【バレンタインミステリー】2月14日の幽霊少女

押見五六三

全1話

今日は街中に雪女が現れても可笑しくないぐらい、朝から記録的な大雪だった。

降りしきる雪の中を帰宅した俺は、爺ちゃんから渡されたタオルで体を粗方拭いた後、肩を窄めながら自分の部屋へと向かう。凍える手を擦りながら部屋の灯りをつけると、照らされた学習机の上に置かれた小さな紙袋が真っ先に目に映ってきた。その紙袋は、この部屋には似つかわしくない鮮やかなピンク色をしており、手提げ部分にはフラワーリボンまで巻かれている。


「そうか……今年も、現れたんだな……」


エアコンのスイッチを入れて間もない室内は、まだ身震いするほど肌寒い。とりあえずスクールバッグをベッドの上に置き、着替えもせずに机上のピンクの紙袋に近付いた。その紙袋の下には〔今年もあの子から預かりました〕という母が鉛筆で書いたメモ用紙が挟んである。

やはり間違いない。いつものやつだ。

俺はまだ震える手で、手提げ部分のリボンを外し、袋の口をそっと開ける。

袋の中には花柄の箱に入ったチョコレートと二つ折りのメッセージカードが入っていた。

俺は無意識にゴクリと唾を飲み込む。


「ん?これは……」


袋の中には、もう一つ別の物が入っていた。

小さな紙切れだ。

俺は手に取り、信じられないという面持ちでその紙切れを凝視する。

それは近所のスーパーのレシートだった。

レシートにはこのチョコを買った時間と値段がしっかりと記されている……。

いや、捨てとけよ。一緒に入れとくな。


「段々と雑に成るな。もう、かれこれコレで9回目だっけ?」


そうだ。小学1年生の時からなので今年で9回目だ。

実は俺はこの9年間、欠かさず2月14日に謎の少女からチョコを貰っている。

その少女は俺に直接渡すわけでも、学校の机や下駄箱に入れるわけでも無く、何時も母に俺宛のチョコを預けるのだ。だから俺は9年間、その女の子の名前も顔も全く分からず終いである。母曰く、容姿はまるでタレントのような可愛い美少女で、明るく、そして親しみやすい性格らしいのだが、いくら聞いても素性の方は決して教えてくれず、俺用のチョコを渡すと走り去って忽然と消えるらしい。全く手掛かりが無い、正体不明の美少女なのである。まるで狐か狸に化かされてるかのような話だ。


今年こそ謎の少女の正体を突き止めるべく、俺は何か手掛かりが残ってないか調べる為、袋からチョコの入った花柄の箱とメッセージカードを取り出した。

どうやらチョコはミドルブランドの半生チョコレートだ。ここのチョコは主婦の方に好評だと聞く。


「あっ!?」


よく見ると、箱の表側に〔20%OFF〕と書かれたシールが貼られていた。

……いや、剥がしとけよ。

手を抜くな、手を!

てか、ディスカウントタイムまで粘ってやがったな。


可愛い二つ折りのメッセージカードを開くと中には鉛筆でこう書かれていた。


〔いよいよ高校受験だね。一緒に学費が安い公立に入れるよう頑張ろうね。あと御飯を食べ終わった後のお皿は、自分で台所に持って行こうね〕


なんて家庭的な子なんだ。文面から生活感が滲み出ている。とても同い年の女子が書いた内容とは思えない。

てか、色ペンぐらい使え!

それに字がメモ用紙の筆跡と全く一緒だぞ!

ワープロ使うとか、左手で書くとか少しは工夫しろ!


俺は深いため息をつきながら、首を横に降った。


「駄目だ!さっぱり解らない!手掛かりが全く残っていない……」


いったい謎の少女は何者なんだ?

学校には思い当たるような女子は居ない。

動画やSNSみたいな情報を発信する物は一切やってないのに、何故かこの少女は俺の私生活にやたらと詳しい。

そして、どうして母の前だけにしか姿を現さないんだ。


母にしか見えない季節外れの幽霊なのだろうか?

いや、タイムマシンに乗ってやって来る、未来の俺の彼女では?

