第5話

 俺の陰から飛び出したサンは、最初の一振りで三人の首を刎ね、あたりに血の雨を降らせた。あまりに近距離で、機甲化種族の連中は自動小銃を上手く使えずにいる。

 サンから距離を取ろうにも、彼女の敏捷性の前ではそれも難しい様子。


「ふっ! はっ!」

「ぎゃあっ!」


 自動小銃のバレルがすっぱりと斬り落とされ、返す刃で胸部を貫通される敵。

 それからサンは、サーベルを引き抜いてすぐさまバックステップ。しゃがみ込んでいた俺の頭上を通過し、反対側の敵に向かって斬りかかった。頭頂部から真っ直ぐ縦に斬り下ろされる敵。

 これでサンが仕留めたのは五人だ。


 あとは挟撃する部隊が敵を包囲すれば、それでこちらの勝利だろう。そう思ったのは、しかし俺が戦いというものを知らなかったからだ。


 ドォン、と地面を揺るがす轟音。同時に、挟撃する部隊がいるはずの木々と土くれが吹っ飛んだ。

 まさか、仕掛け爆弾か? 俺たちが木々に紛れて挟撃してくるのを見越して、起爆用のワイヤーでもセットしておいたのだろうか。


 再びの轟音。今度は反対側の木々が、みしみしと音を立てて倒れていく。やられた。挟撃のために割いた人員は、今やほとんどが死傷しているだろう。


「サン! 次の味方は? このままじゃ俺たち二人っきりだぞ!」

「直にやって来る! それまで持ちこたえろ!」

「わ、分かった! ……っておい!」


 俺はタックルを仕掛けた。敵ではなく、サンの方へ。理由は単純で、敵の戦列から距離を取ったサンに向け、バズーカ砲を構えているやつがいたからだ。


 その射線からサンを逃がさなければ。

 すると、不思議な現象が起こった。俺の足首から太ももにかけて、凄まじい力の躍動があったのだ。


 最初に戸惑ったのは俺自身。こんなに軽く、力強く自分の身体が動くなんて、思いもよらなかった。だが今は、そんなことについて考える余裕はない。


「サン!」


 俺が低く跳躍した直後、サンの立っていたところの地面が捲り上がった。耳を聾する爆音と共に、濛々と土埃が舞い上がる。


「うっ!」


 降り注ぐ土くれから、俺は顔をガードした。


「サン、無事か!」

「ああ大丈夫だよ! それより、あたいの尻の下から手をどかせ! 変態か!」

「わ、悪い!」


 土埃が収まりかけたのを見計らって、俺は顔を上げた。そこにはクレーターが一つと、さらに向こう側にしゃがみ込んだ人影が一つ。

 筒状のものを抱えている。バズーカ砲をぶっ放したのはあいつか。

 

 俺はすぐにでもそいつをぶん殴りに行きたかった。たとえ通用しなくとも、バズーカの発射は止められるかもしれない。だが、やはり敵も手慣れたものだった。俺が片膝をついたころには、すでに第二射は放たれていた。


「ッ!」


 今度こそ回避しようがない。こうなったら……!


「サン、そのまま伏せて――」


 と言いかけて、俺の言葉は爆音に呑まれた。だが、サンは俺の狙いを察していたのだろう。回避を諦めた俺は、バズーカの弾頭に掌を翳すことにしたのだ。


 零距離での爆発に、俺の耳はますます遠くなる。翳した右の掌を、生温かい感触が撫でていく。これは爆風だろうが、今の俺には通用しない。


 爆炎はすぐに止み、あたりが白煙に包まれる。敵は同士討ちを恐れてか、銃撃を控えている。あのバズーカ野郎を倒すなら今だ。


「無事か、サン!」

「ああ、お陰様でな!」


 俺はサンを引っ張り立たせ、バズーカ野郎のいる方を指さした。


「あいつを仕留めろ!」

「な、何だって?」

「だから、向こうにバズーカ砲を担いだやつがいる!」

「あたいにはなんにも見えないぞ!」

「え?」


 我ながら、情けない声が喉から漏れる。もしかして、サンには見えずに俺にだけ見えているのか? 確かにこの白煙やら土埃やらの中で考えると、常人の視界は大幅に制限されるはず。

