第38話 ユウ王子とヒスイの出会い ~形見のブレスレット~ 2/2

 ごきげんよう。

 あら、お召し物に汚れが・・・・どうかされたのですか?

 えっ、転んでしまわれたのですかっ?!

 大丈夫ですかっ?お怪我はございませんかっ?!ああっ、ここに擦り傷が・・・・

 どうかお気を付けくださいな。

 以前の私であれば、怪我などすぐに治してさしあげられましたが、今の私には、こうして手当をして差し上げることしかできないのです。

 痛みは、ございませんか?

 痛みがあるようでしたら、このまましばらくここで休まれては・・・・え?

 お話の続き、ですか?

 そのようなことよりも、お怪我の方が・・・・はぁ、仕方がない方ですね。

 では、お話させていただきます。

 その代わり。

 ・・・・痛みが辛いようでしたら、すぐにおっしゃってくださいね?



 ※※※※※※※※※※



「・・・・ユウ?どうかしたの?」


 尋常ではないユウの様子に、ヒスイはユウに声を掛けた。

 その声にハッと我に返ったユウだったが、すぐにヒスイの腕を掴んで立ち上がり、そのまま歩き出す。


「きて、ヒスイ」

「えっ?ちょ・・・・ちょっと、ユウっ?!」


 リュートを取り落としそうになりながらも、ユウに引きずられるようにしてヒスイも歩き出した。


「ユウっ、一体どこへ」


 問いに答える事無く歩き続けるユウに連れられてヒスイがやってきたのは、ギャグ王国城。

 時刻は深夜。

 当然門は閉じられているが、正門前を素通りして少し歩いたところにある小さな建物に入ると、ユウは部屋の床板の一部を持ち上げた。

 現れたのは、地下へと続く階段。


「ここ、って・・・・」


 呆気に取られているヒスイに構わず、ユウは当然のようにヒスイを連れたまま階段を降り始める。


「門が締まっちゃった後は、いつもここから出入りしてるんだ、僕達」

「・・・・そんな極秘情報は、僕みたいな部外者には迂闊に教えない方がいいと思うけど?」

「いいんだよ、ヒスイは」

「ねぇ、ユウ」


 掴まれた腕を強く引いてユウを立ち止まらせると、ヒスイは言った。


「あなたは、この国の王子なんだよ?少しは人を疑った方が」

「だって、ヒスイは大丈夫だから」


 ヒスイの説教にも、ユウはキョトンとした顔を見せるばかり。


「その根拠は?どうするの?もし僕が王子を利用しようとしている悪い人間だったら」

「それはないよ」


 ニッコリと笑って、ユウは言った。


「だって、ヒスイの魂は、ものすごく綺麗な色をしているもの」


 ユウの言葉に、ヒスイはハッとした。


(そう言えば、ギャグ王国の第二王子は、魂の色を見る事ができるとか・・・・あれは、単なる噂ではなかったということか)


「僕、眠たくなってきたから、早く帰ろう?」

「は?」

「もうすぐ、そこだから」


 そう言って、ヒスイの腕を掴んだまま、ユウは再び歩き出す。

 暫く歩き、階段を上った先は、ギャグ王国の城内。


「僕の部屋、あそこだから」


 言いながら、ユウはヒスイと共に城内の廊下を歩き、部屋へと入った。


「ヒスイはベッド使って。僕、ソファで寝るから」


 部屋に入ったユウは、ようやくヒスイの腕を解放したかと思いきや、ソファにゴロリと身を横たえる。


「えっ?」

「大丈夫だよ、ベッドは毎朝ミャーが直してくれてるし、僕今日はまだ一回もベッドで寝てないから」

「あのねぇ、僕はそういう事を言っている訳じゃ」

「でね、明日になったら、お父様に会ってね」

「はぁっ?!」

「じゃ、おやすみ」

「ちょっ・・・・ユウっ?!」


 よほど眠たかったのだろうか。

 それとも、単に寝つきが良いだけなのだろうか。

 目を閉じたユウからは、既に規則正しい寝息が聞こえ始め。


(やれやれ・・・・これはまた、とんでもなく自由な王子様だね。まぁ、僕は嫌いじゃないけど)


