第13話 君の笑顔の楽園、モッスンバーガーさ!


「さあ、着いたよ! 今日はここで、我々の夫婦としての友好を深めようではないか!」


 放課後に、初めて街中へ繰り出そうと誘われて春人が連れて行かれた先は、ハンバーガーが主流のモッスンバーガーだった。

 しくも春人の好きな店だったため、ここを選んだ草壁に興味が湧く。


「草壁さんも、ここが好きなの?」

「うん! ハンバーガー店ではここが一番だよ! ここは、具がこれでもか! と言わんばかりにあふれ出してくるからね。一口で頬張った時に、堪え切れずに零れ出す肉やトマトやソースやその他もろもろを綺麗に食べ尽くしていくのが気持ち良いのさ。指の先から骨の髄までしゃぶり尽くすよ!」

「ああ、うん。表現はともかく、俺もここのバーガーは好きだよ」

「うんうん、良かったよ! さあ、君の笑顔の楽園、モッスンバーガーへいざ! 参らん!」


 道場破りでもしそうな雄々しさで、草壁がモッスンバーガーの入り口を威風堂々とくぐり抜ける。いらっしゃいませー、というにこやかな挨拶が異様に聞こえてきたのは何故だろうか。

 しかし、親友とは時々食べに来るが、女性と食べに来るのは初めてかもしれない。女性とは大体喫茶店かファミレスかマックンバルドだった気がする。


「ご注文はお決まりですか?」

「須藤君はどうだい?」

「え、っと。俺は、この、……、………………っ⁉」


 がばっと、春人はレジカウンターに貼られている広告を二度見した。穴が開くほど凝視し、かぱっと衝撃で口が開いてしまう。

 広告に書かれていたのは、今開催しているコラボレーションのキャラクターだった。可愛らしくイラストが踊り、買って買ってと訴えかけてくる。

 しかも、そのキャラクターが。



 ――ご、ご、ご、……ゴーたんっ‼



 きゅっと鳴きながら紙面に踊るのは、可愛らしく小さな真っ白いあざらしだった。にこにこと笑うゴーたんに、きゅっと首をひねって見上げるゴーたん、極めつけに短くて小さな両手を一生懸命振って笑いかけてくるゴーたんと、今、春人は心臓を激しく何度も撃ち抜かれた。


「ご、ご、……ご、ごー」

「ああ、ゴーたんだね! 最近、十周年記念とかであちこちでイベントをやっているそうだよ!」

「え! そうなのか⁉」

「うん! ゴールデンウィークも、確か短期間だけどショップを開催するって言ってたなあ」

「ショップ! ゴールデン!」

「うんうん! まあ、このモッスンバーガーでも、その一環でコラボをしたらしいよ。えーと、……なになに。モッスンリングとモッスンポテトとモッスンナゲットのセットをお買い上げの方にはメモ帳で、モッスンシェイクを頼むとキーホルダーが付くのかい」

「め、めも、ちょう。きーほるだー……!」

「はい。数量限定ですよ。いかがですか?」


 女性の店員に爽やかに勧められ、春人の鼓動はもはや早すぎて死にそうだ。まさかこんなところでゴーたんに出会えるとは思わなかった。こんな不意打ちはずる過ぎる。

 今まで、ゴーたんのグッズは買ったことはなかった。元々小さかったし、少ないお小遣いでは手が出なかったというのもある。

 だが、今。目の前に、手の届くところに、ゴーたんの可愛さが光り輝いている。

 欲しいな、と春人が盛大にセットとシェイクにぐらついていると。



〝その年でぬいぐるみとか――〟



「――っ」



 一気に冷めた。冷水をばっしゃり脳内に直接浴びせられた様な思いを味わう。

 そうだ。ここには草壁がいる。女性がいる。

 一緒にいるのは、冬馬や和樹といった親友ではない。部活の時代の先輩でもない。両親でもないのだ。

 もし、ゴーたんが目当てで注文したと草壁に知られたら。



〝キモッ〟



「――……っ」



 あんな目で、草壁に見られるのは――嫌だ。



「あ、……俺」

「よし、分かったよ!」

「え?」


 どーんと任せて、と草壁が胸を叩いて仁王立ちする。

 何だか嫌な予感がしたが、暴走する彼女を止めることは不可能だった。


「お姉さん! この、モッスンもろもろセットを三つ! それからモッスンシェイクも三つ欲しい! ゴーたんグッズはこれで三つずつ頂きだね!」

「はい、かしこまりました」

「って、おおおおおおいいっ⁉」

「須藤君の分もまとめて注文したよ! さすがにバーガーはどれか分からないから、自分で頼むように」

「は、はあ⁉」

「いかがですか?」

「え? あ、……じゃあ、この、スパイスモッスンバーガーで」

「では、私はモッスンもりもりチリチリバーガー二種のチーズを添えて、を頼むよ! それからモッスンテリヤキバーガーに、ダブルばくばくにくにくバーガー、あとはモッスンスパイスドッグを!」

「――えっ⁉」


 とんでもない量を頼む草壁に、春人は先程とは別の意味で二度見した。

 はっきり言おう。モッスンセットに関しては、玉ねぎのリングと太いポテトとナゲットがそれぞれ十個ずつ入っているつわものだ。

 その上、彼女が頼んだもりもりバーガーは、通常のバーガーよりもかなりどっさりと、それこそ一口では頬張れないほどに高く重ねられた具材が挟まれており、ダブルばくばくにくにくも言わずもがな。その上、テリヤキバーガーとホットドッグまで注文してしまうその胃袋に仰天するしかない。

 正直、一食はゆうに超えるその量に、春人が絶句していると。



「須藤君は、スパイスだけで良いのかい?」

「へえっ⁉ あ、ああ、うん。……セットとシェイクもあるし。夜ご飯もあるし」

「何を言っているんだい。夜ご飯は別腹だよ!」



 ご飯を別腹扱いする人、初めて見た。



 しかも、デザートならともかく、一食まるまるを別腹とはこれ如何に。

 よく食べるな、とは思っていたが、想像以上の食べっぷりに、春人はある意味清々しいと最後は苦笑するのだった。


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