第11話 ロマンス王国:騎士隊長と宮廷画家のお話

ごきげんよう。

またいらしてくださったのですね。

え?こちらですか?

こちらは、ロマンス王国の宮廷画家からいただいた絵葉書ですの。

素敵でしょう?

彼の描く絵には不思議な力がありましてね。

私がとても疲れていた時に、彼が描いてくださったものなのです。

とても癒される絵なのですよ・・・・本当に疲れが取れてしまうのです。

あ、そうですわ。

今日は、彼のお話をいたしましょうか。

ふふふ・・・・彼の素敵な恋人の話も、ね。



※※※※※※※※※※


「ライトっ!」


視察を終え、一週間ぶりに城の中へ一歩足を踏み入れたとたん、ロマンス王国王室付騎士団隊長のライトの右腕に飛びつく人影。


「ちょっ、えっ?!ブルームっ?!」

「隊長、我々は先に戻っております!」


ニヤニヤとした笑いを浮かべながら先に城の中へと戻っていく部下達を見送りながら、ライトは小さくため息を吐いた。


「ブルーム・・・・いつからここで待ってたんだ?」

「そうだねぇ、2時間くらい前かな?」

「2時間っ?!」


慌てて傍らの恋人、ブルームの体を服の上から触ってみれば、その服は既にヒンヤリと冷気を纏っている。


「ダメじゃないかっ、風邪でも引いたらどうするんだよっ!」

「ん~、ライトに看病してもらう」

「馬鹿っ!」

「あ、そうだよね。ライトにうつしたら、大変か。そうしたら、ヒスイにでも来て貰おうかな」

「駄目に決まってるだろっ!」

「なんで?ヒスイなら要領良さそうだから風邪もうつらなさそうだし」

「そういう問題じゃないっ!」


日に焼けた頬をうっすらと赤くし、ブルームの冷えた肩を抱くようにして、ライトは自室へと急いだ。



「着替えるからちょっと待ってて」


そう言って、ライトは身に付けていた騎士団の鎧を手早く脱ぎ去り、軽装へと着替えを始める。

その様子を、椅子に腰かけながらブルームはぼんやりと眺めた。


鍛えられた体。

日に焼けた精悍な顔。

笑うと片頬にえくぼの出る、優しい笑顔。

心の中まで見透かされそうな、どこまでも真っ直ぐで、意志の強さを宿している黒い瞳。


ブルームは、画家だ。

縁あって、今はロマンス王国付きの宮廷画家となっている。

宮廷画家になる前も、なった後も、ブルームはたくさんの人物画を描いてきた。

だが、ブルームはまだ、この愛しい恋人だけは、描くことができずにいた。

何度か挑戦はしてみたものの、どれも満足のいく出来では無かった。


(僕はいつか描けるのかな、あなたのことを。誰よりも大切で、誰よりも愛しいあなたのことを。ありのままのあなたの姿を描くことが、僕にできるのかな・・・・)


宮廷画家になるよりも前。

騎士見習いだったブルームに心奪われたあの日の事を、ライトは覚えてくれているだろうか。

描いた絵に不思議な力を宿してしまう自分を、気味悪がるどころか、何の嫌味もなくただ『すごい』と一言褒めて、優しい笑顔を向けてくれたあの日のことを。


(あの時からね、僕はどうしてもあなたを描きたくて。その想いだけで今、ここにいるんだよ。ねぇ、分かってる?)


