いつかあるかもしれない嫉妬の話

神原依麻

本編

「ねぇ、聞いて!」


 和美は私の袖を引っ張る。和美がこういう時は、たいていアレの話だ。正直億劫だが、服を人質に取られていては聞くもやむなし。


「何、どうしたの?」


「拓哉がまた浮気した!」


 そうして聞くところによると、どうやら後輩と買い物に行ったらしい。


「それのどこが浮気なの?」


「浮気でしょ! だって、女と出かけたんだよ? それはデートでしょ!」


 プリプリと怒っている和美には悪いが、恐らくそれはただの買い出しだ。拓哉もその子も同じフットサルサークルのメンバーなのだから、買い出しくらい行くこともあるだろう。


 そんなことをいちいち報告するのもさせるのもどうかと思うし、そもそも和美が嫉妬深いということがこの問題の根本原因なのではないだろうか。


 しかし今ここですべきことは正論をぶつけることではないことくらい分かっている。私は社会性のある人間なのだ。


「和美は拓哉が女と出かけたことが嫌だったの?」


「嫌っていうか、普通駄目でしょ?」


 自分が正しいと信じて疑わない友人に、私がしてあげられることは何だろう。そこで私は少し変化球を投げてみることにした。


「もし相手が6歳くらいの女の子だったら問題ないの?」


「え、う~ん……。まあ、そうかなぁ」


 和美は少し考えながらそう答えた。


「じゃあ、30代くらいの女性だったら?」


「それは完全にアウトでしょ!!」


 この問いには即答する和美。


「じゃあ、60代だったら?」


「え? う~ん、まあ、それならいいかなぁ」


 和美は眉間にしわを寄せつつ回答する。


「お母さんとか、いるのか知らないけどお姉さん、妹だったら?」


「そうだなぁ……。それはなんとなく嫌かな。他の人たちとは全然別の理由だけど」


 全然別の理由、と言いつつも、やはり否定する和美。


「ふ~ん。じゃあお父さんやお兄さんや弟だったら?」


「それは問題ないでしょ」


 今度はさらっと答える。


「そうなの? じゃあ同い年の男だったら?」


「だからそれも問題ないでしょ?」


 至極当然といった風の和美。


「その違いは何なの?」


「ん? そりゃあ、相手が男か女かの違いでしょ」


 むしろなぜそんなことを聞くのかとでも言いたげな態度だ。


「なんで男は良くて女はだめなの?」


 私がそう言うと、和美は目をぱちくりとさせた。


「え……だって、そりゃあ……そうでしょ?」


 急に歯切れが悪くなる和美に、私は努めて冷静に尋ねる。


「つまり、恋愛対象になり得る人が嫌ってこと?」


 すると、和美の表情がパッと明るくなる。 


「そうそう、その通り!」


 私はそれを確認したうえで、また変化球を投げる。


「じゃあ、なんで男はいいの?」


 私の問いに、和美は一度口を開きかけて、しかし一瞬ハッして口を閉じると、言葉を選びながら回答する。


「別に偏見があるわけじゃないけど、拓哉はゲイじゃないし、だから男性は恋愛の対象にならないもの」


 その答えに私はにっこりと微笑みを返すと、さらに畳みかける。


「それは本人に確認したの?」


「いや、聞いてないけど……。だって私と付き合ってるし」


「それは女性を好きになることがあるという証明であって、男性を好きにならない証明じゃないよね?」


「え……それはまあ、その通りだけど」


 段々覇気が失われてきた和美に、私は優しく語りかける。


「男性も女性も好きになるバイセクシュアルや性別関係なくすべての人を好きになるパンセクシュアルの可能性もあるのに、なんで男性はよくて女性は駄目なの?」


「……」


 ついに和美は黙り込んでしまった。困惑の表情を浮かべる和美に、私は少し眉尻を下げた。


「でも実際、同性愛をはじめとする異性愛以外の恋愛が当たり前になったら、嫉妬の対象も全方位になって、パートナーがいる人は誰とも2人で出かけられなくなるよね。異性がいる飲み会は禁止っていう人もいるけど、そういうのも、つまりはパートナー以外の他人とは複数人であっても飲み会にすら行けなくなるよね」


 和美がどこまで受け止めてくれているのか分からなかったけど、もう、最初の怒りはどこかへ行ってしまったようだった。


「嫉妬って難しいね」


 ちなみに私はFTM。Female to Male。生まれたときに女性という性を割り当てられたけど、今は男性として生きている。そんな私が拓哉と出かけたら、果たして和美の嫉妬の対象になるのだろうか。


***


最後までお読みいただきありがとうございました。

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