第17話

 俺は機械の正面を大きく迂回して、わきからよじ登ろうと考えていた。が、俺の予想に反し、サーチライトの動きは俊敏だった。


「ぐっ!」


 凄まじい光量に、俺は顔の前で腕を翳す。って、そんなことをしている場合じゃない。

 慌てて横っ飛びすると、俺を追うようにして四、五発の光弾がズタタタタッ、と掃射された。


「危ねえだろうが!」


 悪態をつきつつ、どうやってあの光弾機関砲を破壊すべきか考える。

 皆が使っている武器では難しそうだ。自動小銃では通用しないし、対戦車ロケット砲も敵の機関砲をピンポイントで狙うのは困難。

 着弾しても、装甲板を焼け焦げさせるのが精々だ。


 キュルッ、キュルッ、と音を立てて、機関砲は同時多発的に銃撃を繰り出してくる。死傷者が何人出ているかは、ここからは分からない。

 せめて、一瞬でも相手のサーチライトを無効化できれば。


 そう思った矢先のこと。


「トウヤ殿!」

「あっ、軍曹! 馬鹿野郎、わざわざ戻ってくるやつがあるか!」


 ありったけの装備を背負った軍曹が、息を切らしながら駆けてくる。その姿を見て、俺はいい案を思いついた。


「なあ軍曹、その装備の中に閃光手榴弾はあるか?」

「え?」

「いいから、あるのかねえのか、どっちだ!」

「ありますが……」

「寄越せ!」


 受け取ったのは、円筒状をした缶ジュースのような物体。俺は軍曹と共に瓦礫の陰に入り込み、説明書を読んだ。なんのことはない、ピンを抜いて投げるだけだ。


「軍曹、後は俺が片をつける。皆も目が眩んで動けなくなるだろうから、一人でも多くの味方を瓦礫の陰に誘導するんだ。いいか?」

「りょ、了解です!」


 いつの間に自分が軍属になったのか知らないが、俺には俺にできることをする義務がある。それが皆を救うことになるはずだ。


「よし、じゃあ投げるぞ。三、二、一!」


 ピンは思いの外呆気なく抜けた。俺の投擲した閃光手榴弾は、ちょうど機械のキャタピラの間に落下する。狙い通り。

 俺はさっと身を翻し、再び瓦礫の陰で閃光が行き過ぎるのを待った。


 どうやら作戦は上手くいったらしい。戦闘中の他の皆にはすまないが、しかし敵もまた、銃撃を止めたのだ。キュルキュルッ、と機関砲が空回りする。


「今だ!」


 俺は思いっきり地面を踏みしめて駆け出した。勢いそのままに、敵のキャタピラに側面から掴まり、よじ登る。

 機関砲は、敵の本体の両側に三門ずつ装備されていた。俺はその一つ目に掴みかかり、思いっきり回転方向と逆向きに捻ってやった。


 神様の加護があるからといって、そう簡単にどうにかできるわけではない。それでも、敵の視界の復旧前にできるだけ多くの機関砲は潰しておかなければ。


「ふっ! ぐぬぬぬぬ……」


 俺は気づいた。機関砲の回転軸を破壊するより、機関砲の先端そのものを捻り潰してやった方が早いのではないか。

 するとこれまた呆気なく、機関砲は俺の握力で握り潰すことができた。


「次だ!」


 俺は機械の側面の凸凹に手足をかけてよじ登った。続けて二門目の機関砲も潰す。

 三門目を潰し、反対側へ移ろうとした、その時だった。

 

「うあ!?」


 俺は勢いよく地面に叩きつけられた。唐突に、機械がぐわっ、と身をよじったのだ。

 俺がよじ登ったのと反対側にある三門の狙いは、ぴたりとこちらに向けられている。


 そうか。こいつは光学センサーでの索敵を止めて、赤外線センサーを使い始めたのだ。

 人間の体温くらいの温度なら、すぐに補足されてしまう。


 三度キュルキュルと音を立て、狙いを再調整する機関砲。今の俺の防御力からして、あの熱量の光弾を喰らって無事でいられるとは思えない。この世界に来たばかりの時とは違うのだ。