「どうした、ブルーム?」

「えっ?」


ライトの呼びかけに我に返ると、ブルームの目の前にはライトの顔。


「やっぱり、風邪でも引いたんじゃないか?」


言いながら、ライトは赤みを帯びた柔らかなブラウンの頭を引き寄せ、額を合わせる。

熱が無い事など、分かっている。

ただ、もっとブルームと近づきたいがためにとった行動。


「うん、熱は無いみたいだな」


目の前の澄んだ瑠璃色の瞳には、自分の姿が映し出されている。

たった一週間会わずにいただけなのに、その瑠璃色の瞳が恋しくて堪らなかった自分に気付き、ライトは苦笑しながらブルームを抱きしめた。


「ただいま、ブルーム」

「うん、おかえり、ライト」


そのままブルームを抱き抱えると、ライトはベッドの上にブルームの体を横たえた。


「会いたかった、ブルーム」

「僕だって」


2人の唇が引き寄せられるように近付き、そして合わさる。

何度も、何度も。


「ねぇ、先にシャワー浴びた方がいいんじゃないかな?」

「わっ!」

「・・・・ヒスイ?」


いつの間にか、窓枠に身を持たせかける様にして座っていたヒスイが、呆れたようにライトを見ていた。

ライトの部屋は城の2階にある。

通常であればそうそう窓からの侵入はできないはずなのだが、ヒスイはたまにフラリと窓からライトの元を尋ねて来る時がある。


「ちょっと汗臭いよ。ブルームもよく、こんな汗臭いのと一緒で平気だね?」

「え・・・・あはは」

「お前っ、いつからそこにっ!」

「ちょっと前。ブルームに用があったんだけど、お取込み中だったみたいだから、さ。まさかその汗臭いまま続けるとは思わなくて」


悪びれた様子は全くなく、ヒスイはそのまま部屋の中ほどへと進み、先ほどブルームが座っていた椅子に腰かける。


「ライトがシャワー浴び終わる頃には居なくなってるから。早くシャワー浴びてきたら?」

「・・・・っ!わかったよっ!」」


ヒスイをひと睨みすると、ライトはバスルームへと向かった。


「ヒスイ、僕に用って?」


ベッドの上に起き上がり、ヒスイとライトのやり取りを可笑しそうに眺めていたブルームが、その視線をヒスイへと向ける。


「うん、ひとつ頼まれてくれないかな、と思って」

「え?」

「内密に、ある人の絵を描いて欲しい」

「誰?」

「僕のエトワール」

「えっ?」


”ヒスイ、もう終わったんだろうなっ?!おれ、もう出るぞっ!”


バスルームから聞こえるライトの怒鳴り声にクスリと笑うと、ヒスイは立ち上がり、そのまま窓まで歩いてヒラリと窓枠に飛び乗る。


「ヒスイっ?!」

「今の話、ライトにも言わないで。じゃ、また来る。あ、それから」

「えっ?」


聞こえよがしのような、バスルームの扉が開くバタンという音にチラリと視線を向けると、ヒスイは言った。


「不用心が過ぎるよ。愛し合う時は、ちゃんと戸締りしないと、ね」


そのまま窓から姿を消すヒスイと入れ違いのように、バスルームからライトが戻る。


「あれ?あいつ本当に帰ったのか?」

「あ、うん」

「そっか。じゃ・・・・」


伸ばされたライトの腕に気付かず、その腕をすり抜ける様にしてベッドから立ち上がると、ブルームはヒスイが出て行った窓から空を見上げた。

すっかり日も暮れた夜空には、いくつもの星が瞬いている。


(誰なんだろう、ヒスイのエトワールって)


「あの~・・・・ブルームちゃん?」

「お腹空いちゃったな。ねぇ、ライト。なんか食べない?」

「・・・・そう、だね」


瑠璃色の瞳にニコリと微笑まれたライトには、同意して頷くと言う選択肢しか無く。


(ま、いっか。これからしばらくは、一緒にいられそうだしな)


「今日はビーフシチューみたいだよ?さっきシェフに聞いたんだ」


嬉しそうな愛しい恋人の笑顔に心を満たされながら、ライトは共に食堂へと向かったのだった。



※※※※※※※※※※


ふふふ、宮廷画家ブルーム様の恋人は、ロマンス王国騎士団隊長のライト様なのですのよ。

両王国内では公認の、それはそれはとてもお似合いのお二人ですの。

お二人はヒスイ様とも親交がおありのようで、たまにこうして、ヒスイ様がお二人の元をお尋ねになることもあるようですわ。

え?

平和な国に何故騎士団が存在するのか、ですって?

それには理由がございましてねぇ・・・・そのお話はまた、別の機会にいたしますわね。

・・・・お恥ずかしながら、私もお腹が空いてまいりましたので、今日はこのへんで。

ごきげんよう。

また、いらしてくださいね?

お待ちしておりますわ。

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