第27話 悲しくなったらいつでも私たちの胸に飛び込んできてね?

 午前中をだらだらと過ごした僕は奈美さんと響子さんと一緒に街中を歩いていた。

 二人が行きつけのパン屋さんに連れて行ってくれるということだった。


「これから行くパン屋さんはここに来たら毎回行ってるのよ」

「へぇ、そうなんですね。お二人ともパン好きなんですか?」

「好きね」

「好きよ」


 二人は声を合わせて言った。


「誠司君はパン好き?」

「普通ですかね」

「じゃあ、きっと今日で好きになるわね♪」

「そんなに美味しいんですか?」

「美味しいわよ♪」

「それは気になりますね」


 奈美さんがそこまで絶賛するパンはぜひとも食べたいと思った。


「それにしてもすっかりとこの辺は花火大会ムードですね」

「そりゃあ、今日の夜開催されるからね」


 町の至る所には花火大会のポスターが貼ってあり、右を見ても左を見てもお祭りの提灯が飾られていた。


「楽しみね~。花火大会。結局、昨日の夜はいつの間にか寝ちゃてて花火できなかったし」


 奈美さんが昨日の夜のことを口に出してので僕はドキッとした。

 響子さんが余計なことは言わないように、と僕に目配せをしてきた。それに分かってます、と頷いた。


「そ、そうですね。そういえば、花火大会に行くのも久しぶりです」

「そうなの?」

「はい。母さんが亡くなってからは行ってないですね。一人で行っても母さんのことを思い出してしまうだけですから」

「行っても大丈夫なの?」

「それは、まぁ大丈夫だと思います」


 母さんのことを思い出すかもしれないけど、今は二人がそばにいる。だから、悲しい気持ちに支配されることはないと思う。


「無理はしないでね。悲しくなったらいつでも私たちの胸に飛び込んできてね?」

「そうよ。私たちが誠司の悲しい気持ちをすべて包み込んであげるわ」

「それは、心強いですね」


 この二人なら本当に包み込んでくれるんだろうなと思った。

 物理的にも気持ち的にも。


「あ、到着したよ」


 そんな話をしているといつの間にパン屋さんに到着したらしい。

 そこはこじんまりとした個人経営のパン屋さんといった感じだった。


「こんにちは~」


 奈美さんがそう言いながらお店の中に入るとレジにいた優しそうなおばあちゃんが「あら、久しぶりね~」と笑顔で出迎えてくれた。 

 お店の中には数席だがイートインスペースもあった。

 パンのいい香りが漂っていて、お腹が「ぐぅ~」と鳴った。


「お腹空いちゃった?」

「はい。このパンのいい匂いを嗅いでたら」

「好きなのを買いなさい。ちなみに私のオススメはたまごサンドよ」


 そう言った響子さんはたまごサンドをトレーの上に乗せた。


「あ、私もたまごサンド買う~」


 どうやら姉妹そろって、ここのたまごサンドのファンらしい。

 奈美さんもたまごサンドをトレーの上に置いた。


「このあんパンも絶品だよ!」


 そう言って奈美さんはあんパンもトレーの上に置く。


「こんなに種類があると悩みますね」


 こじんまりとしたお店ではあるがパンの種類は豊富で三十種類以上のパンがあった。

 こういう時は素直に二人のオススメパンと自分がよく食べるパンを買うのに限る。

 なので僕は二人がオススメしてくれたあんパンとたまごサンドと、自分がよく食べるメロンパンをトレーの上に置いた。


「誠司君はメロンパンが好きなの?」

「ですね。メロンパンはよく食べます」

「へぇ~。そうなのね。じゃあ、今度私のオススメのメロンパン専門店に連れて行ってあげるわ」

「そんなお店があるんですか?」

「あるわよ。いろんな種類のメロンパンが売ってるわ」

「それは楽しみにしておきます」


 それから、別荘に残っている二人へのお土産のパンを買った僕たちはイートインスペースに移動してパンを食べ始めた。

 まずはたまごサンドから食べることにした。

 手に持った瞬間に分かるパンのふわふわ感。

 二人に見つめられながら僕はパクっとたまごサンドにかぶりつく。


「どう?」

「美味しいです」

「そう。よかったわ」


 僕の口から美味しいという言葉を聞いた響子さんは微笑んで自分もたまごサンドを口にした。

 口に入れた瞬間に響子さんの頬は緩んだ。

 本当にここのたまごサンドが好きなんだな、と思いながら僕はもう一口たまごサンドにかぶりついた。 

 ちょうどいい塩分加減とたっぷりのたまご。ふわふわのパン。すべてが絶妙にマッチして美味しかった。


「うん。やっぱりここのたまごサンドは美味しいわね」

「そうね~」


 奈美さんも美味しそうにたまごサンドを口に運んでいた。

 奈美さんも響子さんと同様に頬を緩めていた。

 そんな二人の顔を見ながら僕はひそかに心臓をドキドキをさせていた。

 本来ならこんなに冷静でいられるわけではなかった。 

 なぜなら、僕はこの後、一緒に行くことになっている花火大会で……。


「誠司君? 大丈夫?」

「え、すみません」

「ボーっとしてたけど?」

「大丈夫です。なんでもないです」


 誤魔化すように微笑むが、二人は心配そうな顔を向けてきた。

 そんな顔を向けられてもまだ言えないのだから仕方がない。

 僕は何も答えずにあんパンを頬張った。 

 塩分を取った後のあんパンはかなり甘く感じた。


☆☆☆

 

 次回いよいよ……。

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