枯れそうで枯れない、やっぱ少しキツいスキルツリー

紀之貫

第1話

「【この世の誰も聞いたことがない言語を自然と口から繰り出す能力】!」


「……詐欺師!」


 薄暗い聖堂の中、煌々と輝く大きな魔法陣。

 その中央で小さな樹の実を高らかに掲げて宣言した青年の祭司に、同じく祭司姿の年配男性が、渋面を作りつつも思い切ったような勢いをつけて宣告した。

 場に集った少年少女が、大いに笑う。いずれも、育ちの良さが装いから知れる。

 その中、一同の前に立つ少年が苦笑いで歩み出て、樹の実を両手で丁寧に受け取った。


「これが、詐欺師の実かぁ……」


「そうと決まったわけではありません。活かすも殺すも、君次第です」


 年配の祭司がやんわりと返すと、少年はコクリとうなずいた。

 そして、受け取った樹の実を口の中へ。カリッと噛み砕き、顔を歪めて一言。


「苦い……」


「知ってる言葉~!」


 同世代の仲間から軽口が飛び、再び笑いに場が包まれる中、少年もつられて笑みを浮かべた。


 幹の太さだけでも、一般の家屋を優に超えるほどの大木。そこをくり抜いて作られた聖堂。

 ここは、スキルの世界樹と呼ばれる、いわゆる聖地である。

 満15才となった少年少女は、この世界樹がつけるスキルの実を口にし、新たな才能を身につけるという儀式に臨む。

 今は、その儀式の真っ最中なのだ。


 とはいえ、儀式と言っても世俗化して久しい。儀式中に笑い声が起きるほどだ。

 それに、この儀式は随分と前から有料化している。富裕な中産階級であれば、我が子のためにと手が伸びる程度だ。


 詐欺師の実を受け取った少年に続き、今度は少女が歩み出た。

 受け渡し役の青年に、外から運ばれた新たな実が手渡される。この実が何であるか。由緒正しい魔法陣に読み取らせ、青年は高らかに告げた。


「【手に触れた生物の雌雄を一瞬で正確に判別する能力】!」


「……学者!」


 詐欺師の次は、極めてまっとうな職業である。

 直前の少年は、仲間たちの中で芝居じみた悔しさを表現しつつ、学者の少女に惜しみない拍手を贈った。

 こうした反応に、年配の祭司――職名の祭司ジョブマスターは、人知れずホッと胸をなでおろした。


 スキルの実が与える能力に対し、職名の祭司は、適切と思われる職業の名を提示していく。

 が、しかし……この祭司たちは、口を揃えて言う。


「昔は良かった」と。


 その昔、この儀式は神聖なものであり――その上、わかりやすかった。


【火炎を操る能力】

【風を操る能力】

【人の枠を超えた怪力】

【尋常ではない生命力】


 といった次第である。


 適職の提案も容易であった。

 というのも、実がわかりやすい時代は、長きにわたる魔族との戦乱の最中でもあった。

 そのため、勇者・賢者あたりで問題なかったのだ。

 実際、そういった世相の中でスキルの実を授かりに来る者は、すでにそうした才覚と資格があった。

 強力な能力を授けられ、それに相応しい生き方をする覚悟がある者だったということだ。


 しかし、魔族との戦いが集結し、世が平和になると、状況は一変した。

 スキルの世界樹は、急速に世俗化した。力に伴う責任を問われる世ではなくなり、それまでよりも気軽に、能力を求めるようになったからだ。

 需要は高まり、供給が追いつかなくなっていった。

 金を取るという方策は、スキルを授かるという行為のハードルを、むしろ大幅に引き下げた。

 金で買える祝福だと思われたのだ。

 やがて、実が熟すまで待つことはなくなり、それまでよりも小さな実をスキルの実として扱うようになった。

