第5話


「リンゼ、最近は楽しそうだな」


 毎日、生き生きと王宮へと通い、エイミーの話相手やガーデニングに精を出す息子に、エルレーン宰相は声を掛けた。


「はい。おかげ様で、人生を謳歌おうかしています」


「そうか。お前の語彙選ごいえらびは大袈裟だな」


「父上、お聞きしたい事があります」


「なんだ?」


「姫様と、半永久的に一緒に居られるためには、宰相になるのが手っ取り早いのでしょうか?」


 エルレーン宰相は、はたと動きを止めた。


「僕は我があるじを姫様に決めました。あのお方にずっと仕えたいと思います」


「……そうだな、私の跡目を継ぐのが一番早いと思うが……それよりもずっと一緒に居たいのならば。我がハイライン家はイギル王国の中でも名門貴族だ。エイミー様が望み、国王が許可下されば、伴侶させて頂く事も出来るぞ?」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるエルレーンに、リンゼは眉をひそめた。


「父上、その様な下世話な話では無いのです」

「……おや?」


 エルレーンは息子がエイミーに惚れ込んでいるのは知っていた。

 あんなに甘い視線をエイミーに向けておいて、下世話とは……?

 ……もしや、自覚が無いのか? とエルレーンは息子の鈍さに珍獣でも見る様な目を向ける。


「とにかく、僕は姫様のためになる事をしたいのです」


「……そうか。それならば、先ずはもっと勉学に励む事だな。あと、身体も鍛えた方が良い。大抵の女性は逞しい男が好きだからな」


「だから、父上……僕と姫様はそういう関係じゃないんです」


「いや、それにしても心身が健康では無いと、姫をお支え出来ないじゃないか」


「…………確かに。早速、明日から身体作りをします」


「それと、剣術も習ったらどうだ?」


「父上、心身の健康は必要ですが、剣は不要です」


 リンゼはぴしゃりと言う。

 剣術は、貴族男子のたしなみとも言える習い事の一つだ。

 聖ミハエル学院に通っていて、剣術を習っていないのは生まれつきの持病持ちの子供か、リンゼくらいだった。

 なのでエルレーンとしても、いつか機会を見て習わせたいと思っていたのだ。


「リンゼ、隣国の戦の多いハンナでは身分よりも教養よりも剣術に長けた人間が頂点に立つ事もあるのだと言う。この国だって今は、戦争放棄をしているが、何時いつ戦に巻き込まれるかもしれない。その時に全く剣術が出来ないでは話にならないのだぞ?」


「いえ、やる気の無い人間の習い事ほど、時間の無駄になる事はありません。……しかし……教養は必要ですよね。今の生活では姫様をお守りする様な教養が身に付くのは難しい……」



 暫く考え込み、リンゼは答えを出した。



「学校へ、戻ります」



 ――その、父親エルレーンにとっては朗報である発言は、エイミーにとっては訃報でしか無かった。


「そう、そうですか……残念です……」


「姫様には専属の教師が居ますが、僕には居ませんから」


「……でも、時々は図書館や庭へ来てくれますよね?」


 潤んだ目でリンゼを見上げるエイミー。

 その震えるほど愛らしい表情をするエイミーを直視出来ず、顔を手で覆いながらリンゼは答えた。


「……姫が望むなら、何時いつでも……!」


「良かった! では、私の庭で二十日大根が出来上がっていますから、一緒に収穫しましょう」

「はい。野菜は収穫という達成感を味わえて、更に食物として自分に循環し栄養になる。花と一緒に植えて置いて良かったですね」


「ええ、まだたくさんの野菜が収穫する予定ですから、リンゼも来てくださいね」


 こうして、リンゼに人生の目標が出来て、二人は別々に過ごす時間が増えたが、いつでも一緒に仲睦まじく時を過ごしていた。



 それから、5年の月日が流れた。


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