第37話 ユウ王子とヒスイの出会い ~形見のブレスレット~ 1/2

 ごきげんよう。

 先日は申し訳ございません、留守にしておりまして。

 すぐに戻る予定でギャグ王国へ出向いていたのですが、帰りがけにヴォルムに呼び止められまして。

 彼が私に声を掛けるなど、私が王国守護の座を退いてから初めてのことでしたので、何事かと思いましたところ・・・・

 ただ、彼の昔話に付き合わせられただけでしたのよ。

 相変わらず、訳の分からない・・・・あぁ、失礼いたしました。

 このような訳で、先日はあなたの貴重なお時間を無駄にしてしまったのではないかと・・・・

 え?

 ああ、そうでしたの。

 あなたもちょうど、ご用がおありだったのですね。

 安心いたしました。

 あなたをお待たせしているのではないかと、そればかりが気がかりで。


 では、改めまして。

 今日は、どのようなお話にいたしましょうか。

 あぁ、そうですわ。

 ヒスイ様がなぜ、ユウ王子と親しくされているのか、不思議ではございませんか?

 そしてどのような経緯で、ギャグ王国付きの吟遊詩人になられたのか。

 今日は、そのお話にいたしましょうか。



 ※※※※※※※※※※


「あれ~?」


 ギャグ王国第二王子ユウの部屋。

『物置部屋』とユウが呼んでいる小さな空間で、ヒスイは声をあげた。


「どうかしたの?ヒスイ」

「ここにあった、あのブレスレットは?」


 ヒスイの声にヒョイっと顔を覗かせたユウが、事もなげに答える。


「ああ、あれはね、ミャーに預かってもらってるんだ」

「ミャー?ってあの、面白いメイドのミーシャ?」

「うん。・・・・僕、あれ見るとやっぱり、泣いちゃうから。あげるって言ったんだけど、貰ってくれなくて」

「・・・・だろうね」

「だからね。僕が泣かなくなるようになるまで、預かってもらうことにしたんだ」

「どうやって?」

「ミャーの手に嵌めたよ?」

「・・・・可哀想に」


 小首を傾げるユウの前で、ヒスイは大きな溜め息を吐く。

 ヒスイの見立てでは、あのブレスレットは相当に高価なものであることは間違いない。

 いくら世間知らずのミーシャでも、それくらいの事は分かるだろう。

 それだけに。

 ヒスイはミーシャが有無を言わさず負わされた責任の重さを考えると、同情を禁じ得なかった。


「可哀想?なんで?」

「なんで、って・・・・まったく、あなたって人は」


 そう口にして、ヒスイは思い出した。

 まったく同じ言葉を、ユウに対して口にしたことを。

 ちょうど1年ほど前。

 それは初めてヒスイがユウと会話を交わした日のことだった。



 ~1年前~


 深夜の川辺。

 1年前にちょうどこの辺りでヴォルムに出会ったな、などと思いながら、ヒスイはリュートを手に川辺に佇んだ。

 片側で束ねていた髪を解くと、川から吹いて来る心地の良い風に、淡い栗色の髪が遊ぶ。


「今日は、来ないのかな?別に、いいんだけどね」


 暫く風に吹かれた後、ヒスイはその場に腰を降ろして、リュートを構える。

 だが。

 ふと、近くに自分以外にも人がいることに気付いた。


「ああ、だから来ないのか」


 苦笑を漏らしたヒスイの視線の先。

 その人は、腕を大きく振りかぶった。

 明らかに、何かを川に投げ込もうとしている様子。

 思わず立ち上がると、ヒスイはその人へと駆け寄り、腕を掴んだ。


「川にモノを投げ込むなんて、感心しないね」


 驚いたように目を見開いて自分を見つめているのは、まだ幼さの残る少年。

 その顔に、ヒスイは見覚えがあるような気がした。


(あれ?誰、だっけ?)


「ごめん、なさい」


 ヒスイが掴んだ少年の腕。

 その手には、細やかな細工が施され、美しい石が嵌め込まれた、銀色に輝くブレスレットが握られている。

 それは、宝飾品にそれほど詳しくないヒスイが一目見ただけでも、相当に高価であることが分かる品だ。

 もう川に投げ込む気は無い様子の少年の腕を掴んでいた手を離すと、ヒスイは少年に尋ねた。


「ねぇ。なぜそれを、川に投げようと思ったの?」

「ほら、童話にあるでしょう?」


 手にしたブレスレットをじっと見つめながら、少年はポツリポツリと話し出す。


「普通の斧を湖に落としたら、女神様が現れて、『あなたが落とした斧は、金の斧ですか?銀の斧ですか?普通の斧ですか?』って言って。『普通の斧です』って正直に答えたら、金の斧も銀の斧も普通の斧も全部貰えたっていうお話。だから、僕・・・・」