 実が小さくなったことで、与える能力も大きく変化した。わかりやすく強力だったものが、ずいぶんと状況を選ぶものになったのだ。


 今日もまた、微妙なスキルの実が運び込まれ、それに適切な職の名を名付けていく。

 神聖さが失われて久しい儀式だが、親が子を思い、人生で一度きりの儀に大金を投じているのだ。経験豊かな祭司は、頭脳を絞ってその職務に立ち向かう。


「【生物ナマモノに触れている限り、徐々に手の温度が下がっていく能力】!」


「……料理人!」


「【野営すると、自身の付近に雨が降らなくなる能力】!」


「……フィールドワーカー全般!」


「【視線があった相手の心拍が徐々に上昇していく能力】!」


「……詐欺師!」


「詐欺師多くない?」


 実が悪いのか、あるいは結びつける側の発想に問題があるのか……いずれにせよ、今日はそういう日であった。

 子どもの将来を願っての儀式ではあるが、当人たちに、そこまでの意識はない。新たに詐欺師の実を得た少女も、特に気にする素振りを見せず、身を口に含んだ。


 ただ、微妙な実ばかりになった昨今とはいえ、たまには強力な実が紛れ込むこともある。

 より正確に言えば、栄達に結びつきやすいものが。


「【爪先を向けられた相手が勝手に自然と口ごもり、あるいはどもっていく能力】!」


「……政治家!」


 平和な世にあって、しかも富裕層の子が集まる中である。これはアタリ職と言っていい。

 答弁において、相手の自滅を促す為政者というのはどうなのかという向きもあろうが。

 成功が約束されたといっても過言ではないなか、大きな拍手に包まれ、幸運な少年が実を受け取った。

 見守る周囲の保護者たちの反応は様々である。前途を祝しつつも、いくらか嫉妬が見え隠れするといった具合か。


 余談だが、この少年は後の世に、この能力で大成している。

 とはいえ、彼自身の性向としてはかなり控えめ。特に強い思想や思考もなく、数年間はこの能力を忘れていたほどであった。そもそも、他人に爪先を向けてまで制する口論の機会が、彼にはなかったのだ。

 転機が訪れたのは、彼が友人と歩いていたときのこと。友人が不当な言いがかりをつけられた際、彼はその能力を思い出し、絡んできた相手に爪先を向けたのだ。

 これにより、衆目の中で勝手に恥をかいた相手は、わけもわからないままに逃散。二人は事なきを得た。

 このときの経験が切っ掛けになり、彼は自身の能力に開眼した。

 人を支えるために使えばいいのだと。

 最終的に彼は、ヴィジョンはあるが、それゆえに敵を作りやすい為政者の腹心となった。


 彼のように、与えられた能力が成功に導く例もある。

 しかし、実際には稀な事象と言っていい。小さなスキルの実は、あまり汎用性のある能力ではなく、むしろ特定用途に特化した能力を授ける傾向にあるからだ。

 それに、祭司が提示する職業が、本人の希望に沿わないものとなることも多い。

……むしろ、アタリが少ないとわかりきっているからこそ、救われているという面もあろうが。

 大変なのは、何かしら職に結び付けねばならない祭司と、強いていえば大枚はたいている親である。


 聖堂内が笑い声に包まれる中、世界樹の外側では、過酷な仕事に臨む者もいる。

 スキルの実の回収部隊だ。

 ある意味、実が授ける能力以上の特殊技能を持つ彼らは、天をつくほどの巨木に立ち向かい、子どもたちのために実を集めている。

 しがみつこうにも幹が太すぎ、枝を折ってしまう懸念から、枝に体重を掛けることは禁じられている。

 そのため、彼らは魔法で空中を歩き、あるいは浮遊して作業を行っている。幹の各所に巻きつけた縄に、自身を結びつけて命綱としているが……幸いにして、これが役立つほどの事態に陥ることはない。

