第28話 いつ言うのかって、ずっと待ってた


「悪い。今の告白、聞いてた」


 佐藤がバツが悪そうに謝罪してくる。未だに背中を向けたままなので声しか聞けないが、その声には罪悪感がきっちりにじみ出ていた。


「あー……うん。今のボールの投げ方、とてもじゃないけどフェンス飛び越えてきた様には思えなかったし。不思議じゃないな」

「ああ、いや。フェンス飛び越えてきたってのはほんとだぞ。それ取りに来たら、ちょうどお前の告白場面に出くわしたってだけ」

「それで、立ち聞きか」

「悪い。……でも、聞いて良かった」


 何でだ、と春人が呆れかえると同時に、佐藤は言葉を重ねてくる。



「やっとお前の言葉が聞けたから」

「……え?」



 さっきから意味不明なことばかりだ。佐藤は一体、何を言おうとしているのだろう。

 ただ、振り返ってきた彼の表情が柔らかかったので、春人は聞こうとした言葉を飲み込んでしまった。



「俺さ。一年の最初の頃、お前が嫌いだったよ」

「……。うん。そうかな、とは思ってた」



 同じクラスになったばかりの頃、初対面にも関わらずかなりつっけんどんな態度だったのは覚えている。知らない内に何かしたのかとも思ったが、直接言ってこない相手に無駄に時間をかけるのは嫌だとスルーしていたのだ。


「お前、俺の中学でも結構有名人でさ」

「……それ、草壁さんにも言われたな」

「主に剣道が強いとかそういう話ばっかり聞いてたけど、中には遊び人でひどいって話もあってさ」

「ああ……」

「女をとっかえひっかえやってるとか、遊び歩いてるとか、女なら誰でも良いとか、もてあそんでるとか、……なんだよそれ、最低だなって思って。高校でクラス一緒になった時、お前を見たらそういう噂ばかり思い出してさ。気分悪くてけてた」


 春人自身遠回しに己の噂については耳にしていたが、直接聞くとやはりダメージが違う。そこまで言われていたか、と苦笑いするしかない。


「おい! そこで笑うな!」

「え?」

「嫌なこと言われてんだから、諦めた様に笑うな!」

「いや、でも。はたから見たら……」

「だから、否定しろよ! ……そういうところが俺は嫌だったんだよ、ずっと」


 理不尽だ。


 がなられている内容は良いと言えば良いが、一方的に叱られるのは納得がいかない。

 それに、一部は事実だ。とっかえひっかえしているつもりはなかったが、恋人がいない期間が短いのだから仕方がないだろう。

 だが、それすらも腹立たしい様だ。佐藤は腰に手を当てて舌打ちする。


「最初はそういう奴だと思ってたんだけど、……同じクラスで過ごしていくうちに、すぐ変だな、って思ったよ。……お前、女子に騒がれはしても、特に誰かと楽しそうに話すわけでもないし。彼女がいる間、他の女子と仲良く遊んだりしてる感じもなかったし。……俺とか他の男子にもお節介焼いたりするし」

