第34話 ヒスイのエトワール~影の記憶~ 3/3

 ごきげんよう。

 どうされましたの?そのように急いでいらして。

 え?影の事が気になって?

 まぁ・・・・本当に、お優しい方。

 では、早速お話いたしますわね。

 記憶を取り戻した、彼のお話を。


 ※※※※※※※※※※


「エト。慌てないで。ゆっくりでいい。僕はここにいる。あなたのそばに、ちゃんといるから」

「ヒスイ・・・・あぁ、わたくしはどうしたら・・・・お願い、助けて」


 糸が切れた人形のように、エトの体がその場に崩れ落ちる。

 慌てて駆け寄り、すんでのところで抱き留めたヒスイは、その体をそっと抱きしめた。


「ごめんね、エト。ちょっと、強引過ぎたかな。でも、あなたにとっては必要なことだと、思ったんだ。大丈夫、僕があなたの側にいるから。もう大丈夫だよ、エト」


 ”ヒスイ”


 先ほど姿を消したばかりのヴォルムが、再び姿を現した。

 その手には、小さな光が握られている。


 ”その者からつい先ほど、【記憶】の力が発現した”

「えっ?!」

 ”【記憶】の力を王家へ知らせる『伝令』を捕らえたが”


 そう言って、ヴォルムは手に握られた小さな光をヒスイへ差し出す。


 ”必要とあらば、我が内に封じる事も可能だが?”


 どうする?と目で問うヴォルムに、ヒスイは苦笑を浮かべて頷いた。


「さすがだね。僕の考えは全てお見通しって事かな?その『伝令』の処分はヴォルムに任せるよ」

 ”承知した”


 微かに頷くと、ヴォルムは光を握ったまま手を胸に当てる。

 瞬間、光はヴォルムの胸の中へと吸い込まれていった。


「でも、いいの?精霊が悪事に加担するなんて。これって、隠蔽だよね?本来、時間師と記憶師の誕生は、精霊を介して必ず王家に伝わるものだって聞いたことがあるけど」

 ”我ら精霊は、人間の法には縛られぬ。縛るはただ契約者のみ”

「なるほど。だからレーヌ嬢は、精霊の契約者を王家の人間に限定したのか」

 ”おそらく。あれは賢いからな”

「前から思ってたけど。ヴォルムって、随分レーヌ嬢の肩を持つよね?」

 ”我は我が思う事をただ述べているまで”


 そう言い残し、ヴォルムは再び姿を消す。


「あっ・・・・もしかして、逃げた?なんてね」


 気を失ったままのエトの体をソファの上に横たえると、ヒスイはイーゼルの上のエトの肖像画と向き合った。

 とたんに、心の中に流れ込んできたのは、エトが抱え続けてきた想い。


 ボクは誰なの?

 何の為にここにいるの?

 ボクはただ、彼の影になるためだけに、生まれてきたの?

 ボクがいなくなったとしても、誰も分からない。

 哀しんでくれる人は、1人もいない。

 お願い、ボクを見て。

 ちゃんと、ボクを見て。

 ボクはここにいるんだ。

 ここにいるんだよ、ボクは!

 お願い・・・・お願い・・・・

 お父さん、お母さん。

 どうしてボクを1人にしたの?

 名前も分からない、お父さんとお母さんの顔すら覚えていないボクを、なんで1人きりにしたの。

 酷い、酷いよ。

 会いたいよ、お父さん、お母さん。

 会いたいよ。

 ボクを見つけてくれた人。

 ・・・・会いたいよ、ヒスイ。

 お願いだから、ボクからヒスイを取り上げないで。

 もうボクを、1人きりにしないで・・・・


(エト・・・・あなたは、こんなにも)


 締め付けられるような胸の痛みに、ヒスイは思わず胸に当てた手を強く握りしめる。

 共鳴する心に、涙が溢れ始めたその時。


「ヒスイ?」


 振り向くと、ソファに寝かせたはずのエトが、ヒスイの後ろに立っていた。


「どうしたの?なんで泣いているの?」


 驚いた様に目を見開き、エトはヒスイへと歩み寄ると、その涙をそっと指で拭う。


「もしかして、ボクのために、泣いてくれていたの?」

「どうかな?」


 照れた様にフィっと視線を逸らすヒスイに小さく笑いを零すと、エトは言った。


「ヒスイ、聞いて。ボクの本当の名前も、エトワールだったんだ。そしてボクは皆から、エト、って呼ばれていたんだ。ヒスイがボクを呼んでくれているように。両親はいつもボクに言ってくれていた。ボクは両親の希望の星だって。そしていつの日にか、誰かの希望の星になれるようにって」

「そう」

「すごいね、ヒスイ。本当は、ボクの名前、知ってたの?」

「まさか」

「そう、だよね。それからね、ボクの記憶は記憶師だった母が封じてしまったのだけど、いつかボクにとって大切な人が現れたら、封は解けるようになっていたんだ。そして今、ボクの記憶の封は解けた。ねぇ、ヒスイ。これって、ボクにとってヒスイが」


 ダンダンダンッ!