 危険な仕事には違いないが、彼らの技量と注意力を上回るものではないのだ。


 命の危険よりもむしろ厄介なのは、作業場の広さである。

 縦に長い世界樹の、根本近くで実ができるのであれば……いや、今以上に世俗化が進んでいただろうか。

 ともあれ、スキルの実を得るため、作業者はかなり登らなければならない。

 全高数キロに渡るこの巨木を、細心の注意を払って、自身の魔力と体力を頼りに登っていくのだ。

 そして……広大な大樹に目を光らせ、小さな実をどうにか発見し、確保していく。


 大きな実を少量集めるだけの時代から、小さな実を相当量集める時代になり、作業者たちの負担は激増した。

 スキルの実有償化は、こうした作業者に報いるためのものでもある。この激務に耐えうる人材をスカウトするのにも、やはり相当の資金が必要だ。


 ただ、小さな実を採取するようになってから、好都合な変化もあった。

 実が、どうも目立ちたがりになったのだ。

 大きくなった実を採取していた時代は、どの実も似たような外見で、言ってしまえば地味だった。

 しかし今では、それぞれの実が色鮮やかに発色している。中には、音を発するものから、種皮に包まれつつも豊かな芳香を放つものまで。

 さながら、実の方が摘まれるのを心待ちにしているようなのだ。

 実の方がアピールしてくることで、実の小ささから来る視認性の悪さは、ある程度緩和されている。

 採った後が、やや煩わしい……というのが、採取部隊のちょっとした悩みのタネだが。


 誰に頼まれたでもなく、スキルの世界樹は実をなし、世に祝福を与え続けている。

 しかし、この樹の存続を危ぶむ者も、中にはいる。

 世界樹に関わる聖職者の中には、儀式の場に立つ者から、採取部隊、全体の運営に携わる者まで様々だ。

 その運営側の中に、記録部門がある。どのような実が、どういった能力を授けたか。それを細大漏らさず記録していく部門だ。

 部門の担当者が言うには、この世界樹は同じスキルの実を、二度とはつけないという。

 つまり、どのような能力であれ、今のところは唯一性があるユニークスキルなのだ。


 これは、たまたまなのかもしれない。小さな実が授ける能力は、かなり状況を選ぶものが多く、それゆえにかぶりが生じないのではないかと。

 しかし、実際には、世界樹の持つ何らかの性質だとすれば――


 もしかすると、能力の枯渇があり得るかもしれない。


 それが本当なのか、検証は難しい。本当だとして、何か手立てはあるのか。

 かまびすしい議論の中で持ち上がったのは、世界樹に対するケアである。

 なにしろ、人類は世界樹から実をいただくばかりで、あまつさえ幹をくり抜いている。それなのに、世界樹に対しては、何も与えないでいるのだ。

 しかし、では世界樹に対して何ができるというのだろう。水をやればいいのか、施肥すればいいのか。

 それでかえって、状況が悪化しないとは言い切れない。


 スキルの世界樹をめぐり、聖職者たちは頭を悩ませている。

 しかし、その恩恵にあずかる少年少女たちは、世界樹どころか自身に授けられる能力に対してさえ、そこまでの執着を見せない。

 どうせ、大した能力ではない。期待を持ちすぎないようにと、あらかじめ親から言い含められ、この場に臨むからだ。

 とはいえ、親としての欲目は捨てきれないようで、気軽に構える子らに対し、親たちは一層の悲喜こもごもを見せているが。


 さて、授けられた能力が、後の人生で活かされるかどうか。

 これは、世界樹の聖職者たちには残念な話だが、一般的にはあまり活かされてはいない。授けられる能力が、本人の興味や性質に沿うことが少ないからだ。

 とはいえ、全く役立たないというわけでもない。富裕層に生まれた子にとって、この儀式に参加したというのは、なかなかの思い出になる。この場で芽生えた友誼が、後の人生で役立つこともままあるのだ。


 それに、社交の機会が多い階層の子らである。話の種は多い方が良い。

 そうしたニーズに、スキルの実はもってこいだ。役に立つのか、そうでもないのか。微妙な能力も、笑い話にはできる。実際に食べてみて、少し使ってみて……ちょっとかじってみた程度の経験があれば、それでいい。

 スキルの実を食べた者にとって本当に重要なのは、実が授けなかった能力だ。

 つまり、【努力】【運】【健康】などなど。

 ある意味では、スキルの実を食べた経験それ自体が、ある程度の能力を保証してくれている。


 スキルの世界樹で働く者は、世界樹の将来を案じている。実が授ける能力の枯渇、それを防ぐ手立てがあるのかどうか。

 方や、受益者たちは、世界樹の将来をあまり気にしてはいない。金の使いみちなら、他にいくらでもある。


 果たして、スキルの世界樹はどうなるのか?

 その行く末は、誰も知らない。

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