恋人達の関係
じゅんとく
第1話
首都圏、高層ビル群が立ち並ぶ国内最大の主要都市…。国内経済の中心部であり、常に時代の最先端を切り開いていた。国内の要でもある都心では毎朝、通勤ラッシュの時間帯、駅構内は大勢の人だかりで埋め尽くされていた。スーツ姿、学生服、観光や私事等でそれぞれ異なる目的で訪れる人達が駅を利用していた。片手に鞄を持った大勢のスーツ姿の人波が行き交う駅構内、すし詰め状態の電車に揺られ、目的地の駅に降りると鉄筋で作られたコンクリートジャングルへと向かうビジネスマン達。信号が歩行者用の色に変わり、目の不自由な人用の歩行者用の効果音が鳴り響く。
大勢の人達が横断歩道を渡る中…その人波に混じって少し足早に歩く30代半ばの1人の男性の姿があった。彼は駅から少し離れた大きなビルへと向かう。地上200m以上あるオフィスビルへと男性は入って行く、オフィスビルは築2~3年と周辺のビルと比べても新しい、ビルの入口に取り付けられている銀色のステンレス製の看板には『株式会社浦野エレクトロニクス本社』と書かれた看板があった。
オフィスビルは地下1階と地上1~3階は、テナントが入っていて、地下2~3階は駐車場と言う構造だった。正面玄関の自動ドアを潜り抜け、フロアを少し歩くと目の前にオートロックのドアが見えて来た。彼は鞄からカードを取り出して、カードを赤外線センサーに当てると、ロックが解除されて開き建物の中へと進んで行く。
早朝でもある為、1階のフロアは電気が灯されておらず、暗かったが…午前中になるとフロア内は、複数の売店や飲食店が営業していた。彼はエレベーターに乗り、地上30階にあるオフィスへと向かう。エレベーターを降りて廊下を進んで行くと、目の前に営業課と書かれた札が掲げられた部屋が見えて来た。彼は、その部屋のドアを開け室内へと入って行く。
時刻は午前8時、彼はオフィスにあるカードセンサーにカードをかざして出勤した。
「おはよう」
男性は自分よりも先に出勤して来た営業課の人達に向かって挨拶をする。
「あ…おはようございます、竹内課長」
オフィスの傍らに集まって世間話をしていた数名の女性社員達が明るい声で挨拶を交わした。
竹内と呼ばれた男性は自分のデスクに着くと椅子に腰を降ろし、作業用の眼鏡を掛けてノートPCを開く。
その時、若い女性社員が彼に近付き声を掛ける。
「課長…来週土曜日夕方皆で飲み会をするのですけど、お時間ありますか?」
「来週土曜の夕方ね…」
竹内はメモ帳を取り出して、スケジュール表に目を向ける。
「今のところは特に予定は入っていないから…空けておくよ」
「ありがとうね~」
女性社員は、嬉しそうに走り他の女性社員に話し掛けると、彼女達も盛り上がり何人かの女性社員が竹内を見て手を振った。
作業を始めると同時に、彼の元に中年男性が現れた。
「おはようございます課長、実は…課長宛てに書類が届いています。例の案件かと思います」
「ありがとう」
竹内は書類を受け取り中身を拝見すると少し眉を潜める。
「内容は如何がな物ですか?」
「大山運送め、少し厳しい案件を持ち出して来たな…君、すまないけどこの書類を社長に届けて欲しい、私としては会社の利益と比較すると少し難しい条件なので、社長の判断を求めたい…と、伝えて来てくれ」
「分かりました、その様に報告致します」
中年男性は書類を受け取ると一礼して社長室へと向かって行く。
午前8時半を過ぎる頃、営業課の人達はミーティングルームに集まり、早朝の簡単な報告を行う。報告が終わると営業課の人達はそれぞれの勤務へと行動を始める。社員の何名かは外回りの仕事に出掛けた。残った社員達も書類作成に勤しむ、業務が始まると営業課は鳴りやまない電話の音と、ざわつく人達の声が響き渡っていた。
午前の休憩時間を済まして竹内がオフィスへと戻ると、男性社員が竹内を探していた様子で彼に近付き、息を切らしながら話し掛ける。
「か…課長、こちらの方が、早急に電話を欲しいと言ってました…」
ゼエ…ゼエ…と息を切らして男性社員は、メモした紙を竹内に渡す。
