第7話 ギルド

 返り血にまみれた外套は捨て、ローガンはエミーリアと共に裏通りから出た。


 ほんの数十メートル歩くと、薄暗く淀んだ裏通りとは違う、活気に溢れた表の通りに出る。


 行き交う人々はみな、キラキラと生命力にあふれた顔をしている。


 なんとも不思議な気分だった。


 ほんの少し歩けば、飢えと貧困に苦しむ人々がいるというのに、目の前の人々はそんなこと気にもしないのだろう。


 しかし今の自分には何を想う資格もない。ローガンは自分の手を見た。


 年端もいかぬ少年を、躊躇もなく切り殺した人殺しの手だ。


 短く息を吐きだす。


 こんなことで心を乱してはいけない。


 騎士とは、すなわち一振りの刃である。


 ならば迷いなど不要。


 主のため、自身はただ研ぎ澄まされた一振りの刃であればいい……。


 顔を上げたローガンの瞳には、固く冷たい意志の光が宿っていた。







 やがて二人がたどり着いたのは、街の中心部にある冒険者ギルド。


 どこかの国に所属するでもなく、勝手気ままに生きるならず者……。冒険者の事をそんな風に考えているローガンにとって、この冒険者ギルドという場所はあまり好きじゃなかった。


「へー、ここがギルドね。噂には聞いたことがあったけど実際に来たのは初めてよ」


 興味津々といった風にギルドを眺めるエミーリア。


 そのまま何の躊躇もなく扉を開ける。


 かつて、ローガンが現役だったころのギルドといえば、ならず者どもの巣窟だった。


 薄暗い室内で、昼間から酒を飲む冒険者たちの下品な集会所……ギルドにそんなイメージを持っていたローガンは、現在のギルドの姿に驚くことになる。


 王宮を思わせる上品な大理石の床。贅沢かつ繊細な調度品の数々。


 掃除は建物の隅々まで行き届いており、カウンターにはキッチリとした制服を身に着けた受付嬢が待機している……。


 武装した老人と、フードを深くかぶった少女という目立つ組み合わせの二人だが、ちらちらと遠慮がちな視線は感じるものの、粗暴な輩に絡まれることはなかった。


 いろいろと覚悟を決めてギルドに来ただけに、いささか拍子抜けした。


 時代とともに、ギルドも大きく変わったということだろう。


 ローガンの記憶にあるギルドならば、中央に大きな掲示板があり、そこに依頼の用紙が張り出されていたのだが、そういったものは見当たらなかった。


 どうにも、昔とは勝手が大分違うようで、二人は受付嬢のいるカウンターに足を運ぶ。


 感じの良い受付嬢が、ニコリと営業スマイルを浮かべた。


「ようこそ冒険者ギルド、カルム支部へ。冒険者への依頼でしょうか?」


「いや、情報が欲しいのだが」


「情報……ですか?」


 少し戸惑った様子の受付嬢に、ローガンは頷く。


「ああ、情報だ。ギルドの持っている危険な犯罪者についての情報が欲しい」


「……申し訳ございません。その情報は一般公開しておりませんので……どうしてもというのでしたら、冒険者登録をしていただいて情報公開の申請をしていただく形になりますが」


 チラリと背後のエミーリアを見る。彼女はつまらなそうな顔で首を横に振った。


「……すまない。冒険者登録をするつもりはないんだ。どうにか情報を売ってはもらえないだろうか? 金は言い値でだそう」


「そう……ですか。申し訳ございません。私では判断できかねますので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、かまわない。無理を言ってすまないね」


 受付嬢が上のものに確認をしに行っている間、二人は案内された席に腰かけた。


 こじゃれた丸テーブルの上には、二人分の紅茶まで用意されている。


「どうにも面倒ですな。私の知っているギルドとは何もかも違うようだ」


 困ったようにポリポリと頬を掻くローガンに、エミーリアは優雅に紅茶を飲みながら返答する。


「時代というものでしょ。面倒だけど、冒険者登録をするわけにもいかないわ。引退した”守護騎士”が再び動き出したとしれれば、少し目立ってしまうから」


「偽名を使えばよかったのでは?」


「かもしれない。だけど、偽名が使えない工夫がされている可能性もあるわ。冒険者ギルドは変わった、なら少々面倒でもこの方法が最善だと思うけど?」


「確かにそうですな……やれやれ、情報屋が生きていればこんな面倒は無かったものを」


「しょうがないわ。我が勢力が力をつけるまでの辛抱よ」


 そんな他愛のない会話をしていると、どうやら受付嬢が戻ってきたようだ。


 受付嬢は、一人の中年男をつれてきた。


 男は武装こそしていないものの、服の上からでもわかる隆起した筋肉や、その鋭い目線からただモノではないことがわかる。


 男はローガンとエミーリアに向かい合う席にどっかりと腰を下ろすと、二人を品定めするかのように見た。


「俺がカルム支部ギルド長のエイダンだ」


 低く、腹の底に響くような声。


 エイダンは受付嬢が持ってきた紅茶を一気に飲み干すと、じろりとローガンをにらみつける。


「爺さん、何に使うつもりで犯罪者の情報が欲しいのかは知らないが……」


 エイダンの威圧するような声が、だんだんとしりすぼみに小さくなっていく。しまいにはあんぐりと口を開けて、呆けたようにローガンの顔を見つめた。


 何事かとローガンが身構えた次の瞬間、エイダンは勢いよく立ち上がり、大声を出す。


「しゅ、守護騎士ローガン様ですか!?」

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