#2『未来少女たち』

 ――あれ?


 なんだろ……ふわふわっとして、変な感じがする。


 さっきまで大好きなゆうくんと、お喋りしてたはずなのになぁ。



 あ。でも、この感じ……前にもあったっけ。


 確か、『イロドリミドリ』のアニメを観た後、リビングでうたた寝しちゃったとき。


 私、綿苗わたなえ結花ゆうかが――『イロドリミドリ』の五人と夢の中でコラボした、あのときとそっくりな感覚かも。




「あ。結花先輩、起きた」



 むくっと顔を上げたら、そこは教室でした。

 だけど、私の通ってる学校の教室じゃない。


 ……うん、覚えてる。前にも来たことある!


 ここは、舞ヶ原まいがはら音楽大学付属舞ヶ原高等学校――通称『まいまい』の教室だ!!



「おーい? 結花せんぱーい?」

「……あ」



 ぽけーっと教室を見回してたら、隣に立ってた女の子が、ひょいっと私の顔を覗き込んできました。



 ボブカットの黒髪に、可愛い柴犬のデザインが特徴的なヘアピンをつけていて。

 目元がくりっとした、なんだか癒やし系な雰囲気の女の子。


 ごくごく普通な女子高生って感じなんだけど……。


 私、この子のこと知ってる! すっごく!!



小野おの美苗みなえさん?」

「あ、はい。小野美苗ですよ? ひょっとして寝ぼけてますか、結花先輩?」



 うわぁ、やっぱりそうだ!


 彼女の名前は、小野美苗ちゃん。


『まいまい』の軽音部に所属してる、高校一年生で。


 あの『イロドリミドリ』の後輩バンドにあたる――『HaNaMiNa』のメンバーの一人だ。



 アニメからハマって、『チュウニズム』で遊んだり、マンガ動画を観たりしてたからなのかな?


『イロドリミドリ』の五人に続いて……まさか今度は、美苗ちゃんが夢に出てきちゃうなんて!



「あれ? 結花先輩、なんだかご機嫌悪いですか?」

「え? 別に、悪くないけど……」



 ――――って、あれ?


 ひょっとしてと思って、華の付け根のところを触ってみたら……私ってば、眼鏡掛けてるじゃん。

 髪の毛も、ポニーテールに結ってあるし。


 今日の夢の私は、なんでだか分かんないけど……学校モードになっちゃってる!



「あ、そうなんですね。よかったー。私、何かしちゃったかなって、びっくりしちゃいましたよー」



 ホッとしたように両手を胸元で合わせて、にっこり笑う美苗ちゃん。


 うわぁ、可愛いなぁ。見てるこっちが、幸せになっちゃう笑顔だなぁ。


 よーし……私も美苗ちゃんみたいに、にこって笑いながら話し掛けるもんねっ!!



 ぐいっと、口角に力を入れて。

 じっと、美苗ちゃんのことを見つめて。


 私は、大きく息を吸い込んで――言いました。



「……どうも」

「え!? なんでそんな、他人行儀なんですか!?」



 …………あぅぅ。


 コミュ力高めな美苗ちゃんと違って、私ってば――全然だめだめじゃんよ、もぉ。



          ◆



「取りあえず、私のことは……結花ちゃんって、呼んで」


「え? でも、結花先輩の方が一学年上ですし」


「……いいから、結花ちゃんで。あと、敬語も無しよ」



 だってさぁ。

 夢の中とはいえ、せっかく大好きな美苗ちゃんとお話しできたんだよ?


 それなのに、よそよそしい絡みだと――寂しいじゃんよ。


 ……学校モードの綿苗結花すぎて、がっちがちな私が言うなって話なんだけどね。



「えっと、それじゃあ……お言葉に甘えて。よろしくね、結花ちゃん! えへへ、なんだか照れちゃうね?」


「……そ、そうね。なんだか気恥ずかしいけれど……嬉しいわ、美苗ちゃん」


「ちなみに、私以外の『HaNaMiNa』のメンバーは知ってる?」



 美苗ちゃんがくりっとした真ん丸な目で、私のことを覗き込みました。

 それから、にこっと笑って。



「私はすっごい普通なんだけど、他のみんなは個性が凄いんだー。なでちゃんは元気いっぱいだし、七々瀬ななせ先輩はクールで格好良いし、はなちゃんは生徒会にも入ってる有名人だし。あ、それから『イロドリミドリ』の先輩たちも、すっごい個性的なんだよ!」