いやいや、異世界に住む幼い王女が、俺を勇者にしたくて勧誘に来てるのかも?


解らない。

いくら考えてもこの謎は解けない。

どんな優秀な名探偵を雇ってもお手上げだろう。

俺は一生、この謎の幽霊少女からチョコを貰い続けるのだろうか?

少女は俺に何を求めているんだ?

誰か!少女の……幽霊少女の正体を教えてくれッ!


「……って、解ってるよ!オカン!お前しか居ないだろッ!」


そうだよ。9年間俺にチョコを渡し続けている謎の少女の正体は俺の母親だ!

これは俗に【オカン美少女なりすまし詐欺】と言い、毎年全国で数百人の俺みたいな幼気な男子が被害を受けていると聞く。この事件、ようはバレンタインデーに母親が架空の美少女になりすまして実の息子にチョコを贈り、そしてその反応を見て楽しむイタズラなので有る。

まだ人生経験が浅い男子がコレをやられると、正直物凄く気恥ずかしい。そして「俺って、そんなにモテないと思われてるのか?」と勘ぐり、母親に同情されたと思ってプライドがズタボロに成ってしまう。いや、確かに俺の場合は過去に母親以外からチョコを貰った経験は無いけど、それは俺のことを好きに成ってくれる女子が偶々奥手ばかりだったから貰えなかっただけで、決してモテない訳じゃない……と思う。まあ、バレンタインデーイベントは高校に入って彼女が出来てからのお楽しみだ。今は受験で忙しいからね。うんうん。


それはさて置き、うちの母親はホント、何が楽しくて9年間もこのイタズラを続けているんだ?俺が中学生に成ってからはクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントも無くなったのに、何故かコレだけは止めない。小学1年生の時はサンタクロースより信憑性が有ったので美少女の存在を信じてしまったのだが、それ以降は俺が少女の正体を気づいているのは母も分かってるはずだ。にも拘らず執拗にイタズラを続けてくる。なんの目的で、なんの意味が有るのか皆目見当がつかない。


俺はチョコの入った箱を袋に戻し、着替えてからまだ完全に温まっていない部屋を後にした。そして台所に行き、冷蔵庫から作り置きの夕飯を取り出してレンジで温める。チンと鳴ると同時に居間で座っていた爺ちゃんが「お茶を沸かそうか」と言ってやってきたが「自分でやるから」と言って断った。

夕飯を食べながら爺ちゃんに母が何故毎年少女になりすましてチョコを俺に渡すのか聞いてみた。そしたら爺ちゃんに「お前は死んだ親父さんの変わりでも有るんだよ」って言われた。死んだ親父の変わり?だったら交際相手を見つけて、とっとと再婚すれば良いのに。そうすればこんな大雪の日や、毎日毎日夜中に働きに行かずに済むだろうに。そんな風に考えるのは俺がまだ子供だからだろうか……。


確かにいきなり新しい親父が出来たら戸惑うかも知れない。上手くやっていけるかも実際そのシチュエーションに成らないと分からないと思う。だけど駄目なら俺だけ今と同じように爺ちゃん家に住めば良い話だし、オカンはオカンで自分の幸せを考えて暮せばいい。俺の事は気にせずに。

爺ちゃんにそう言うと「今はお前の将来を考える事で手一杯なんだろ」と言われた。俺の将来?先の話だろ?今の方が大事だと思うんだけどな……。

親の考える事は分からない。ホント、謎だ。

まあ、いいや。

決めた!

俺が大人に成って働き出したら「さっき道端でバッタリ会った謎のイケメン兄さんが、コレをオカンに渡してくれって……」そう言って、毎年母の日にプレゼントを贈ろう。

母がどんなリアクションするか楽しみだ。

それが俺が出したこの謎の答えだ。


「ごちそうさま」


俺は夕飯を完食すると、食器を台所に運んだ。

さて、この後は勉強しながらの食後のデザートだ。

勿論、今日のデザートは半生チョコレート。

部屋で謎の幽霊少女がくれたチョコが俺を待っている。


〈おしまい〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【バレンタインミステリー】2月14日の幽霊少女 押見五六三 @563

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