 激しく響くノックの音。

 続いて聞こえてきたのは。


 ”おいっ、ブルーム!ここにいるのかっ?!ブルームっ!”

「・・・・やれやれ」


 呆れた様に溜め息を吐くと、肩を竦めながらヒスイは扉へと向かう。


「エト、隠れて」

「えっ?」

「早く」

「あっ、うん」


 エトが物陰に姿を隠したのを確認し、ヒスイは扉を開けた。


「ブルームっ!・・・・って、なんでお前がここに?」

「ねぇ、ライト。ここが誰の部屋か分かって来てる?」

「えっ?」

「ここ。ギャグ王国第二王子、ユウの秘密の別室だけど?」

「・・・・えええっ?!」


 とたんに顔色を変えたライトを、ヒスイは面白そうに眺める。


「でもっ、今夜ここにブルームが泊まってるって、俺のところに文が」


(まぁ、それ書いたの僕なんだけど、ね)


 吹き出しそうになるのを堪えながら、ヒスイはライトを招き入れた。


「ブルームならいるよ。そこのベッドで寝てる。連れて行きたいなら、連れていけば?あ、ついでに画材も持ってって。それ、全部ブルームのだから」


 エトの肖像画をイーゼルからそっと外し、体の後ろに隠しながら、ヒスイはライトに指示を出す。


「グッスリ眠っているから、まずブルームだけ連れて行った方がいいと思うよ。疲れているから、起こさないようにね。そうしたらまた、ブルームの荷物取りに来て」

「分かった!・・・・って、お前がブルームの荷物一緒に持ってきてくれても、良くないか?」

「僕はユウから、ここの留守を任されているんだ。僕が部屋を空けた隙に万が一何か起こったら、ライトのせいになるけど?それでもいいなら」

「分かった、分かったよ!とりあえずブルームを俺の部屋に運んだら、また戻って来る!」


 嵐のようにやってきたライトが、嵐のように去って行った後。

 再び静けさを取り戻した部屋の中で、物陰から出てきたエトがヒスイに尋ねた。


「さっきの人は・・・・?」

「ああ、あれ?一応あれでも、ロマンス王国王室付騎士団隊長」

「えっ?!」

「ちなみに、ブルームの恋人」

「・・・・なるほど」

「あれ?あーいうのが好み?」


 じっと扉を見つめるエトに、ヒスイは揶揄うような言葉を投げかける。


「ちっ、ちがっ」

「そう?それは良かった」


 笑みを浮かべながら、ヒスイはエトの体を抱き寄せ、耳元で囁く。


「ねぇ、エト。暫くは、このままでいてくれないかな?」

「えっ?」

「記憶を取り戻したことは、僕以外には、秘密にしておいて欲しいんだ」

「ヒスイが、そうして欲しいなら」

「ありがとう、エト。理由は必ず話す。今はただ、僕を信じて欲しい」

「・・・・うん」


 小さく、だがしっかりと頷いたエトの体を、ヒスイは強く抱きしめた。



 ※※※※※※※※※※


 影の本当の名前は、ヒスイ様が名付けた名前と同じでした。

 さすがはヒスイ様、といったところでしょうか。

 ですが何故、ヒスイ様がエトワール様に口止めをしたのかが、私には分かりかねております。

 その上、エトワール様の記憶師としての力の発現まで、お隠しになられるなど。

 ヴォルムもヴォルムです。

 わざわざ伝令を捕らえるなどとはっ!

 はっ・・・・申し訳ございません、つい熱くなってしまいました。

 私はもう、両王国に干渉すべき立場では無いというのに。

 このお話は、ここまでです。

 次はもう少し、すっきりしたお話をいたしますね。

 よろしければ、聴きにいらしてくださいな。

 では、また。

 ごきげんよう。

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