第33話 ヒスイのエトワール~影の記憶~ 2/3

 ごきげんよう。

 いらしてくださって、嬉しいですわ。

 では早速、前回のお話の続きを・・・・したいところなのですが。

 時間の繋がりが不自然な部分があるのです。

 あなたにはいつでも、私が見たものを全てをお話しているのですが、今回のお話では、ひっかかりを感じてしまうかもしれません。

 なにしろ、私自身がひっかかりを感じているのですから。

 それでも、このお話はユウ王子の影が自分自身を取り戻すお話ですので、お楽しみいただけると思いますわ。

 では、はじめますね。


 ※※※※※※※※※※


「どうしたの、エト?なにがあった?」


 星灯りすら反射するほどの涙の跡をエトの頬の上に見たヒスイは、駆け寄って両肩に手を置き、その目を覗き込んだ。

 青みを帯びた黒い瞳は、つい先ほどまで涙を湛えていた事を示しているかのように潤んでいる。


「・・・・エト?」


 後ろから聞こえる怪訝そうなブルームの声はこの際後回しと。

 ヒスイは小さく首を振るエトの体を抱きしめる。


「何もなくて泣く人はいないよ。何かに心を動かされた時、人は泣くんだ。大きな悲しみ、大きな喜び。時に笑い過ぎて涙が出ることもあるけれど。ねぇ、エト。あなたは今悲しくて泣いていた、違うかな?だとしたら、その悲しみの訳を、僕にも話してくれないかな。そうすればきっと、その悲しみは半分になる。あなたの悲しみは、僕が半分引き受けるから。だから」

「違うのです、ヒスイ」


 ヒスイの腕に身を委ねたまま、エトは小さく笑った。


「わたくしは、あなたが見ていてくださらなければ、星にさえなれない、ただの空気のような存在なのだと。あなたがこのまま来てくださらなければ、このままの一生を空気として終えるのだと。あなたのお陰で一度でも星となれたわたくしにとって、それはあまりも虚しく・・・・」

「そう」


 エトから体を離すと、ヒスイはエトの頭に手を乗せ、愛おしそうにゆっくりと撫でる。


「遅くなって、ごめんね。でも、僕はあなたに言ったはずなんだけどな?また、あなたに会いに来るって。信じて貰えて無かったってことかな?」

「っ、それは・・・・」

「冗談だよ。それだけ僕に会いたいって思っていてくれた、ってことでしょ。嬉しいよ、エト」

「ヒスイ・・・・」

「それに」


 頭に乗せた手をそのままスッと下へと滑らせ、ヒスイはエトの頬に触れる。俯きがちな顔を、掬い上げる様にして。


「空気だって、無くてはならない存在だよ。星のように輝くことはなくても、時に誰にも気づかれなくたって、生きとし生けるものにとっては欠かす事のできない大切な存在だ。そういう意味ではエトは、空気、なのかもしれない。ふふっ、エトの名前、エアル、にすればよかったかな?でも、僕にとってはやっぱりあなたはエトワールだから、エトの方がいいと思うのだけど。ねぇ、あなたはどっちがいい?」

「・・・・エト、がいいです」

「そう、良かった」


 穏やかに微笑むヒスイの視線に頬を染めつつ、エトは遠慮がちに口を開く。


「あの・・・・あちらの方は?」

「・・・・あっ」


 エトに言われて振り向いてみれば、そこには顔を引きつらせているブルームの姿が。


「忘れてたよ。あっ、忘れてたと言えば」


 チラリとエトを軽く睨みながら、ヒスイは言った。


「『今後敬語は禁止』って言ったよね?」

「あっ・・・・申し訳ありません、つい」

「まぁ・・・・うん。徐々に、で構わないけど。でも、あなたが早く敬語無しで話してくれるようになったら嬉しいな。だってそれは、僕に対して心を許してくれたってことだと思うから」

「ヒスイ、わたくしはもう」

「この話はここまで。いい加減彼をにも多少は説明してあげないと。このまま放っておくのは、少し可哀そうだから、ね」


 そう言って笑い、ヒスイはエトの頬から手を離す。

 そして、温もりが去ってどこかホッとすると同時に寂しさを覚えたエトの頬に、温かくて柔らかい物が一瞬、触れた。

 驚くエトの目の前で、悪戯っ子のように笑うヒスイがウィンクをひとつ。


「僕にとっては、あなたはエトワールだ。それだけは、忘れないで」


 小さく囁くと、ヒスイはそのままエトの腕を取り、ブルームの元へと向かった。


「ヒッヒスイっ?!あなた、自分が何をしているか、分かってるっ?!自分が仕える王国の王子とあっ、逢引きなんてっ・・・・それに、ユウ王子にはキャロライン姫という許嫁がっ」