 クスリと小さく笑うと、ヒスイはユウに言われた通り、ベッドに入って目を閉じた。




「ユウ様、起きてください。起床の時間に・・・・ぎゃあぁあぁあっ!」


 近距離から響きわたるけたたましい叫び声に、ヒスイは何事かと飛び起きた。

 と。

 箒を手に構えたメイドが、少し離れた所に立ち、震えながらもヒスイを睨みつけている。


「だっ、誰ですか、あなたはっ?!それに、ユウ様はどちらに」

「どうしたの・・・・あー、ミャーだ!おはよう、ミャー!」

「ぎゃっ!ユウ様っ、こちらに来てはいけませんっ!お逃げください、ここは私がっ・・・・ええいっ、早く離れろっ、そしてここからとっとと逃げろっ!」

「えー、なんで?でも、勇ましいミャーも、可愛いね♪」

「不審者がそこに居るんじゃっ!四の五の言わずにとっとと逃げんかいっ!」

「不審者・・・・?もしかして、ヒスイのこと?」


 目の前で繰り広げられている理解のできない状況を、ヒスイは他人事のようにベッドの上でのんびりと観察した。

 自分をユウと間違えて起こしに来たのは、おそらく王子付きのメイド。

 仕事はできるが、なかなか愉快なメイドだという話は、ヒスイの耳にも届いている。

 そして、そのメイドに何故かベッタリと抱きついて離れないユウ。

 今はこのメイドにとっては緊急事態のため、必死で引きはがそうとしているものの、抱きつかれる事自体にはそれほど抵抗は無いように見える。

 おそらく、ユウがこのメイドに朝の挨拶代わりに抱き付くのは、毎朝のルーティーンのようなものなのだろうと、ヒスイは冷静に考えていた。


(いくら王子付きのメイドとはいえ、年頃のレディに抱き付くのは、セクシャルハラスメントになると思うんだけど、ねぇ?)


「大丈夫だよ、ヒスイは。昨日僕が連れて帰ってきたんだから」

「・・・・はぁっ?!」


 ヒスイが観察している前で、三角巾の下から覗くメイドのこめかみが、ピクリと引き攣る。


「ユウ様・・・・」


 まとわりつくユウの手を振り払うと、メイドは腹の底から響くような怒りを孕んだ声で告げた。


「いい加減にしないと、本気で怒りますよ?」

「え?なんで?」

「そんなことくらい、ご自分のその頭でお考えくださいませっ!」


 小首を傾げるユウをよそに、メイドは勢いよく部屋を出て行った。


「ねぇ、ヒスイ。僕、何かした?ミャーは何であんなに怒ったんだろう?」


 訳が分からない、といった困り顔で、ユウはベッドの上のヒスイの助けを求める。

 だが。


「怒られて当たり前だと思うけど?」

「え?なんで?」

「だって僕は、ヒスイのリュートをどうしてもお父様に聴いて欲しかったんだ」


 真剣な目をしてそう訴えかけるユウの言葉に、ヒスイは驚いて目を丸くする。

 会話としてはイマイチ成り立っていないし、どこから突っ込めばいいか分からなくなるほどに突っ込みどころは満載だったが、自分がなぜここに連れられてきたのか、という疑問が解消されたことの安堵と、理由そのものへの驚きに、ヒスイはしばし言葉を失った。


「だから、顔洗って朝ごはん食べたら、お父様の所に行こう。きっとお父様、喜んでくれると思うんだ」


(僕の都合はお構いなし、かな?まぁ、別に僕も予定がある訳じゃないから、いいけどね)


「ね、ヒスイ。お腹空いたね!今日の朝ごはんは何かな~?うちのシェフの料理は、ものすごく美味しいんだよ!ヒスイも絶対気に入ってくれると思うんだ」


(だいぶ自由が過ぎる王子様だねぇ・・・・でも)


「何してるの、ヒスイ?早く食堂行くよ!」

「はいはい」


(困ったな。おかしなことに僕は、この王子様の事を全然嫌いになれそうもない)


 ユウのペースで事が進み、急き立てられるように食堂へと向かった後には、ヒスイは国王マイケルの前でリュートを奏でていた。

 そして。

 その目に涙を浮かべるほどにヒスイの奏でるリュートの調べに聴き入っていたマイケルは、即、ヒスイを王国付きの吟遊詩人とし、その身分を保証したのだった。

 王の求めには必ず応じる事。

 そのただひとつの条件の元に。


 ~現在~

「ねぇ、ヒスイ。なんでミャーが可哀想なの?」


 そう言って、ユウは純粋無垢な瞳をヒスイへと向ける。


「どうするのさ?ミーシャがあのブレスレットを失くしてしまったり傷つけてしまったりしたら。もしそんなことになれば」

「大丈夫だよ」

「あなたは大丈夫でも、彼女は」

「心配性だなぁ、ヒスイは。ミャーなら絶対に、大丈夫。それに、どんなことがあっても、僕が彼女を守るから」

「えっ?」

「だってミャーは、僕の大事な友達ひとだからね」


 邪気の欠片も無い笑顔のユウに、ヒスイは黙って肩を竦めた。


(さすがは『天然浮気者』。でも、この博愛精神がきっと、ユウらしさ、なんだろうね)


 ※※※※※※※※※※


 この上なく自由を愛するヒスイ様にとって、ユウ王子の自由奔放さは心惹かれるものなのでしょう。

 ユウ王子もヒスイ様に心を許していらっしゃるようですし。

 だからと言って、お互いに自由なおふたりでいらっしゃいますから、四六時中顔を合わせていらっしゃるようでは無いのですよね。

 不思議な関係だと、思いますわ。

 ですが、すこし羨ましいとも、思いますの。

 何故でしょうね・・・・


 あら、もうお帰りになりますの?

 お怪我の痛みは、いかがですか?本当にもう、大丈夫ですか?

 どうかお気を付けてお帰りくださいね。無理をされませんように。

 それではまた。

 ごきげんよう。

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