 ここまでか。俺が恐怖と諦念に囚われながら尻餅をついた、その時だった。

 ヴン! という轟音と共に、俺にエメラルド色の光が降り注いだ。


「これって……」


 そう。見たことがある。魔術師種族の展開する魔法陣だ。

 直後に機械から発射された光弾は、綺麗に弾き返された。真っ直ぐ返っていった光弾は、見事に機械の装甲板を抉っていく。


「よし、総員攻撃再開!」


 エミの威勢のいい声が聞こえた。よかった、彼女も無事だったのか。

 しかし、機甲化の皆が銃撃を再開する前に、思いもよらぬ事態が発生した。

 機械本体の中央部が渦を巻くように歪んだのだ。何が起こっているんだ、と口にする前に、ぐしゃっ、と金属片が叩き潰されるような音がして、機械のど真ん中に大穴が開いた。


 この破壊の仕方、銃撃でも、爆薬を使ったのでもない。ということはやはり、ここに第三者として存在しているのだ。魔術師種族が。


 だが、ひとまずは自分たちの被害状況を確認しなければ。


「エミ! 死傷者は?」

「トウヤさん! ご無事だったんですね!」

「俺のことはいい! 皆、大丈夫か?」

「はい、閃光手榴弾のお陰で――」

(余計なお喋りはそこまでにしていただきたい)


 唐突に脳内に響き渡った高圧的な声。この感じにも覚えがあるぞ。確か、魔術師種族のリーダーと思しき人物――ベル・リアンナといっただろうか――によるテレパシーだ。


 あの魔法陣が展開された時点で予想はしていた。魔術師がこの状況に介入するつもりなのだと。


 どこからともなく響いてくるテレパシーを受けて、機甲化の皆は銃口をあちらこちらに向けている。だが、肝心の魔術師の姿が見えない。


 と、想っていた矢先。俺たちの周囲を覆うように、半球状の魔法陣が張られた。間違いなく魔術師種族、それもベル・リアンナの行動らしいのだが、狙いがまだ分からない。


 また戦闘になるのかと身構える俺。だが、反対にエミは落ち着いていた。緊張感こそ拭えないものの、冷静に周囲を見渡している。

 すると、ちょうど機能を停止した機械の正面に真っ白いスポットライトが当たった。その上空に小さな竜巻が発生し、それはやがて白い柱状の姿を形作る。

 そして、ちょうどエレベーターのドアが開くような感覚で、一人の少女が一歩を踏み出してきた。


 いかにも魔法使いと言った紫色の三角帽に同じく紫色のマント。その下の衣服も煌びやかだったが、動きやすさを重視しているのは見て取れる。肘や膝にプロテクターが装着されていたからだ。


 しかしその少女、ベル・リアンナの最大の特徴は、俺たちよりも一回り近く幼いということだった。少女というより幼女である。


 きっと声量を上げる魔法を使っているのだろうが、言葉の端々にあどけなさが垣間見える。まん丸い顔は西洋人形のように整っており、もし状況が違ったらさぞ微笑ましい姿だったことだろう。

 まあ、残念ながら今は戦闘中なわけで、状況が終了したというには気が早すぎるのだが。


(トウヤ・クラノウチの身柄はこちらでお預かりする。異存はあるまい? 機甲化種族が横やりを入れなければ、もっと早くに武闘家種族の長老の書面を頂戴できたものを……)


 さて、俺はどうしたらいい? 書面の内容上、俺は書面と共に移動しなければならない。そうでなければ、俺のために結界を開いてくれるという魔術師に会うことができない。


 俺がそう考えていると、半球体の魔法陣がエメラルド色に輝き出した。まさか、ここにいる兵士たちを皆殺しにするつもりか!


「まっ、待て待て! タンマだ! 俺が素直にお前に従えばいいんだろう、ベル・リアンナ!」

(私の名前を知っている?)

「ああ、武闘家の長老から教わってな。短気は損気だぜ。俺は素直にお前に従う。代わりに、ここにいる機甲化の皆の生命を保証してくれ」

(心得ている。ではトウヤ殿、こちらへ)


 ベルが手を差し伸べた先には、先ほどの白い柱状の物体が立っている。


(瞬間移動のための魔術だ。危険はない。さあ、入りたまえ)

「……分かった」


 俺に迷いはなかった。だが、心残りはある。柱の前で振り返ると、ちょうどエミと軍曹の姿があった。

 俺は大丈夫だ、と頷くことで示し、俺はベルと並び立って柱に足を踏み入れた。

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