竹内はメモを受け取ると、書かれた名前を見る。
(堀川…?知らない人物だな…)
気になった竹内は、自分のデスクの電話からメモに記された番号に電話を掛けた。
『はい、もしもし…三原児童福祉施設です』
電話先が児童福祉施設と聞いて竹内は一瞬ドキッとした、連絡先を間違えたかと思った彼は、気持ちを落ち着かせて電話相手に話し掛ける。
「竹内と言う者です。すみませんが…そちらに堀川と言う方はいますか?」
『はい、居ます堀川主任で良いですね?』
「多分…その方だと思います、先程私宛に電話が掛かって来たのですが…」
『竹内さんですね。分かりました、少々お待ちください』
竹内は受話器を持ったまま数分間、電話を待たされる。しばらくして電話の向こうから男性の声が聞こえた。
『お待たせしました堀川です』
電話の向こうから少し陽気な感じの声が聞こえた。
「私に早急な話があると聞きましたが、何か用でしょうか?」
『はい、大事な話があります。直接会って話したい内容ですので、もし…ご都合がとれるのでしたら、今日中にでも時間を頂ければ、と思いますが…』
それを聞いた竹内はオフィスの時計を見た。
「そうですね…夕方5時以降で良ければ、時間は作れます」
『分かりました、では…5時に丸の内公園で待ち合わせでお願い出来ますか?』
「はい、大丈夫です」
『お手数掛けます、では…本日夕方お待ちしてます』
相手は一礼を述べると、通話を切った。竹内はフウ…と息を切って外を眺める。
電話相手が待ち合わせを指定した公園は、彼のいるビルのほぼ真下にあった。夕方5時を指定して来たが、竹内からすれば5分以内には目的地に着ける距離だった。
竹内が外を眺めていると「課長」と、後ろから女性社員が声を掛けて来た。
「どうしたの?」
彼は振り返り、女性社員を見る。
「実は…その、浦野社長から呼び出しがありました」
浦野社長からの呼び出しと聞いて、周囲は少しザワめき始めた。
社長の個人的な呼び出しは、あまり良くない事が起きる前兆だと、会社内では噂されていた。
彼が営業課の室内を出て行く時、周囲は不安そうな眼差しを竹内に向ける。
ビルの最上階にある社長室に竹内が入ると、そこには彼よりも年上の50代の体格の大きい男性が大きなデスクを前に、高級な革製の椅子に座っていた。
「竹内君、君が提出してくれた大山運送の件だが…今回は見送らせてもらうよ」
「そうですか…しかし、大手の契約を破棄する事になると…今期の業績は著しい物になりかねないものになります。何よりも昨年度の下半期の実績では、競合会社と比べても、少し差を開かれた状態でした。今は大手と契約を結ぶ事が先決かと感じます」
「敢えて大手にこだわらなくても、複数の企業との契約を行えば、業績は賄えるさ…何よりも契約の数が多い方が我が社の評判を世間に知らせる材料となる」
浦野社長の意見は正しかったが…竹内からすれば、そう簡単に契約など出来ない…と言うのが本音だった。
「それはさておき、実は竹内君に聞きたい事があって呼び出したのだ」
「はい、何でしょうか?」
竹内は少し首を傾げて答える。
「君は、確か…まだ独り身だったよね?」
竹内は社長の言葉に少し不快感を感じた。彼としては別に好きで独身で居る訳では無かった。出来れば早く結婚を済ませたいと…思ってはいた。
「そうですが…何か?」
「実はな…水島商事の娘が、昨年海外留学から戻って来たらしく、今は手伝いとして会社にいるそうだ。交際相手もいないらしくてな…、君にどうだろう…と思った次第なのだ」
政略結婚か…竹内は社長の腹の底を見た。水島商事と我が社は裏で太いパイプが繋がっている事は承知だった。営業でも簡単な契約は、その大半は水島商事のコネで獲って来る様なものだった。
「少し検討させて頂く時間を下さい」
竹内は社長に向かって頭を下げる。
「出来るだけ早急に返事をしてくれよ」
「はい」
竹内は一礼をして、部屋から出た。彼はエレベーターの近くまで向かうと、ハア…と溜息を吐いた。
女性とのお見合いは彼にとって厄介な問題でもあった…。
