用意周到な転生陰陽師は死にたくない

雪の片鱗

第1話 異世界転生

 気づいたら、転生して赤ん坊になっていた。


「……こうして、陰陽師は人に悪さをする怪異を改心させたのです」


 赤ん坊の俺に絵本を読み聞かせてくれたのは、陰陽師のお母さんだ。


 前世の死因はわからないが、死ぬのが怖かったことは覚えていた。

 死ぬのが怖いのに、この世界には人を襲う怪異がいるらしい。


 強い陰陽師にならないと、いつ死んでもおかしくない。


――死にたくない。


――絶対に!


 陰陽師として強くなるためには、今できることからやっていくしかない。


 前世で感じることができなかった不思議な力――お母さんは霊力と言っていた――が俺の体から外に蒸気のように抜けている。

 お母さんはあまり霊力が抜けていないので、陰陽師はこの霊力の漏れをなくした方が良いのかもしれない。


 赤ん坊なんだから、時間はあるんだ。まずは霊力の漏れをなくしてみよう。






「お帰りなさい」


「ただいま」


 霊力の漏れをなくすために試行錯誤していると、お父さんが帰ってきた。お父さんは退魔官という職のようだが、陰陽師と何が違うのかわからない。


「今日も弱い怪異ばかりだった。怪我もしてない」


「今日も怪我がなくて良かったわ」


 お父さんの職業である退魔官は怪異と戦うようだ。

 強い怪異と戦って、お父さんが怪我をしたり死んだりしないか心配だ。まだ家族という実感がないので、収入がなくなり、生活が苦しくなるという意味で心配だ。


晴矢せいや、パパが帰ってきましたよ」


 今、お母さんが呼んだ晴矢というのが俺につけられた名前だ。名字は鈴安すずやす


 お母さんとお父さんは平凡な顔だちなので、前世と同じく、今世もイケメンにはなれないだろう。残念だ。

 でも実力のある陰陽師になったら、かわいい彼女ができるかもしれない。死なずにかわいい彼女と付き合うために陰陽師の修行を頑張らないといけないな。


「晴矢に『思業式神しぎょうしきがみ』を見せて、陰陽師か退魔官になれる才能があるか確かめてみましょう」


「そうか、晴矢はもう一歳になるのか」


 しばらくお母さんとお父さんの会話を聞いていると、陰陽師か退魔官になれる才能があるのかを調べるという話になった。陰陽師や退魔官の親は、子供が一歳になると才能を調べるのだろうか。

 霊力が見えるから、才能はあると思う。

 だけど、もし才能がなくて陰陽師になれなかったらどうしよう……。不安だ。


「私の霊力はそんなに多くないから、弱い『思業式神』しか作れないけど、晴矢の才能を確認するだけなら、十分よね」


 お母さんは手を前に伸ばして、霊力を掌の先に集め始めた。

 やがて、その霊力の塊は、――子犬になった。


 その光景を見て、

 霊力を集めると子犬になるのか?

 他の動物にもなるのか?

 今の俺にもできるのか?

 といった疑問が次から次へと浮かぶ。


「晴矢の目の前を往復しなさい」


 お母さんの命令に従い、子犬がこちらに近づき、目の前を何度か往復する。


 そんな子犬の動きを目で追っていると、お母さんが喜びながら、お父さんに話しかけた。


「見て! 晴矢が『思業式神』を見ているわ! 霊力視ができているから、陰陽師か退魔官になれる才能があるわ!」


「そうだな。これで将来、晴矢が陰陽師か退魔官になりたいと言ったときに夢を諦めさせないで済む」


 お父さんは喜びよりも安堵感の方が大きいようだ。


 その気持ちは俺にもわかる。

 俺が親だったとしても、自分の子供に才能がないからその夢を諦めるしかない、とか伝えたくないしな。


 とにかく、陰陽師になれる才能があって良かった。

 思わず、陰陽師になれなくて普通に生活していたら、突然怪異に襲われて死ぬという最悪の事態まで想像してしまった。


「それにしても、霊力を定期的に与えられないとはいえ、この『思業式神』の子犬が存在を維持できなくて消えてしまうのは、可哀想だな」


 え、この子犬、消えてしまうの?

……可愛いのに。


「……そうね。でも私達の霊力は仕事に必要だから、あげるわけにはいかないわ。だから、消えてしまう日まで大切にしましょう」


 霊力が足りなくなると両親が怪異に殺されるかもしれないし、子犬の命は諦めるしかないのか。


「……それしかないか。血縁関係がないと『思業式神』に霊力を与えられないから、誰かに譲ることもできない」


……お母さんの子供の俺なら、『思業式神』の子犬に霊力を与えることができるのでは?


 あとで試してみよう。

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