとその成分で皮膚が酷くただれてしまうらしい。


 私が空中で手のひらを見た時は、青緑色の液体が確かにベッタリと張り付いていた。でもあの青い閃光の後は全部綺麗に無くなってるし、皮膚には傷やただれなんて一切見当たらない。


「本当に不思議だけど、何も異常がないのは確かみたいね。よかったわ」


 そう言いながらみーちゃんは、例の焼鞠を観察しはじめた。カゴから出されて一つだけ皿に乗っているそれは、最初に見た毒々しい赤紫色ではなく、ごく薄い茶色になっている。そしてさっきはソフトボール大だったのに、今はゴルフボール程まで縮んでいた。


「ねえへーちゃん。こんな状態の焼鞠、私今まで見たことないわ」

「俺もだよ。なあ、トモッチさん。あの青い光が出たやつ? 一体、何やったんだ?」 

「いやそれが、私にもよくわからなくてねえ……」


 そうなのよね、あれって一体何だったのかしら。説明のしようがないまま頬をポリポリ掻いていると、背後のドアが開く音がした。


「あー、ともっち居た! 大丈夫かー?」


 振り返るとゆっきーが、メロンおっぱいをたゆんたゆんさせながら部屋へ入ってくる。その後ろには、ハタやんとイッシーもいた。


「ともっち、大丈夫かにゃー?」

「救護室にいるっていうから、みんな心配したでござるよー」

「あー、みんなごめんね。よくわからないんだけど、身体はなんともないから大丈夫」


 突然入ってきた面々に、へーちゃんみーちゃんはちょっと驚いてる。そうよね急にどやどやと入ってきたから、ごめんなさいね。

 私が仲間のみんなを紹介すると、へーちゃん達もやっと自己紹介をしてくれた。


「俺はここ冒険者ギルドで、配達員をしているんだ。気軽にへーちゃんって呼んでくれ」

「私はここで救護員をしているの。みーちゃんって呼んでね。へーちゃんとは双子の兄妹なの」


 目や髪の色がお揃いだし、仲も良さそうだから血縁者かなとは思ってはいたけど、まさか双子だとは思わなかったわ。それにしても『へーちゃん』『みーちゃん』って本名? いやこれってあだ名じゃないのかしら? まあいいけど。


 自己紹介し終えた皆の注目は、縮んでしまった焼鞠に移る。私はずっと感じていた疑問を口にした。


「ねえへーちゃん。そもそも焼鞠これって何に使うの?」

「これは猛毒があるんだ。この毒を使って、ハンターたちは魔物を仕留めるよ」

「ふうん。それってどんな類の毒なの?」

「えーっと、それは……」

「私が説明しよっか?」

「うん、頼む」


 言い淀んだへーちゃんに代わって、みーちゃんが解説の交代を申し出た。救護室にいるだけあって、みーちゃんはそういうのも詳しいんだね。すごいわ。


「えっと、まず直接触ると皮膚のがおきるわ。あと麻痺性の強毒もあるの。ヒトにとっての致死量は、小指の先くらいで十分。それに脳の萎縮も引き起こすから、もし運良く生き残ってたとしても後遺症がひどいの。運動障害や言語障害、中には髪の毛がごっそり抜けるなんて症状も報告されてるわね」


「なんだかおっかないなー。まるでカエンタケみたいじゃないか」

「かえんたけ……?」

「ああ、こっちの話だから気にしないで」


 みーちゃんが聞き返したその名前は、前の世界では有名な毒キノコの名前。確かにそうね。麻痺以外はカエンタケの症状と似てるかも。それにしても、よく思いついたね。ゆっきー、さすが年の功。


「髪の毛がごっそり……なんて非道い……」


 後ろでワナワナと震えながら、小さく呟いてるのはハタやんだ。顔面蒼白……かどうかは毛深くてわかんないけど、表情はしっかり引きつってる。

 そうね、フサフサは大切。昔『髪は長~い友達』なんてCMがあったけど、ハタやんは元の世界じゃ『わりと早めにあっさり裏切られた』って聞いているし。これはさぞ恐ろしいだろう。


 そんなハタやんを気にすることなく、へーちゃんが口を開いた。


「軽くすりつぶして餌に混ぜれば、魔猪くらいなら一口で倒せる。エキスを塗りこんだ武器を当てれば、飛竜クラスでもしばらく動きを止められるんだ」

「なるほどー。そのために焼鞠を集めてたのね」


 するとへーちゃんは、ちょっとバツが悪そうに頬を掻いてる。


「まあ……実際に集めるのは、俺じゃなくてハンターの仕事だけどね。俺は配達員だから、ギルドに運ぶだけ」

「ハンター? 『冒険者』とは違うのでござるか?」


 イッシーが不思議そうに尋ねた。うん、それ私も思ったわ。


「あ? うん。『冒険者』っていうのは、ギルドに出入りして仕事を受ける連中全体の呼び名なんだよ。その中でも、狩りや採取を専門にやってる連中を『狩人ハンター』って呼んでるんだ」


 呼称の違いについて納得したところで、私は小さくなった焼鞠をじっと見ていた。さっきからずっと気になってたのよこれ。


 素手でむんずと掴んだら、へーちゃんみーちゃんが「ひゃぁっ!」と叫んだけど、ほら見て。やっぱり手のひらには何の異常もない。そっと撫でてみると乾燥しているのか、少しカサカサしている。さっき空中で掴んだときはムニムニしてたのに、ずいぶんと感触が変わったもんだね。


 そこで私は、妙な香りに気がついた。小さくなった焼鞠を鼻に近づけて、匂いを嗅ぐ。するとどこかで嗅いだことのある、独特な香りがした。

 うーん、これってもしかして……。


「ねえここって厨房ある?」

「食堂に行けば厨房はあるけど……一体なにするんだ?」

「ちょっとねー、試してみたいことがあるのよ」


 怪訝そうな顔をするへーちゃんだったけど、私はとある予感で密かにワクワクしてたのよ、ふふっ。

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