第9話 ロマンス王国:ヨーデルの過去 2/3

ギャグ王国の王家の血を引くものは皆、相対する人間の魂の色を見る事ができる。

小さい頃からユウは、それが普通の事だと思っていた。

そして、魂の色はみな、白くて美しいものだと思っていた。

それは、ロマンス王国とギャグ王国に住まう全ての人間の魂の色がみな、白くて美しい色だからに他ならない。

だから、結界の外に初めて出て、ドス黒い色の魂を見た時。

ユウは自分の目がおかしくなったのかと思った。

そして、すぐさま帰って父に伝えた。

そんなユウに、父は笑って言ったのだ。


『人間の魂など、周囲の環境や置かれた立場、経験によって、簡単に黒く染まってしまうものだ。だからこそ、我ら王家の人間は、この国やロマンス王国の民の魂が黒く染まってしまわないように努めなければならないし、結界の外から魂の黒い者を入れ込まないようにせねばならないのだ。これは、我ら王家の人間に課された使命。そのために与えられた力。ユウ、我らギャグ王家の人間以外には、魂の色は見えないのだよ』



形勢不利な状況の中、点々と場所を移しながらも、ヨーデルの部隊が次第に追い詰められているのが、戦闘を経験したことのないユウにでもよく分かった。

毎晩のように作戦会議が開かれ、そのたびにヨーデルを慕う臣下は逃げるようにと懇願したが、ヨーデルは頑として首を縦に振ることは無く、命果てるまで戦いを続ける覚悟のようだった。

そんな夜を幾晩か過ごしたある日の深夜。


「悪いな、巻きこんじまって。お前はもう、ここから離れた方がいい」


ユウの寝床にヨーデルがやって来た。

ユウは別に拘束されていた訳ではない。

自分の意志でヨーデルの部隊に同行していたのだが、ヨーデルはそうは思っていなかったらしい。


哀しい目でそう言って笑うヨーデルの魂は、未だ憎しみと哀しみの色に覆い尽くされたまま。

ただ、染まってはいない。魂の色は、美しい純白のまま。

その事に、ユウは驚いていた。


「ヨーデル。僕の国に、一緒に行かない?」


そんな言葉が、思わずユウの口から出ていた。


「は?お前の国?なんだお前、まさかどっかの国の王子とか?」


いやいや、まさか。と。

ヨーデルは苦笑を浮かべてユウを見る。

一方、何故笑われたか分からないユウは、ムッとしながら答えた。


「その、まさかだけど」

「・・・・ウソだろ?!」

「本当だよ。僕は、ギャグ王国の第二王子だ」

「・・・・はぁ?ギャグ王国?」


あっはっはと。

今度は声を上げて、ヨーデルは笑い始める。


「お前、こんな時にそんな冗談言うなって。なんだその国。聞いた事ねぇぞ?」

「そうだろうね。僕の国は結界で守られていて、ごく一部の人しか知らないから」

「はいはい。こりゃとんだおとぎの国の王子さまだな」


ロマンス王国とギャグ王国の事は、世界でもほんの一部の人にしか伝えられていない。

だから、むやみに結界の外の人に話してはいけない。

ユウは、父からそう言い聞かされていたし、肝に銘じてもいた。

それでもこの男には、ヨーデルには、どうしても信じて貰いたいと思ってしまった。

何故なら、ヨーデルの魂は、結界の外で見た人間の魂の中でも際立って美しく光り輝いていたから。

この魂は絶対に汚らしい色に染めてはいけないと、強く思ってしまったから。


「見て」


そう言うと、ユウは自身の周りに結界を張った。

結界は、目には見えない。

ヨーデルは呆れた顔で、ユウを見ている。


「ヨーデル、その剣で思い切り僕を切りつけてみて」

「はっ?お前、気は確かか?」

「うん」

「死にたいのかっ?!」

「そうじゃない。いいから、やって」


真剣なユウの眼差しに溜め息を吐きながら、ヨーデルは腰の剣を抜いて、スッと構える。


「後悔しても、遅いから・・・・なっ!・・・・なにっ?!」


横に薙ぎ払ったはずのヨーデルの剣は、見えない壁にでも弾き返されたかのように空を飛び、派手な音を立てて床に落ちた。


「おまっ、一体なに・・・・」

「これが結界だよ。僕の国はこの結界に守られているんだ。そして、外界から見えないような術も施されてる。ねぇ、ヨーデル、僕の国においでよ。このままじゃキミは・・・・」

「・・・・行かねぇよ、そんな国になんか」

「ヨーデル・・・・」

「俺の国はここなんだ。ここが、俺の国なんだ。俺の国を乗っ取り、オディールまで殺りやがったあいつを俺はっ」

「殺すの?それが、キミの望み?本当に?」


結界を解き、ユウは床に落ちた剣を拾う。


「はっきり言うけど、キミにはもう勝ち目は無いよ。これ以上は、無駄な戦いだと思う。キミはまだ、大事な人を失い続けるつもり?キミに生きて欲しいと願う彼らの想いを踏みにじって、大事な人達を失い続けて死ぬつもりなの?」


きつく唇を噛みしめ、ヨーデルがユウを睨みつける。


「この剣は、キミにとっては殺すための武器じゃなくて、大事な人を護るための武器だったんじゃないの?」


ユウが手にしているヨーデルの剣。

その柄に刻まれていたのは、【オディール】の文字。


「ヨーデル様っ、お願いです、お逃げください!」

「殿下っ、私からもお願いしますっ!」


剣の音を聞きつけ、いつの間にか集まってきていたヨーデルの臣下達が、ヨーデルの元に駆け寄って口々にそう訴える。


その輪の中で。

ヨーデルがガックリと膝をついて項垂れるのを見届けたユウは、ひとりそっと部屋を出た。

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