【08時25分】

「お、おはよう」


 あまり特徴のない、口ごもったような声。

 教室の自分の席に着いた途端、隣の男子生徒が声を掛けてきた。もちろん軽く挨拶を返す。


「俺の名前、覚えてるか?」

「渡辺颯太くん」


 さすがに隣の人の名前はしっかり覚えている。というかこの質問、何回目だ…? 色々な意味で。


「僕が転校して来てから、何回もその質問をしてくるよな」

「ああ。だって、その方が覚えるだろ?」


 それにしても……、という言葉が喉から飛び出しかける。僕はそれを押さえつけるように頷いた。


「それに転校生なんだから、しょうがないだろ」

「そういうもんか」


 颯太くんが大きく頷く。銀縁眼鏡の奥の目を細めながら。


 ガララッ……。


 ドアのスライド音。

 その時、大男がほんの少し腰を屈め、教室の前方のドアから入ってきた。

 日焼けした肌、彫りの深い顔立ち、まるでゴリラ。ジャージ姿だが体育教諭ではなく数学教諭。クラス担任の村野むらの義男よしお先生であった。


「おはようっ!」


 少々ドスが聞いているが明るくはっきりとした声。

 村野は僕の座る目の前にある教卓までドスドスと歩いてきた。

 やはり第一印象は怖い人だと思ったが、そんなことはない。気さくだし、転校して来たばかりの僕を気にかけてくださっている。


「よし侑斗っ! 今日も元気に登校しているな」

「はぁいっ! もちろん」


 常にテンション高めなのが玉に瑕。


「もう、クラスの皆と話したか?」

「まだですね。仲良くしてくれる人はいますよ」

「それは良かったっ! なぁ、颯太」

「はいぃ。仲良くさせていただいてます」


 颯太、口ごもる。


 キーンコーンカーンコーン……。


 チャイムの音。

 今日も、普段と変わらない何食わぬ日常が幕を開けた。

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