「あなたは、何が欲しかったの?」

「・・・・お母様」

「は?」

「他には何も要らないから、お母様とこれを取り替えてくださいって、お願いしようと思ったんだ・・・・」


(突っ込みどころは色々あるけれど・・・・)


 気づけば少年の頬には、涙が伝い落ちていた。

 青みを帯びた大きな黒い瞳、夜の闇に溶けてしまうのではないかと思うほどの、漆黒の艶やかな髪。


(あれ?もしかして・・・・)


「もしかして、あなたユウ王子?」

「もしかしなくても、そうだよ。あなたは?」


 涙を流しながらも、少年はヒスイに尋ねる。


「僕はヒスイ。ねぇ、王子様がこんな時間にこんなところにいて、いいの?」

「うん。僕は結界師の力を持ってるから」

「なるほど、ね・・・・よっと」

「・・・・ね?」


 ヒスイの繰り出した軽い突きは、見えない壁に阻まれて少年-ユウの体に触れる事すらかなわない。


「一応は、僕を警戒した、ってことかな?」

「今だけ、ね。何かしてきそうだったし」

「そう。でも、もう何もしないから、結界解いていいよ。力、結構使うんでしょう?」

「うん。でも、2人分くらいなら、大丈夫」

「2人分?」

「ヒスイと僕の分。・・・・さっきヒスイ言ったよね?『こんな時間にこんなところにいて、いいの?』って。それって、ヒスイだって同じでしょ?この時間のこの場所は、危ないってことだよね?」


 まだ涙の光る頬に笑みを浮かべて、ユウはヒスイのすぐ隣に腰をおろす。

 このままユウを1人残す気にもなれず、ヒスイもユウの隣に腰をおろした。


「それ、リアラ王妃の?」

「うん。お母様がお別れのときに、僕にくれたんだ」

「・・・・7年前、か」

「うん」


 亡きリアラ王妃が両王国を厄災から守る為に命を賭したことは、ヒスイも知っていた。

 両王国の国民であれば、誰でも知っていることだ。

 そして、ヒスイの父親も、リアラと同じく命を賭して両王国を守った1人。

 7年前の父との別れを思い出し、奥底にしまいこんだはずの痛みが、ヒスイの胸を刺す。

 見れば、隣に座るユウの瞳からも、再び大粒の涙が溢れだしていた。


 それは、ヒスイにとっては不思議な光景だった。

 両王国の王族は、7年前のあの日以降も、決して笑顔を絶やすことはないと聞いていたから。

 ことに、ギャグ王国第二王子のユウにいたっては、能天気とも思えるほどに、笑顔と愛嬌を振りまいているという。


「ユウ王子でも、泣くことがあるんだね?あなたはいつでも笑顔だと思っていたよ」

「・・・・僕をなんだと思っているの。僕だって、人間だよ。泣くときくらい、ある」


 しゃくりあげながらも、ユウはヒスイに対して抗議の言葉を口にする。


「でも、ね。人の前では、ね。笑顔でいなきゃダメなんだ。だって、お母様が言っていたから。いつでも笑っていて欲しいって」

「・・・・一応今、あなたの隣には僕がいるんだけど?」

「・・・・なんか、ヒスイは、いいみたい」

「なに、それ?」

「ふふふっ」


 未だ涙を流し続けながらも、ユウが小さな笑い声を漏らす。


「僕に心を許してくれたと、そう理解していいのかな?ユウ王子」

「うん。だから『ユウ王子』はやめて。ユウでいい」

「はいはい」


 苦笑を浮かべながら、ヒスイはリュートを構えた。

 7年前のあの日。

 大切な人を失った心の傷など、そう簡単に癒えるものではないことを、ヒスイ自身が一番良く分かっている。

 だからこそ。

 その心の傷の痛みが、少しでも和らぐようにと、想いを込めてリュートの弦を爪弾く。


 ワンフレーズ奏で終わった時。

 気づけば、驚きで見開かれたユウの目が、ヒスイのリュートを凝視していた。



 ※※※※※※※※※※


 ヒスイ様は、不思議な方です。

 ユウ王子と対局のようでいて、ユウ王子と同じように、人の心を惹きつける魅力のようなものをお持ちなのですわ。

 誰よりも傷を負った人の心に敏感で、寄り添わずにいられない優しさをお持ちの方。

 ヒスイ様自身は、お気づきになっていらっしゃらないようですけれど、ね。

 少し長くなってしまいましたので、続きは次回にいたしましょうか。

 よろしければ、またいらしてくださいな。

 それでは、ごきげんよう。

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