文章力に全てを捧げてきた文學書きのペンの僕!〜今更流行りに乗ろうったってもう遅い!〜

可燃性

第1話

 転生(てんせい・てんしょう)

 肉体が生物学的な死を迎えた後には、非物質的な中核部については違った形態や肉体を得て新しい生活を送るという、哲学的、宗教的な概念。――Wikipediaより引用


 *


 彼はペンであった。字を書く道具である。

 彼の父は褒章として名を残す文豪芥川の使った筆で、彼の母はショートショートの天才である星新一の万年筆。

 物を書く筆記具としては最高の生まれであろう。

 いつかきっと素晴らしい文豪に使われ、大層立派な物語を紡ぐ語り手となるのだと信じてやまなかった。


 けれども、どうして。彼の担い手は一向に現れぬ。来る日も来る日も筆致を高め、己がペン先を尖らせて。相応しい主人に握られる時を今か今かと待ち望む日々も夢の跡。

 ふと現実に立ち返ると彼はひとり、もといひと筆文具屋の隅で売れ残り、これではならぬと遂に重い腰を上げた。


 彼は、職業安定所へ向かっていた。もとより生まれが最高峰――さほど苦労なく、彼は面接会場に呼ばれていた。

 面接官に呼ばれ、マナー通り三回ノック、促されてパイプ椅子に座った。


 彼の履歴書を眺めていた面接官が、突然顔を顰めた。そして隣に居た別の面接官に耳打ちをしている。

 眼前で内緒話をされるという決して心地良くない状況――しかし彼は仕事を得る為に我慢していた。小声での会話がほどなくして終わり、面接官は彼に向き直った。


 さあ、いよいよ練習の成果を示すときだ。

 大丈夫、普段通りにやれば――


 面接官は、開口一番こう言った。


「まさかとは思うんですが、この異世界渡航歴にバツ印が付いてるの、何かの間違いですよね?」


 一瞬何を言われたかわからなかった。

「え」という表情をして固まる彼に、面接官は続けた。


「あー……本当なんですね」

「ええっと……?」

「あなたさあ……今どき異世界に行ったことがないんじゃどうやってリアルな体験を書くんです?」


 面接官は、明らかに呆れていた。別の面接官も「やれやれ」と肩を竦めて首を振っている。

 緊張感などどこへやら、座っている椅子に深くもたれこみ、履歴書を汚物のように持ってひらめかせる始末だった。


「……あ、あの!僕立派な文章を――立派な物語を世に語り継ぐ才能があります!父だって、母だってそうだった……だから!」

「昔はペンは剣よりも強し、なんて言われてた時代もあったらしいですけどね。今はペンより剣と魔法のファンタジーなんですよ」


 必死に食らいつこうとする彼を嘲笑うように面接官は言った。

 二の句が継げぬ彼を見ながら、「こりゃ期待外れだ」「学歴だけじゃあな」と口々に面接官たちがぼやいていた。


「……そんな……」

「人間の業の深さよりも爽快感。カタルシスっていうんですかねえ、そういうのが今の流行り。時代なんです。あなたは時代遅れも甚だしい――歴だけ立派でもねえ」


 面接官は最早面接していなかった。とことん彼を追い詰めることに徹している。絶望に突き落とされた彼はその言葉をほとんど聞いていなかった。

「帰っていいですよ」と言われるまで、彼は一言も話すことができなかった。


 自分の信じてきた全てが根元から折られたのだ。身体は錆び付き、ペン先から滲むインクは何時もより量が多かった。

 暗い、嗚呼、暗い。これほど暗い黒紙の上では、己が刻む文字など見えやしない。

 とぼとぼと歩く彼に突然スポットライトが当たる。

 闇を晴らす、目に痛い光――


「危ない!!」


 誰かがそう叫んだ。

 大型トラックが、彼を容赦なく吹き飛ばした。


 彼は最後に想いを馳せる。もしも次に生まれ変わるのなら、今度はみんなに愛されるペンでありたい、と――

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