第17話


 

 エイミーの幽閉された東の塔には、時折父親である国王が訪れた。


 数年前から持病だった心臓の病が悪化し、歩くのも辛くなっていた国王は、それでも愛する娘に会いに、兵士に支えられながらも必死と東の塔を登っていた。


 国王は後悔していた。


 最初は娘の幸せのためだと決め込み、ルイス王子との結婚を薦めた事を。


 会う度にルイス王子の傲慢さや、強引さが目に留まる様になり、今や国王である自分の事も軽く見るようになっていた。

 それに便乗する様に、妃のユリアも増長し始めて、今やどちらが国王だか分からなくなる程の権力を持ち始めていた。


 だから国王が正気に戻り、婚約解消を求めても、ルイスとユリアは全く聞く耳すら持たないのだ。


 東の塔へ赴いては、後悔し謝る父親に、エイミー自身は「私は大丈夫です! ハンナでも幸せになります。それよりもお父様のお身体の方が心配です」と健気な事を言って安心させようとしていたが、そのか弱いながらも強く見せている姿が国王にとって不憫で、居た堪れなかった。


 本当だったら立っているのも辛い状態だったが、そんないじらしい娘と出来る限り時間を共有したかったのだ。

 自分がもう永く無い事は分かっていたから。


 だからこそ、残されるエイミーの事が心配で心配でならなかった。


 そう思った時、エイミーの事を真に思いやれる人物は誰なのか、国王は改めて考えた時、一人の青年の顔が浮かんだのだ。


 ――あの青年は、少し変わっているが、自分と同じくらいエイミーの事を大事にしていた。


 まだ間に合うならば、エイミーの婚約を解消して、リンゼと一緒になってイギルを盛り立てて貰いたい……。


 そう思いながら、今日も兵士に背中を抱えられて東の塔を登っていた。


「お父様!」


 現れた父親を見て、エイミーは零れる様な笑顔を作った。


 エイミー自身、ここに登って来る国王の顔色の悪さを知っていたが、国王がそれをさらけ出そうとしないから、気が付かない振りをしていた。

 はあはあと荒い呼吸の父親に、椅子を差し出し、父の呼吸が落ち着くまで自分はベッドに座って口を開くのを待っていた。


「……今日は、冷えるな」

「ええ、でも親切な侍女が暖かい火鉢を持って来てくれて。こんなに重いのに……」


 と、エイミーと国王の間にある火鉢に目線をやる。

 心優しい侍女がエイミーの傍に居てくれる事が、唯一の救いだと国王はいつも思う。


「他に不自由している事はないか?」

「ええ。本も読めますし、三日に一度、庭いじりにも行っています。……あ! お父様にぜひ飲んで欲しいお茶があるので、今、淹れますね!」


 そう言って、火鉢にポットを乗せた娘。

 その眼鏡の奥の目が今までと違って少し光を持っていたのを国王は見逃さなかった。


「……エイミーや。何か良い事でもあったのか?」

「えっ!」


 思わず手が止まるエイミー。


「いつもここに来ると、お前はいつも作り笑いを浮かべていたが、今のお前は本当に楽しそうだ。何かあったのかい?」


「……そ、それは……」


 動揺しながらも手を止める事なく、自作の葉っぱを茶漉ちゃこしに入れるエイミー。何か言いたげにソワソワとしている。

しかし、エイミーの言葉を待てない国王は、懺悔を始めた。


「……今更だとは思うだろうが……本音を言えばリンゼと一緒になって、国に残って欲しいと思う私が要るのだ……」


「え……?」


「ルイス王子との縁談が持ち上がった時は、お前が幸せになると信じていた。しかし、私が愚かだった。あの男は信用ならない。お前を幸せに出来るのはリンゼだと私は思っている」


「あの……お父様! 実は……!」


 その時、下の階が賑やかになった。

 何事かと思えば、ジルフィーヌが慌ててノックをして入って来た。


「国王様、姫様。ご歓談中失礼致します!王妃様がいらっしゃいました……!」


「……え?」


 此処に幽閉されてから一度たりとも訪れた事が無かった、ユリア王妃が突如エイミーの所へとやって来たのだった。


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