そして、掃除の旅へ

 森の中、三者は立ったまま話し合う。アイムは男達を見据え、彼等は戦意が無いことを示そうと武器を地面に置いた。ニャーンは一人だけ両者から距離を取り警戒中。とはいえ逃げられそうにないことは思い知ったので大人しくしている。

 腕組みしたまま訊ねるアイム。

「お主ら、バイシャネイルか?」

「はい。皇帝陛下より捕縛命令を賜り、その女の追跡を続けておりました」

 バイシャネイルは西の大国。皇帝ヌダラスとはゾテアーロの王スアルマと同じく旧知の間柄である。というよりアイムは、たいがいの国や組織の首長と面識を有している。

「こやつの力を戦に使うつもりか?」

「そこまでは存じません」

「フン」

 知っていても正直に答えるはずはない。怪塵ユビダスを兵器として利用することなど、この怪塵殺しがけっして許さぬのだから。

 それがわかっているからこそ、彼等も彼の目を盗んで拉致に及ぼうとした。僅かに一手遅かったが。

「危なかったな娘っ子。ワシに見つかるのが遅かったら、バイシャネイルで兵器にされておったところだ。あるいは実験動物だな」

「ま、まさか……第四大陸を二分する大国の片割れが、そんな非人道的なことをするはずないです……」

「いやいや、人でなしだからこそ国を大きくできたのだぞ」

 犬歯を覗かせ皮肉な笑みを浮かべるアイム。彼は人同士が争う行為は否定しない。各々譲れぬものがあるなら、むしろ積極的に争えとさえ思う。戦は人という種を成長させ怪物アンティと戦うための力も育むだろう。

 しかし怪塵は利用させない。あれだけは自分の使命に従い、必ずこの世から抹殺しなければならないのだ。

「さて……」

 視線を動かし改めて確認。バイシャネイル一行にもニャーンにも動く気配は無し。異論も唱えない。ならば残るはあと一つ。

「おい、そこなお主らも出て来い。ワシの意志をスアルマに伝えよ。この娘の身柄は当面我が身が預かるとな」

「なに?」

「えっ?」

 驚く男達とニャーン。そしてアイムの視線の先で、木々の陰から別の男達が静かに姿を現す。こちらは──

「気付いておいででしたか」

「ゾテアーロ!?」

「やめい!」

 武器を拾おうとした隠密達を一喝。バイシャネイルとゾテアーロ、双方が放った部隊を威圧しつつニャーンへ近付き、呆気に取られている彼女を肩に担ぐ。

「なっなっ、何するんです!?」

 尻のすぐ横に男の顔。気付いて暴れ出す元修道女。ところが蹴られても叩かれても彼はビクともしない。もちろん表情は辟易している。

「ええい、おとなしくせんか。しっかり掴まっとらんと落ちるぞ」

「なんのこ──」


 突然の衝撃。真下で生じた爆風に押し上げられ、遥か上空に到達するニャーン。恐怖で身を竦ませ、反射的に閉ざした瞼を再び開くと、アイムの髪と同じ質感の黒い毛が目の前にあった。それがクッションのように優しく彼女を受け止める。

 地上から見上げた男達も驚愕。


「なっ……」

「こ、これが……アイム・ユニティの……」

『そう、真の姿じゃ』

 目を見張る彼等。ニャーンも思い出す。流浪の英雄アイム・ユニティは、そもそも人間ではない。本当だとは思っていなかったその噂が紛れも無い真実だと今理解できた。

 森の木々のてっぺんより遥かに高い位置から男達を見下ろし、背中にニャーンを乗せている彼は、とてつもなく巨大な狼。

『それぞれ国へ帰り報告せよ。ニャーン・アクラタカへの手出しは無用。この言を聞けぬ者には、ワシ自らが鉄槌を下すと知れ』




 巨狼と化したアイムは少女を乗せたまま走り出す。小さな山を飛び越え、雲にぶつかりそうなほど高く跳躍し、それでいて静かに大地へ降り立つ。流れる景色はまるで虹のよう。

 普通なら人間の耐えられる速度ではない。けれど、なんらかの力がニャーンを保護してくれているらしい。全く苦しくはないし、それどころか修道院のベッドより暖かくて安心できる。おかげで逃げようという気は完全に失せた。