「ブルーム、落ち着いて」

「こっこんなっ、落ち着ける訳がっ」

「いいから、落ち着いて。あなたになら、分かるはずだよ。落ち着いて、ちゃんと彼を見て」

「えっ?なにが?」

「いいから」


 珍しく真剣な眼差しで懇願するような目を向けるヒスイに、ブルームは戸惑いながらも数度深呼吸をすると、ヒスイが連れている青年へと視線を向けた。

 白い肌に青みを帯びた大きな黒い瞳、漆黒の艶やかな髪。

 それはどこからどう見ても、ギャク王国の第二王子、ユウそのもの。

 けれども。


「・・・・あれっ?」


 ブルームは、その姿にどことなく違和感を覚えた。

 その違和感は一体どこから来るものなのか。

 そして、気付いた。

 彼の瞳が発している、負の感情。怯えと孤独の感情に。

 それらの感情は、陽の感情で溢れているユウ王子の瞳からは、感じることは有り得ないもの。


「確かに、ユウ王子では無さそうだね」

「うん。ブルームなら、分かってくれると思った」

「買いかぶり過ぎだよ、ヒスイ。言われなければ、僕だって気付く事はできなかった」

「でも、気付いた。他の人ならきっと、言われたところで気づかないと思う」

「確かに」


 小さく頷くブルームを、ヒスイはエトに紹介する。


「彼はね、ブルーム。ロマンス王国の宮廷画家。彼の描く絵には不思議な力が宿る。だから僕は、彼にあなたの絵を描いて欲しいとお願いしたんだ」

「不思議な、力?」

「そう。どんな力なのかは、見てのお楽しみ」


 そして今度は、何やら考え込んでいるブルームに、ヒスイは声を掛けた。


「ブルーム。もう察しはついていると思うけど、彼はユウの影なんだ。噂くらいは聞いたことがあるよね?でも、僕にとってはエトワール。彼のこと、描いて欲しいんだ」

「それは構わないけど。もしかして、今すぐ?」

「そうだよ?」

「だから、画材一式、持って来させたの?」

「そう」


 当たり前のように頷くヒスイに、ブルームは呆れた様に溜め息を吐く。


「・・・・そんな短時間で描けるものでは、無いんだけど?」

「もちろん、分かってる」

「明日には、ライトが帰って来る。その時に僕がいなければ、ライトが心配する」

「大丈夫。だから、【彼】にも来てもらった」

「・・・・は?」

「ヴォルム」


 ”待ちかねたぞ”


 言葉と共に、ヒスイのすぐ隣にヴォルムが姿を現した。

 先ほどその姿を一度目にしているブルームも、初めてその姿を目にするエトも、同じように目を見開いて口まで開けて、ヴォルムの姿を凝視している。

 だが、そんな2人に構うことなく、ヒスイは言った。


「さっそくだけど、お願いしていいかな、ヴォルム」

 ”承知した”

「じゃあ、また後で」


 小さく頷くと、ヴォルムはゆっくりと右手を挙げ、その手を瞬時に握りしめた。



「ありがとう、ヴォルム」

 ”礼には及ばぬ。我の主は、ヒスイ。我が力は、ヒスイのもの”


 そう言うと、ヴォルムはその場から姿を消した。

 エトの私室。

 そこにいるのは、エト、ヒスイ、ブルームの3人。

 バルコニーから見える空は、満天の星が輝く夜空。


「お疲れさま、ブルーム」

「・・・・ヒスイって、人使い荒いよね」

「それほどでも」


 ぐったりと椅子の背に体を預けるブルームの前、イーゼルの上に置かれているのは、完成したばかりのエトの肖像画。


「言い忘れてたけど」


 ブルームを抱き起し、べッドへと抱えて歩きながら、ヒスイが言う。


「ライト、今ここギャグ王国城内にいるんだよ」

「えっ?!」

「確か、明日のお昼前にここを出るはずだから、一緒に帰れば?」

「もしかして、だから今日?」

「まぁ、ね。ライトに連れて帰って貰えるなら、僕が送って行く必要もなくなるし。一石二鳥でしょ」

「今、会いには行けないのっ?!」

「とりあえず、寝たら?目の下のクマ、すごいけど。そんな顔で会いに行くつもり?」

「・・・・寝ます」


 ブルームを寝かせてエトの元へ戻ったヒスイは、描かれた肖像画にじっと見入っているエトの姿に足を止めた。

 だが、足音で気付いたのか、エトが振り返る。


「ヒスイ」


 両目から涙を溢れさせ、それでも笑いながらエトは言った。


「思い出しました。全て、思い出したのです。ヒスイ、わたくしは・・・・」


 ※※※※※※※※※※


 影の母親、ライラ様は、1人残される愛する息子が悲しみに暮れる事がないようにと、8年前のあの日に彼の記憶を封じました。

 彼にとって、大切な人が現れるまで。

 その、大切な人がきっと、ヒスイ様だったのですね。

 ヒスイ様でしたら、彼の気持ちや想いを全て受け止めてくださると、私は信じています。

 このままもう少し、見守ることにいたしましょう。

 それにしても。

 ヴォルムの力を使って時間を止めている間に、ブルーム様に絵を描かせるとは。

 その間の出来事は、残念ながら私には分からないのですが、ブルーム様はさぞかし消耗されていることでしょう・・・・お気の毒に。

 少し長くなってしまいましたので、続きはまた。

 それでは、ごきげんよう。

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