第20話 ゴーたんに囲まれて


「はあ、……よし! 草壁さん。次はお店を見たいんだけど。良いかな」


 一通りゴーたんと子供達の触れ合いを楽しんで、大丈夫そうだと判断した春人は、次なる楽園を望む。気合は充分だ。


「もちろんさ! 今日はゴーたんの可愛さにもだえころげる須藤君の可愛さを堪能しに来たのだからね! じゃんじゃん行きたいところに行ってくれたまえ!」

「いや、俺は可愛くないから」

「私もゴーたんは好きだし、楽しみだよ! 弟にもお土産を買わないとね」


 春人の抗議にはまるで取り合わず、草壁は行こう、と腕を引いてくる。ここでも彼女にリードされる形になっているのが悲しいが、もうこういうものだと諦めかけていた。

 そして、周りをさりげなく見渡してみると。



 ――意外と、男性だけで来ている人達もいるんだな。



 女性同士よりは圧倒的に少ないが、それでも思っていた以上の人数を見かけた。

 十年前よりもその辺りはオープンになってきているのかもしれない。それは、春人にとっても望ましいものだ。

 そして、ゴーたんだらけの売り場に足を踏み入れた途端、春人の目の前の光景は更にゴーたんで埋め尽くされた。


「……っ! 凄い! 本当にゴーたんだらけだ……」

「それはそうだよ! それがゴーたんショップ。ゴーたんのゴーたんによるゴーたんのためのショップなのだから、いきなり別のキャラクターが居座っていたらビックリだよ! 不法侵入で逮捕されるよ!」

「ま、まあな。……って、へえ。ゴーたんのクリアファイル、物凄い種類がある……。ここ一面、全部クリアファイルだ」

「わお、本当だね! 星空に青空に花見に遊園地にクレープに飛行機に……いやあ、挙げるだけでもキリが無いよ。他にも食器があるねえ」

「本当だ。どれどれって、……すごっ」

「わーお。マグカップやお皿だけでなくて、鍋やボウルとか、フライパンまで。一通りのキッチン道具が揃っているねえ。キッチンや食卓を全部ゴーたんに出来そうな勢いだよ」


 草壁の言う通り、豊富な品揃えで、かなりの気合を春人も感じた。

 クリアファイルもそうだが、文房具もノート一つをとっても、十数種類のものが用意されている。これは、一フロアの一部とはいえ、大きな一つの店の規模になるわけだ。


「うわ……迷うけど。俺は、……メモ帳やノートとかフリクションとか、普段使いそうなやつを買おうかな」

「お。学校で使うのかい?」

「メモ帳はそれでも良いけど、他は家の勉強用かな。レシピ帳にしても良いかも」

「ほう。須藤君も料理はするんだねえ」

「両親は学業を優先しろって言うから、普段はあまり家事しないけどね。でも、時々手伝ったりはするよ。料理も父さんの方が得意だから、父さんから教えてもらってる」

「なるほどねえ。……じゃあ私は……、文房具の他に、これを買おうかな! このぬいぐるみマスコットキーホルダー! ぷにぷにして最高だよ!」


 草壁が手にしたのは、ほにゃんとお風呂上りの様なにこやかな顔をしたゴーたんマスコットだった。手乗りサイズで、ちゃんとキーホルダーになっているが、しきりに草壁がぷにぷにと潰している。潰しても、顔がただ可愛らしくなるだけな造りが最高だ。流石はゴーたん職人。良い仕事をしている。


「へえ。俺も触ってみても良いか?」

「も、もちろん! ……須藤君が触れたマスコットを持って帰る……ここは天国かい?」

「天国? ……とにかく。では、失礼して」


 断りを入れて触れてみると、指の腹がするっとなめらかに滑っていく。

 そのまま少し力を入れると、ふにっと柔らかな感触が春人の指から伝わってくる。控えめに言っても心地良い手触りだ。


「……おおっ! 手触り、本当に良いなあ。俺のぬいぐるみはふわっふわでもふもふしているけど、こっちはすべすべで何というか……いつまででもぷにぷにしていられそうだな」

「そうだろう? これは良いね! ストレスが溜まった時にぷにぷにして解消しよう! 弟にも一つ買って行こうかな」


 どの顔が良いかな、と吟味ぎんみする草壁に、春人は内心胸を撫で下ろす。

 正直、彼女よりも春人の方が楽しみにしていたゴーたんショップではあったが、彼女も楽しんでくれている様で安心した。

 きっと、彼女は春人のために誘ってくれたのだろう。

 やはり男一人だけでは入りづらかったし、実際困っていた。草壁は自分が一緒にいたら、はたからも違和感は無いだろうと分かっていたに違いない。


 ――どうして、こう優しいんだろうな。


 清水の告白を経て、薄々分かってきた。春人は、如何に今まで告白してきた女性に対して誠意が無かったか。

 例え相手が、春人の見てくれだけで好きになったとか、連れていて見栄えが良いからと利用する意味で近寄ってきていたのだとしても、もっと相手を見るべきだった。相手を知ろうと頑張ってみるべきだった。

 その上で、駄目だと思ったら断るべきだったと思う。



 友達感覚でも良いとすがられたからと言って、軽々しく付き合うべきではなかった。



 その感覚を否定するつもりはない。事実、最初の彼女には春人なりに惹かれていった。

 けれど、二人目以降はどちらかというと、春人の方が『言葉に甘えて』いた。

 草壁の告白をOKして、断らなかったことを怒られた意味。今なら、おぼろげだが春人にも理解出来る。



 ――俺は、あの時。



「須藤君! そろそろお会計を終わらせて、食べないかい? お腹がぺこぺこだよ!」

「え? あ、ああ。もうそんな時間か……。分かった。行こう」


 選び終えたらしい草壁の言葉で、現実に引き戻される。

 そして、最初に密かに決めていたことを実行するチャンスだった。


「そうだ。草壁さん。そのマスコット、俺に払わせてくれないか? 今日付き合ってくれたお礼というか、さっきの薔薇も感動したし」

「ええっ⁉ い、……いやいや、皆まで言うなかれ! そんな彼氏対応の須藤君もさいっこうにカッコ良いが、これは金銭が発生する問題。おいそれと頷くわけにはいか……」

「草壁さん。誕生日いつ?」

「うん? 四月の十五日だよ!」

「そう。じゃあ、誕生日プレゼントってことで」

「はっ⁉ ……や、やられた……っ。何だい、このスマートさは……! し、しかし、……これは、私と須藤君のラブロマンス大河な物語が本格的に始まる序章というわけだね……!」

「違うからな」


 実は、冬馬と和樹に彼女の誕生日は事前に聞いてあったのだ。偶然ではあるが、彼女が春人の誕生日を聞き出しまくり、妙に気合の入れた演出をしようと企んでいたとリークしてくれたからだ。早速役に立って満足する。

 むぎぎっと悔しそうに唸りながらも、草壁は大人しくマスコットを改めて手に乗せ。


「……ありがとう、須藤君」

「うん」

「このゴーたんは、子々孫々まで続く家宝にするよ!」

「それはやめてくれ……」


 きらきらと目を輝かせ、ゴーたんを両手に乗せて天に掲げながら宣言する草壁に、春人は嘆息してしまう。


 だが、不思議とこのやり取りが嫌ではなかった。


 だから、食べ終わった後に、またゴーたんの真髄しんずいを堪能しよう――彼女と一緒に。

 思いながら、屈託なく笑ってゴーたんをぷにぷにする彼女の横顔は、何だか可愛いなと無意識に春人は感懐を抱いた。


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