第22話 語り部不在の部屋にて 1/2

いらっしゃい。

残念だけど、今日はレーヌ嬢はいないみたいだよ。

あれ?帰っちゃうの?

あなたでしょ、レーヌ嬢のお気に入りさんって。

ふふっ、レーヌ嬢から聞いてるよ。

僕達の王国の話を、熱心に聞いてくれる素敵な人がいるって。

え?僕?

僕はね、ギャグ王国付きの吟遊詩人をしている、ヒスイ。

・・・・あれ?

不思議そうな顔しているね?

そうか。

なぜ僕が、レーヌ嬢がいないこの場所でレーヌ嬢の記憶を持っているのか、不思議なんでしょう?

そうだな。

あなたが望むなら、教えてあげる。

聞きたい?

そう・・・・じゃ、そこに座って。

ちょっと長くなるかもしれないけど、いいかな?

2年前、僕がまだ吟遊詩人になる前の話だよ・・・・



※※※※※※※※※※


 わたしの星は 消えてしまった あの夜の 別れと共に

 夜闇を照らす光を失い 何を標に歩めばいいの

 泣いて追いかけ 縋れば良かったの 貴方の背中を ただ見つめてた

 わたしは幼く あまりに幼く

 消えてしまった星はもう 二度と夜空に瞬くことなく

 わたしの星は 消えてしまった あの夜の 別れと共に

 消えゆく定めを知ることも無く

 手を振るわたしに 笑顔を向けて


誰もいない深夜の川辺。

僕はひとり、リュートを奏でて歌を口ずさんでいた。

自分だけに向けた曲。

自分の心を慰めるためだけに、作った曲。

6年前のあの日。

僕を残して逝ってしまった、父への想い。

僕はずっと、悔いていたんだ。

厳しかった父へ、反発ばかりしてきた自分自身を。


僕の父は、ギャク王国の重臣だった。

教育熱心で規律を重んじ躾に厳しかった父。

幼い頃から自由をこよなく愛していた僕は、そんな父が苦手だった。

父の言葉にいちいち突っかかっては、よく反発したものだ。

ただ。

父が趣味で奏でるリュートの音色だけは、僕の心にも心地よく響いた。


「父さん・・・・」


6年前のあの日。

普段は厳しい顔しか見せなかった父が、笑みをたたえながら僕に手渡したのは、父が愛用していたリュート。


『母さんを頼むぞ』


そして、二度と戻ることは無かった。

この王国を、母を、僕を。

大事なものを守る為に、結界師として自ら志願して命を賭したのだと、僕は後から母に聞かされた。


「父さん、僕は・・・・」


本当は、父ともっと話したかった、分かり合いたかった。

自分を分かってもらいたかった、理解してもらいたかった、認めてもらいたかったのだと。

今更ながらに、父への思慕の念に苛まれる日々。

その日々の中で、僕は父から託されたリュートを奏で、音の中に父の姿を探し求めた。

最後に見せてくれた、父の笑顔を。


「父さん・・・・」


リュートを奏でる手が止まり、僕の頬に温かい涙が伝い落ちた時。


”もう少し、聴かせては貰えぬか?”


一陣の風とともに突然、見慣れない男と小さな子供が姿を現した。


「あなた、誰?」


涙を拭いながら、僕は男を見た。

特に驚きを見せることもなく、まっすぐな視線を向ける僕に、男は小さく笑って言った。


”我は時の精霊。この者は風の精霊だ”

「時の、精霊?」


聞いた事があった。

ロマンス王国とギャグ王国の王族は、5属性の精霊と契約を結んでいると。

ただ、その5属性の中に【時の精霊】はいなかったはず。


僕の思いが伝わったのか、男が再び口を開く。


”我は人間とは契約を結ばぬ。我が契約を結ぶは、神のみなり”

「そう。それで?僕のリュートが気に入ったの?」


素性を聞いても動じることの無い僕を面白いと思ったのか、男-時の精霊は笑いながら言った。


”そうだ。そなたのリュートの音色はこの上なく心地良い”


時の精霊の言葉に、僕は再びリュートを構え、音を奏でた。

純粋に、嬉しかったんだ。

自分がリュートの中に追い求めていた父の姿を、時の精霊に認めて貰えたようで。


無心になって心のままに数曲奏で終えると、時の精霊はじっと僕を見ていた。


「もう、いいかな」

”今夜のところは”

「それは、また聴きたい、ということ?」

”そうだ”

「そう・・・・うん、いいよ」


僕の言葉に、時の精霊は満足げな笑みを浮かべ、大きく頷く。


”ではまた、ここで”


そう言うと、来た時と同じように、風とともに姿を消した。


「時の精霊、か」


ひとり呟いて、僕はついさきほどまで時の精霊が立っていた場所へと目を向けた。

生い茂っている芝生は、誰かが立って居たとは思えないほどに、踏まれた形跡も何もない。


「ねぇ、父さん。父さんのリュートの方が、もっと凄いのにね」


星空を見上げ、父を想うと、何故だか心の奥に温かいものが生まれた気がした。

久し振りに感じた父の温かさを胸に、僕は父のリュートと共に家路についた。

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