「確かにそうね……あ。私の周りも、そうかも」



 考えてみたら……自分の周りも、相当な個性派揃いだなぁ。


 可愛くってコミュ力の塊で、私が困ってるとヒーローみたいに助けてくれる、一番の友達のももちゃん。


 遊くんにはいつも毒舌だけど、ツンデレ可愛い義理の妹、那由なゆちゃん。


 外では男装コスプレイヤーをやってて大人気らしいけど……私のことをなんか年下扱いしてくる、めんどくさ可愛い妹の勇海いさみ



 そして、真打ち――遊くん!



 世界で一番格好良くて、可愛くて、輝いてて。


 ふわぁ何これ……ひょっとしたら天使って、遊くんのことが神話とかで語り継がれてるんじゃない? って思っちゃうくらい、大好きな――私の許嫁です! えへー。



「あ。なんか結花ちゃんが、ふにゃって顔になった。可愛いねー?」

「――え? あ、えっと……あぅ」



 ほんわかした顔の美苗ちゃんにそう言われたら……遊くん好き好きモードになってた自分が、恥ずかしくなってきちゃった。


 遊くんのことを考えると、いつもこうなっちゃうんだよなぁ、私。


 もぉ、遊くんのばーか……結花たらしなんだから。



「周りの個性が強いところもだけどね。それ以外にもなんだか、結花ちゃんに親近感を覚えちゃうんだよねー」


「え? で、でも……地味でお堅いと思われてる私が、美苗ちゃんに似てるところなんて……」


「あ、それかも! 私って普通だから、結花ちゃんが今言ってた雰囲気が、なんだか似てるって感じるんだと思うな」



 美苗ちゃんはそう言うと、踊るみたいにくるっと一回転しました。

 とってもナチュラルな感じで。



「じゃあ今日は、私と結花ちゃんで『地味かわコンビ』――なんてどうだろ? うん、響きもいい感じだし!」



 ――『地味かわコンビ』。


 コンビって言われて、改めて考えてみたら……私と美苗ちゃんって、案外似てるところ、あるのかも。



 二人とも、クラスとかで目立つキャラじゃなくて、どちらかっていうとおとなしめなタイプだし。


 いつもお気に入りのヘアピンをしてるし。


 身長もほとんど同じくらいだし。



 あと、気のせいかもだけど――声も似てるような気がするし。



「なんか……楽しいね」



 ふいに私の口から、溢れ出した言葉。

 それは心の底から感じた気持ち。


 そんな私に応えるように、美苗ちゃんもはにかみながら、言ってくれたんだ。



「うん! 私もすっごく楽しいよ、結花ちゃん!!」



          ◆



 ――それから私と美苗ちゃんは、他愛もない話で盛り上がりました。


 人見知りしちゃうタイプの私にしては珍しく、すぐに打ち解けて話せたんだー。


 これも全部、美苗ちゃんのコミュ力のおかげだね!



「それでね! 遊くんは、ヘッドフォンをして耳を隠してる女の子に、キュンとくるんだって! だから三女派でね……」


「そうなんだー」


「それからねっ! 修学旅行で沖縄に行ったとき、昔ながらのちっちゃな水族館を見つけてね。そのとき、遊くんが……」


「――あははっ! 結花ちゃんって、本当に遊くんさんが、大好きなんだねー」



 あ……やっちゃった。


 美苗ちゃんは無邪気に笑ってくれてるけど、私はあぅぅって気持ちになって……そのまま机に突っ伏しました。



「ごめんね……喋り過ぎちゃったよね」



 まったく喋らないパターンか、喋りすぎて空回っちゃうパターンか。


 コミュニケーションへたっぴな私は、いつもどっちかになっちゃうんだよなぁ……反省。



「え、落ち込まないで? 私はただね……結花ちゃん素敵だなぁって、思っただけだよ」


「素敵……? 一人でテンション上がって、お恥ずかしい限りなんだけどぉ……」


「恥ずかしくないよ。大好きなことを大好きって言えるのって、すっごく素敵だよ? 遊くんさんの話をしてる結花ちゃんは、『恋する乙女』って感じで……キラキラ輝いて見えたもん」