「お節介?」

「ボタン付けてくれたり勉強教えてくれたり先生に面倒な雑用押し付けられてるの見て手伝ってくれたり、そういうことだよ! ……そうだ! そういうところだぞ、須藤!」


 理不尽だ。


 何故、手伝ったり親切にしたら怒られるのだろうか。

 ぶすっとふくれていると、何故か笑われた。怒ったり笑ったり忙しい奴だとやはり呆れる。


「一部の教師はそういう噂信じてるっぽいけど……でも、大体の教師……ってか、接したことある教師には好かれてるだろ、お前」

「え? そうかな」

「……割とフランクにどの教師とも話してるのお前くらいだからな。あの気難しさで有名過ぎる近付きたくないナンバーワン数学教師とも普通に話せるの、お前くらいだからな」

「ん? 島崎先生のことか? あの先生、楽しいぞ。博識だし。この前なんか、遂に『すまほでびゅーしたぞ』、って興奮しながら教えてくれたぞ」

「……。……俺のお前への印象がごろごろ転がっていく瞬間だよ」


 疲れた様に目を逸らす彼に、春人は疑問符しか浮かばない。

 島崎先生は付き合っていけば結構楽しい先生だと分かるし、分からないところはきちんと過程も含めて教えてくれる。生徒達と距離があるのはもったいないと常々思っていた。


「……遊び人ってレッテル貼られてるのに、教師と仲良いってことは、教師はお前のことそういう風に思ってないってことだ」

「……そう、かな」

「そうだよ。……俺も実際、話してみて違うと思った。だから、嫌な態度取って反省はしてる。すまん」

「いや、……良いよ。人を判断するのに噂が基準になるのは仕方がな……」

「だから! お前にとことん『遊び人』って言い続けようと思ったんだ!」

「――はい?」


 何がどうしてそうなった。


 話の流れが全く読めない。悪いと思っているのなら、何故更に遊び人と広める様なことをするのだろうか。


「えーと。どうして?」

「俺が事あるごとに遊び人遊び人って言えば、お前も腹立つんじゃないかと思ったんだよ!」

「はあ。……腹が立つ」

「だって、事実じゃないんだろ? 確かにいっつも受け流して腹立つくらい涼しい顔してたけど、……毎日毎日事あるごとに言われたら、さすがに辟易へきえきするかなって思ったんだ」

「……まあ、辟易はしてたよ。うん」

「だろ? だから! さっさとうんざりして、遊び人じゃないって否定しろ! って! ……ずっと、そう思ってた」


 最後の方の声のトーンが落ちた。何だか傷付いた様な、苦渋に満ちた横顔で、春人はどう反応して良いか迷う。

 否定して欲しいから言い続けた。理由は分かった。

 けれど、何故。

 その疑問は、すぐに溶け去った。



「……お前が、いつか、『俺は遊び人じゃない』とか、『勝手に色々言うのやめろよな』とか、……そういうこと言ってくれたら。そしたら、俺はその時っ。『やっぱそうだよな!』って。肯定するつもりだったんだ!」

「――」

「みんなの前で、馬鹿みたいに笑ってさ。お前はそうだ、遊び人なんかじゃない。みんなが噂してる様な酷い奴じゃない。ほら見たことか、やっぱり違うじゃん! って。……噂掻き消すくらい、広めてやろうって、……思ってた」



 苦しそうに吐き出す彼に、春人は息を呑みこんで止める。

 まさか、佐藤がずっとそんな風に思ってくれているとは全く気付けなかった。単純に、佐藤は須藤が遊び人だと信じているから茶化す様に言って来るのだとしか考えていなかったのだ。

 それなのに。嫌われていると思ったのに。



〝お前はそうだ、遊び人なんかじゃない。みんなが噂してる様な酷い奴じゃない。ほら見たことか、やっぱり違うじゃん!〟



 ずっと、春人の方を信じてくれていたのか。



 予想外の真実を暴露され、春人は言葉が出てこない。喉がひりついて、あふれ出そうな感情が引っかかって止まる。


「でも、お前は全然否定してくれないし。……この前だって、ようやく否定しかけてくれたのに、……飲み込んだし」

「……」

「俺もだんだん意地みたいになって、よけいに言うようになった。……本当は途中から、お前はそういう奴じゃないって、普通に否定する側に回れば良かったのにさ。……ずっと、酷いことばかり言うようになった」


 ごめん。


 ぶっきら棒に、だが、静かな反省をこめて謝罪する佐藤の声に、春人は胸が詰まって仕方がなかった。

 まさか、こんなに近くに味方がいたなんて思いも寄らない。ずっと、春人のことを遊び人じゃないと分かってくれていたのは親友だけだと思い込んでいた。

 けれど。


「……っ、ははっ」


〝まあ、そうだな。お前が思うよりも、周りはお前をよく見ているということか〟


 和樹も冬馬も、きっととっくの昔にお見通しだった。

 知らなかったのは、殻に閉じこもっていた春人だけ。


「……佐藤って、……かなりの不器用だよな」

「ああっ⁉ ……く、否定はできねえ……。……傷つけてたとは思うし。馬鹿なやり方だったとは思うよ。悪かったな!」

「ありがとう」

「はっ⁉」

「……、……嬉しいよ。自業自得なところもあったのに、……そうやって言ってくれる人がいるの。幸せだ」


 真っ直ぐに告げると、佐藤は何故か慌てまくって外向そっぽを向いた。顔が赤いのは照れているのだろうか。


「あー、……ま、とにかくだ!」

「うん」

「……俺は、戻る! じゃあな!」


 ボールを持って、物凄い勢いで校舎の角の方へと走り去っていった。あっという間に見えなくなった彼の姿に、ぷっと噴き出してしまう。


「……俺、ちゃんとしなきゃな」


 せっかく佐藤の気持ちも知れたのだ。春人のことを見てくれている人が意外といるのも理解した。

 だったら、春人も自分の気持ちに向き合わなければならない。



「……草壁さんのこと、そろそろちゃんと考えなきゃ」



 今も玄関で待ち構えているだろう彼女のことを考えながら、春人は今度は緊張感に包まれてその場を後にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る