 そんな彼女にアイムは正体を語る。

「せ、星獣セイジュウ?」

『うむ、星は時としてワシのような巨大な獣を生み出す。主らの信仰する神に言わせれば≪星の免疫≫というやつらしい』

「めん、えき……?」

『人や獣、他にも多くの生物が持っておる病に対抗しようとする力じゃ。ワシが生まれたキッカケは千年前の大災害よ』

「えっと、それってまさか……天からの災いのことですか?」

『然り』


 ──千年前、巨大な隕石がこの惑星に衝突した。第四大陸の内海はそれによって生じたクレーターである。

 その一撃で当時の第四大陸にいた全生物が死滅。津波と地殻変動は他の大陸にも甚大な被害をもたらし、天高く舞い上がった粉塵により空が覆われ何年も冬と夜が続いた。


『あの時、天から落ちて来た赤い巨石こそ怪塵の本来の姿。死の恐怖に怯えた星の意思がワシを生み出し、奴を破壊させた。ところがあれは、砕けてもなお生きていた。風や波に運ばれ、雨や雪に混じって降り、獣や虫を狂わせ、時には寄り集まって怪物と化す』

 本来の姿に比べれば大した脅威ではない。人間でもある程度の数が集まれば対抗できる程度の災い。

 だが、あれを完全に消し去る方法は千年かけても見つからなかった。倒しても倒しても塵は拡散してしまうだけで消滅することはない。

『そこへお主が現れた。ニャーン・アクラタカ、主はワシと同じ、この星の意思によって生み出された新たな守護者かもしれぬ』

「私が?」

『お主の力があれば怪塵を散らさず集積できる。あるいは無力化も可能かもしれん。故に、その身柄はワシが預からせてもらう』

 なるほど、彼はそのために自分を追って来たのか。ついに納得したニャーンは、けれどやっぱり気が乗らない。

「あの、私がそんな大層な存在だとは思えません。私にはどうしても、この力が呪われているように思えるのです」

『ふむ……まあたしかに、怪塵によって与えられた力だという可能性もある。その場合は敵方だな』

「ううっ、ハッキリ言わないでください」

『人間は曖昧な物言いを好むが、ワシは好かん。可能性があることは事実だ。だが、まだどちらともわからぬ。そして、どちらであろうと結局はワシの使命に関わること。そうであろ?』

「それは……ええ、そうですね」

 彼の敵であれ味方であれ、どのみち自分には他へ行く選択肢は無い。彼に本気を出されたら逃げられる可能性も低い。

『ならば手伝え。ワシと共に、この星の大掃除をするぞ』

「できると決まったわけではないでしょう?」

『なればこそ、やってみなければわからん』

 なんと短絡的な。しかし、その言葉は今のニャーンには魅力的に響く。

 修道院を出て逃亡を続けるうちにわかった。自分は世界のことをほとんど知らなかったのだと。

 そして疑念が湧いた。教会の教えが本当に正しいのか?

 少なくともアイム・ユニティは牧師様や先輩の修道女に教えられたような邪悪な者ではなかった。大きくて恐ろしい獣ではあるけれど。

 世界を知ることで自分にこの不気味な力が宿った意味を知ることもできるかもしれない。だからこそ決意する。

「わかりました、当面は貴方についていきます。最初はどこへ?」

『うむ、第一大陸から順に巡ろうと思う。第四大陸は先程ゾテアーロとバイシャネイルに通達を出したから問題無かろう。だが、海の向こうの者達はまだお主を知らん。噂だけを聞いて怯えているか、あるいは奴等のようにその身柄を狙っておるはずだ』

「じゃあ、まずは港ですね」

『カカカ! 面白いことを言う娘じゃ。ワシを誰だと思うておるか』


 え? と首を傾げる間も無かった。

 ちょうど目の前に海が迫っていたのだ。その大海原へ向けてアイムは前脚を揃えて跳躍する。


「きゃああああああああああああああああああああああっ!?」

『案ずるな』

 彼はなんと海面を走った。沈まず、波を蹴って前へ前へ進む。

『ワシは星獣じゃぞ? この程度のこと、できて当然じゃわい』

「ひ、ひい……」

 腰を抜かしたニャーンは改めて思う。やっぱり自分は、彼と同じ≪星の免疫≫ではないだろう。ちょっと怪塵を操れるだけの呪われた女だ。とてもこんな怪物とは張り合えない。

 けれど、アイムはそう思っていなかった。彼は本心からこの少女の可能性に希望を見ている。

(頼むぞ娘っ子。ワシだけでは到底勝てん。たった一つ落ちただけでてんてこまいの千年じゃった。しかしな、アレはこの先もまだ降り注ぐ)


 なにせ、敵は≪宇宙の免疫システム≫なのだ。


 幸い、宇宙の意思からすると千年二千年程度の時間は一瞬のようなものらしい。だから今も後続は到達していない。

 どれだけ時間が残されているかは不明。この星が生き延びるには、そのわずかな時間で怪塵を消し去る方法を見つけ出すしかない。

 千年経ってようやく現れた希望。新たな可能性。

 英雄アイム・ユニティは、この命の灯を大切に守って行こうと決めた。それが自分達の星の意思だから。

 大地は願っている。いつか命が尽きるとも、生きた証を遺せることを。

 人類は願いを託された存在。未来のために用意された種子。

 彼は、その守護者である。

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