第5話 ギャグ王国:吟遊詩人と影のお話

・・・・あらっ!

ごめんなさい、いつからいらしていたの?

すっかり音楽に聴き入ってしまって気付きませんでしたわ。

え?何の音楽かって?

リュートの曲ですわ。

昔よく、ギャク王国の吟遊詩人に奏でていただいていましたの。

そうですわね。

今日は、吟遊詩人のお話をいたしましょうか。

それから、彼が唯一心を許しているという、影のお話も。



※※※※※※※※※※


城内での一仕事を終え、吟遊詩人-ヒスイは思い立ってフラリとユウの私室へと向かう。

先ほど私室に入るユウの後ろ姿を見かけたから、おそらく私室にいるだろうと踏んでのことだ。

時期国王となる事が決まっている第二王子のくせに、未だ自由気ままなユウとの会話は、仕事で凝り固まった体を解してくれそうな気がする。

ユウの元を尋ねようと思ったのは、そんな単純な理由からだ。

自由を愛するヒスイは、厳しい礼儀作法を求められる場を事の他苦手としていた。

現在ヒスイが活動の拠点としているここギャグ王国は、『王国』と名の付く場所としては、かなりの自由が許されている。

どのような理由か皆目見当もつかないが、城の外をフラついていた第二王子のユウに気に入られて城内へと連れてこられ、そこで奏でた曲が王にいたく気に入られたお陰で、ヒスイは今や王国付きの吟遊詩人としての立場を得て、国内での自由な活動が認められている。

この王国のみならず、隣のロマンス王国での活動もだ。

ただ、それには1つだけ、条件があった。

王の求めには必ず応じる事。

故に本日、ヒスイは王の呼び出しに参上し、いくつかの曲を奏でたのであった。


「ユウ、いる?入るよ」


若葉色のマントの上に商売道具のリュートを背に担ぎ、同系色の軽装を身に纏ったヒスイは、片側で束ねていた淡い栗色の長い髪を解き、軽く頭を振って髪を遊ばせると、扉越しに声を掛け、ユウの私室へと入った。

と。

驚いた顔の部屋の主と目が合った。


(・・・・ん?)


白い肌に青みを帯びた大きな黒い瞳、漆黒の艶やかな髪。

それは、ヒスイが知るユウそのもの。

ただ。

ユウ特有の無邪気さ。天真爛漫さ。

それが全く、感じられない。

ユウと同じ色の瞳から伝わるのは、微かな怯えと動揺。そして、孤独。


「あなた、誰?ユウじゃないよね?」


ヒスイの問いに答える事無く、口を真一文字に結んだ部屋の主は、フィッと目を逸らす。

ヒスイはそれを、後半の問いに対する『イエス』の答えと解釈した。

前半の問いについては、どうやら答える気は無いらしい。


(いや、答えられない、ということかな?)


ふと、噂程度でチラリと耳にしたことのある【影】の存在を思い出し、ヒスイはそのままいつものようにソファに腰をおろすと、リュートを構える。


 ~わたしの星は 消えてしまった あの夜の 別れと共に~


リュートを奏でながら、ヒスイは紡いだ言葉を音に乗せた。

それは、今まで誰にも聴かせたことのない、自分だけに向けた曲。

自分の心を慰めるためだけに作り、奏でていた曲だった。


演奏を終えて顔を上げると、部屋の主がじっとヒスイを見つめていた。


「あなた、ユウの【影】だね」


ユウと同じ色の瞳が、大きく見開かれる。


「大丈夫。こう見えて僕、口は堅いから。・・・・あなたにどう見えているかは分からないけど」

「あなたは?」

「僕はヒスイ。一応、吟遊詩人なんてものをやっているんだ。ユウから聞いてない?」

「お名前だけは」

「そう」


ソファから立ち上がり、リュートを背にヒスイが影に近づくと、影は一歩後ずさる。


「僕が、怖い?」

「いえ。ただ、必要以上の接触は」

「控えているんだ?それは、あなたがユウの【影】だから?」

「・・・・はい」

「なるほどね」


言いながらも、ヒスイは影へと歩を詰める。

やがて影が、デスクにその行く手を阻まれるまで。


「ヒスイ様、これ以上は・・・・」

「『様』はいらないよ。僕は王族でもなんでもないから。それより、あなたの名前を教えて欲しいな」

「わたくしに名前など・・・・」

「無いの?じゃあ、僕がつけてあげる」


小さく笑って、ヒスイは言った。


「そうだな。あなたは今日から『エト』。由来は星。エトワールの『エト』。どうかな?」

「エト・・・・」

「そう。あなたは僕が見つけた僕の星だから。誰にも見えなくても、誰にも気づかれなくても、僕はちゃんと見ているよ、あなたをね」

「ヒスイ・・・・」


ガヤガヤとした声と複数の足音が扉の外から聞こえ、その音にヒスイはひらりと体を離すと扉へと近づく。


「じゃあね、エト。また来るよ、あなたに会いに」

「ヒスイっ!」


扉に手を掛けたヒスイに、影-エトは思わず声を掛けていた。


「またあの曲を、お聴かせくださいますか?」

「もちろん」


振り返り、ヒスイは笑って頷く。


「でも」

「はい?」

「僕の前では、今後敬語は禁止。いいね?」


軽くウィンクをひとつ。

ヒスイはそのまま、ユウの私室を後にした。

いつになく嬉しそうな笑みを浮かべながら。



※※※※※※※※※※


ヒスイ様のお声はもう、それは美しくて、誰もがうっとりと聴き惚れてしまうくらいなのですよ。

あなたにも聴いていただきたいくらいです。

残念ながら、ヒスイ様が結界の外にいらっしゃらない限りは難しいのですけれど。

ヒスイ様は変わったお方ではありますが、とても心のお優しい方でしてね。

ユウ王子の影も、ヒスイ様だけには本心をお見せになるようですのよ。

あ、くれぐれも、このお話はここだけの秘密にしてくださいませね?

それでは今回はこのへんで。

ごきげんよう。

また是非、いらしてくださいね。

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