 こうして目がよくなっているのも、神様の加護の一種ということだろうか。だが、サンから見えないのは大問題だ。視界が開けないのでは、近接戦に持ち込むことができない。


「仕方ない、俺がぶん殴りに行く!」

「待て、トウヤ!」


 機甲化種族の連中だって、俺とサンの姿は見えていないはず。つまり、今この場で正確に敵味方の位置関係を把握しているのは俺だけだ。

 喧嘩をしたことがない? 知るか。せめてサンが視界を取り戻すまでの間、暴れてやればいい。俺には銃弾もバズーカの砲弾も通用しないのだから。


「うおおおおおおお!」


 俺は神様の加護と、それの宿った自らの身体を信じて、一気にバズーカ野郎に接近した。

 叫び声を上げてしまったのは大失態。だが、バズーカ野郎が次弾を装填するよりずっと早く、俺はそいつの前に到達していた。


「この野郎!」


 右腕を振りかぶったが、呆気なく避けられる。いや、それでいい。今はサンを守り、武闘家種族の援軍が来るまでの時間稼ぎができればいいのだ。


 敵はすぐさまバズーカ砲を投棄した。腰元から拳銃を抜く。随分と慣れた動作だ。だが、セーフティを解除しようとして手を滑らせた。


「間抜けがッ!」


 今度は左腕を真っ直ぐに、ストレートで繰り出す。狙うは敵の鼻先だ。その鼻っ柱をへし折ってやる。

 しかしながら、再び奇妙な現象に見舞われた。


「……あれ?」


 俺の渾身の左ストレートは、しかし敵の鼻先に接触した時点で止まっていた。

 手加減したわけではない。脅しているつもりもない。単純に、ダメージを与える手前の段階で俺の腕が硬直してしまったのだ。


 すると、隙あり! とでも言わんばかりに誰かが俺の後頭部を強打した。何故『強打した』と判断できたのかといえば、銃床か何かが接触する感覚があったからだ。


「エミ隊長! すぐに離れてください! ここは我々が食い止めます!」


 俺を殴ったのであろう男性の声がする。するとバズーカ野郎は拳銃を拾い上げ、こちらに銃口を向けながら後退しようとした。しかし、それもまた叶わない。


「よっと!」


 再び跳躍したサンが、そいつの背後に立ちふさがったのだ。


「くっ!」


 短い声を上げるバズーカ野郎。ん? 今の声、女性のものに聞こえたが……。


 俺はさささっ、とサンの隣に肩を並べた。その頃には、サンはサーベルをバズーカ女子の喉元に翳し、完全に人質確保の状態だった。


「久しぶりだな、エミ・コウムラ。今すぐこの部隊を退かせるっていうなら、あんたを離してやってもいい」


 すると人質――エミ・コウムラもまた口を開いた。


「殺したければそうしてください、サン・グラウンズ。しかしあなただって承知しているでしょう? 私たち種族間の決着は、次期頭首と目されている私やあなたが戦死したくらいで左右されるほど、柔なものではありません」


 ここからではエミの容姿はよく分からない。だが、女性であることに間違いはないようだ。

 さっきの長老の説明は途中で終わってしまったが、どうやらこの機甲化種族も敵性勢力であると見ていいらしい。


「ふん! あたいは敵をぶっ殺せればいいんだ! お前らはあたいの親父の仇だ、殺せば親父だって喜んでくれる!」

「私を殺していいのですか? 人質がいなくなりますよ?」

「ここには神様の加護を受けたやつがいる。あたいを殺すまでは良しとしても、そいつを殺せるかな? これ以上傷つけたら、神様の逆鱗に触れるんじゃねえかな。なあ、トウヤ?」

「あ、え? おう、そうだ。そうかもしれないな」


 突然話を振られて、俺は少なからず狼狽えた。自分がこの命の駆け引きに、唐突に巻き込まれたからだ。

 俺はその神様の加護とやらで、防御力だけは自信がある。身の安全は保証できるだろう。だが問題は二つある。


 一つは、俺自身が人質になるような状況に陥るとすれば、それはサンが殺されてしまってからだということ。俺はさっき、サンに首を刎ねられかけた。しかし今は、背中合わせに互いを守っている。そんな人物が殺されるのを、むざむざ看過することはできない。


 もう一つは、俺の攻撃力があまりにも貧弱だということ。エミの鼻先を殴れなかったのは偶然かもしれない。だが、俺の防御力と攻撃力、俊敏性に何らかの相関関係があるのは本能的に感じられる。例えば、防御力が上がった代わりに攻撃力が下がっている、とか。

 そうだとすれば、殺傷されることはなくとも身柄の拘束からは逃れられないかもしれない。ずっと人質状態だ。


 さて、どうしたものか。俺もサンも無事にこの状況を切り抜ける方法はないのか。

 俺は僅かに顔を曲げ、サンに向けて囁いた。


「なあ、援軍はいつ来るんだ?」

「もう直だといったじゃねえか! グダグダ言ってねえで――」


 と、サンが言いかけたその時だった。

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