 屈託のない笑みを浮かべたまま、美苗ちゃんはふっと、天井を仰いで。

 なんだか楽しそうに……言ったんだ。



「私にはそういう、浮いた話はないんだけどね? 結花ちゃんにとっての、遊くんさんくらい……『HaNaMiNa』の活動が、とっても大好きなんだー。なでちゃんや七々瀬先輩や華ちゃんと……もっともっと楽しい毎日を過ごしたいなって、思ってるの」



 眩しい笑顔で、そんな風に言う美苗ちゃん。


 もぉ……素敵なのは、そっちの方じゃんよ。



「結花ちゃんはきっと、遊くんさんの可愛いお嫁さんになるんだろうなー」


「お、お嫁さん……っ! ふへっ……ありがとうね? 美苗ちゃんこそ絶対、楽しくって素敵な毎日を過ごせるって思うよ!」



 私と美苗ちゃんは、あんまり目立たないタイプの『地味かわコンビ』だけど。


 キラキラ輝く未来に向かって、一歩ずつ進んでる二人だから。


 きっとこの先も――楽しいしかないよね?




 それから私は、美苗ちゃんにお願いして、ドラムを教えてもらうことになりました。


 快くOKしてくれた美苗ちゃんは、いそいそとドラムの練習パッドを運んできてくれて。


 私はおそるおそる、練習パッドのそばにある丸椅子に、腰掛けます。



「じゃあ結花ちゃん。座るときは、ちょっと脚を開いて……」


「こ、こんな感じ?」


「ちょっと肩に力が入りすぎかな。リラックスだよ、リラックスー」


「ぜ、善処します……」



 そして美苗ちゃんから、ドラムスティックを受け取ると。

 私は両方の手でぐっと、力いっぱい握り締めました。



「それだと、手が痛くなっちゃうよー? 握り方はね、こんな感じがいいかも」



 美苗ちゃんが握り方のお手本を見せてくれて。


 見よう見まねで握り直してみるんだけど、やっぱりなんか違ったりして。


 そんなやり取りを繰り返すうちに――なんだか、笑いが込み上げてきちゃって。



「えへへっ……楽しいね、美苗ちゃん?」

「それはこっちのセリフだよー、結花ちゃん」



 そうして、二人で笑いあっていたら。


 なんだか急に、意識がぼんやりとしてきて……。



          ◆



「――――あれ? 美苗ちゃん?」



 ゆっくりと身体を起こしたら……そこは見慣れた、我が家の寝室でした。


 時計を見たら、まだ三時。


 そっか。夜中に目が覚めちゃったんだね、私。



「……楽しい夢だったなぁ」



 私はぼんやりと、夢の中で出逢えた小野美苗ちゃんのことを思い出します。


 生きてる世界も、頑張ってることも、全然違うんだけど。


 あんまり目立つタイプじゃないところとか、お気に入りのヘアピンがあるところとか、身長とか声とか――似てるところもいっぱいあった、美苗ちゃん。



『HaNaMiNa』の新曲、楽しみにしてるね。

 私も声優の仕事とか、遊くんとの生活とか……いっぱい頑張るね。

 お互いキラキラ輝く、毎日にしようね。



 なんて、物思いに耽ってると……ふわぁ。


 なんだかまた、眠くなってきちゃった……。



 ぐいーっと大きく伸びをしたら、私は布団をかぶって、ころんと横になりました。


 隣にいるのは――寝息を立てながら、無防備に眠ってる大好きな人。



「……ふにゅ」



 私はもぞもぞっと、布団をかぶったまま遊くんのそばに移動して。


 ギューッと、その大きな身体に抱きつきました。



「……温かいなぁ。遊くん」



 とくんとくんって、大好きな遊くんの心臓の鼓動が聞こえる……。


 やっぱりこれが、私にとって――一番落ち着く音楽だなぁ。




 ……おやすみなさい、遊くん。


 明日もどうぞ、よろしくね。

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《コラボ企画》【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。×イロドリミドリ コラボ小説 氷高悠・SEGA/ファンタジア文庫 @fantasia

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