第42話 ヒト殺し3
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それは、
視界が光に埋め尽くされ、前後左右どちらに進んでいるのかも分からなくなる程の方向感覚の喪失。そして、全身を激しく打ち付けるような痛み。
だが、吹雪と決定的に違うのは、痛みの質が正反対という部分にあるだろう。
全身という全身が焼けるような、ひりつくような痛みに襲われる感覚を味わう。
勝手に鼻血が溢れ、寒くもないのに全身が震えて言うことをきかない。
そんな感覚に晒されながらも、俺は痛いと思う以上に、愉しいという感覚に満たされていた。
(やはり、イカレているな……)
普通なら死んでしまうような状況でありながらも、そんな楽観的な意見が出てくる自分の精神に疑念を持つ。狂っているとは思っていたが、ここまでイカレているのか。
光が体の内部を駆け抜けていく中、感覚は失せ、視界は白濁とし、まるで精神だけが別の世界に放り込まれたかのような奇妙な感覚を覚える。
死後の世界に送り込まれたかのような違和感の中、俺は目の前に人の気配を感じ取っていた。
これが、グラシャラボラス?
それにしては、気配が違うような……?
『やぁ、人殺し』
いきなりの暴言に俺は言葉を発する事さえ出来ずに呆けざるを得ない。
甲高い少年の声。
グラシャラボラスの低い声とは似ても似つかない声質だ。
ということは、目の前にいる気配はグラシャラボラスではない?
なら、グラシャラボラスは何処にいる?
いや、そもそも目の前に現れたコイツは何なんだ?
俺の思考が毛糸玉のようにこんがらがる中、声は告げる。
『まぁ、落ち着いて。まずはこれを見てよ』
何も見えないはずの視界の中に、急遽五人の男が映し出される。
いずれもザンバラ髪に、時代劇で見るような着物を着た男たちだ。
一人の偉丈夫を囲むように四人が立ち、その四人が思い思いに刀を構える中で、囲まれた男が無手のままに無造作に立っている。
一目見て分かる。
コイツはデキる奴だ。
勿論、囲んでいる男たちのことではない。
囲まれている大男の方である。
「中庸大道党の党首、金元だな?」
無手の男が尋ねると、四人の中でも一際背の低い少年のような男が前に出て、「如何にも!」と答える。
刀を持っているのもそうだが、言い草がどうにも古臭い。それに着物というのも時代を感じさせる。
もしかして、現代ではないのか。
俺は何を見せられているんだ。
『正解〜。時代的には幕末辺り? 三百年続いた徳川の世が乱れ、様々な思想と暴力が渦巻いていた時代の話だよ〜』
幕末の話? 何が何やらだ……。
俺が思い悩む間にも、無手の男はこっちの様子など気にした風もなく続ける。
「貴殿らには幕府転覆を企てた容疑が掛かっている。よって、捕縛する――と言いたいところだが、何分この時世ゆえ牢にも空きがなくてな」
「コイツ、幕府の犬か!」
「巷で噂の新選組か!? 長州を取り締まれば良いものを! 我らを狙うか!」
「金元殿、逃げられよ! ここは我々が押さえるゆえ!」
「忝ない! 各々方、死――……」
だが、金元の言葉が終わるよりも早く、無手の男が動く。
まるで流水のように自然なその動きは見惚れる程に美しく、男たちが刀を振るよりも早く懐に入り、男たちの腹を消し飛ばしていた。
臓物が煌めきを放って宙空を舞う中で、無手の男は瞬く間に三人を瞬殺する。
力みも何もない。構えようとして構えていない。極自然な動き。どれだけ人を殺せば、あんなに自然に人を殺せるようになるのか。
そんな動きだった。
息をするように人を殺すというのは、あぁいうのを言うんだろうな。見事だ。
『天刃流兵法の創設者、丹生弥兵衛――平たく言うと、公儀隠密という奴だね。天性の体力と膂力に任せた攻撃は強力無比。それに加えて武も学も修めているのだから、ただの猪武者というわけでもない。京の町で人斬りが流行っていた時代に、その存在を感じさせずに不穏分子を殺して回った裏の存在だよ』
丹生弥兵衛? 丹生、だと……?
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