過去に親の紹介で2~3度お見合いした事はあったが…全て相手に断られてしまった。今までは、それで済まされたが…社長のお墨付きとなると話は別になる。
浦野社長は温厚な人物として評価があり、実績等で人を判断せず人間性を重視する人物であった。しかし…それは逆に下手な場所でボロを出してしまうと、立場が危うくなる事にも繋がるのであった。
過去に彼が主催した『お茶会』や『バーベキューパーティー』等で、ちょっとしたトラブルを起こした人物が居た、運悪くそれが浦野の目に入ってしまった人物は、その後…役職を降格され、地方へと飛ばされた…と言う経緯があった。
竹内もその場に居たので…事の詳細は知っていた、彼にとって今回のお見合いの誘いは、もしかしたら、今の職場に残れるか、どうか…の瀬戸際かもしれない話であった。
その後、彼は持ち場に戻り、周囲には大山運送の契約破棄の詳細を伝え、周囲に安心感を持たせた。
夕方5時、彼は定時と共に席を立って帰宅する、普段は30分程残業しているのだが…その日は珍しく5時になると同時に、営業課の室内を飛び出した。
ビルを出て待ち合わせの丸の内公園へと向かった彼は周囲を見渡す。電話相手の人物がまだ来ていないのを確認した彼は、ベンチに座り時間が過ぎて行くのを待った。
10分程した時だった、彼が座っている場所から少し離れた位置で、周囲を見渡し何かを探している様な人を見付けた。
その人物は、竹内を見付けると、足早にこちらへと向かって来る。
「あ…もしかして、竹内寛さんですか?」
「はい、そうですが…」
「はじめまして、堀川です」
堀川と名乗った男性は、竹内よりも少し年上で少し瘦せ気味の男性だった。
彼は竹内に名刺を差し出すと、彼も何時もの癖で名刺交換をする。
「ここでは何なので、施設に行きましょう。車を用意してますので…」
「はい…?」
竹内は事の詳細が分からないまま、堀川の言われるままに付き添う事にした。
2人は公園を出て少し歩いた、少し離れた場所にコインパーキングがあり、堀川はその場所に停めてあった白いバンに竹内を乗せる。堀川は料金を支払い車を発進させる。
2人を乗せた車は首都高へと向かう。
「どちらまで向かうのですか?」
「三鷹までです」
「そうですか…」
同じ都内とは言え、三鷹と千代田区周辺は大分違う。施設があると言われるのも少し頷けた。
助手席に座っている竹内は、相手の素性や目的が分からずに同行していた。もしかして…児童施設の職員と言いながら、保険金目当てかも知れない…と言う考えも無いとは言い切れなかった。
30分程車を走らせ、首都高から降りると周囲が長閑な住宅街へと変わり始める。街路樹が立ち並ぶ市街地を進み、前方に木々に覆われた大きな建物が見えて来た。
車はその建物へと向かう。竹内はウインドガラスから建物を眺めた。
児童福祉施設と聞いたから、古惚けた安い建物を想像していたが、目の前に見えて来た建物は、ちょっとしたマンションにも思える程の景観だった。
車は専用駐車場に停められ「どうぞ、着きました」堀川は助手席のドアを開け、竹内を案内させる。車を降りた竹内は周囲を見回す。施設周辺の敷地では楽しそうに笑い声を上げながらはしゃぎ回る子供達の姿があった。
堀川と竹内は施設の中へと入り、相談室と書かれた部屋へと案内させられた。
「少し待っていて下さい」
堀川は竹内を室内に残して出て行く。
数分の間、竹内は部屋に取り残されていた。彼は窓の外から施設の外で戯れている児童達の姿を眺めた。
数分後…部屋の扉が開き、堀川と一緒に体格の大きい年配の男性が現れた。
「お待たせしました、私は施設の園長を勤めている久保と申します」
久保は竹内に名刺を渡す、彼も仕事柄営業をしている者として、自分の名刺を久保に渡した。
「で…私をここまで連れて来た理由は何ですか?」
「率直に申し上げますと、貴方に里親になって頂きたい子がいまして…」
「はい?」
突然の久保の発言に竹内は困惑しながら返事をした。
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