第7話



 深夜。

 闇に包まれた通りには、わたしと彼女以外の誰もいない。前を行く彼女は、尾行されていることに気づいていないようだった。

 彼女はスニーカーを履いている。ぱたぱたという控え目な足音が、夜の街に響く。わたしは足音を完全に消しながら、それについていく。この二週間で、こういうこともできるようになった。ひとつの足音を響かせながら、わたしたちは夜の中を歩いていく。

 ある建物の前で、彼女は足を止める。大きな門が、その行方を閉ざしている。わたしはそっと電柱に身体を隠した。タイミングよく、彼女がきょろきょろと周囲をうかがう。その視線から身を隠すように、電柱の陰に潜む。

 彼女は門に手をかけ、ぐっと身体を押し上げた。門を乗り越えようとしているのだ。

 その瞬間、わたしは彼女の前に、身を躍らせた。

 彼女が、ぎょっとした様子でこちらを見る。わたしはデジカメを構え、フラッシュをいて撮影をした。

「みどり……」

 信じられないという口調だった。門に登った恰好のまま固まっている彼女に、わたしは歩み寄った。

「計画はよかったけど、詰めが甘かったね。でも、ぎりぎりだった。気づくのが遅かったら、危ないところだった」

 わたしはがくぜんとしている彼女に向かって言った。

「ちょっと話そうか、怜」


 適当な場所がなかったし、ファミレスの明るい照明の下で話す気分でもなかった。わたしたちは、学校──怜が忍び込もうとしていた建物の周囲を、歩きながら話すことにした。

「いくつか、不思議なことがあったんだ」

 黙っている怜に向かって、わたしは口火を切った。

「まず、初日の調査のこと。わたしは運よく、最初の日に清田先生と好美の写真を撮ることができた。その時点で目的は充分に果たしていたのに、怜は、清田先生と好美のツーショットにこだわった」

「……それは、言ったよね。清田と好美は、別々に写真に写ってた。ふたり一緒じゃないと、完全な証拠にならない」

「完全な証拠にはならないかもしれないけど、清田先生を脅す目的なら、充分使えたはず。その後の調査も同じだよ。色々な女の子とのツーショットが撮れたのに、怜は納得しなかった」

「だから、大勢と付き合ってるのはそんなに大きな問題じゃないし、援交だって証拠もない。それも言ったでしょ」

「苦しい言い訳だね。じゃあ、なんで怜はこんな深夜に、学校に忍び込もうとしてたの? 忘れものを取りにきたとか、そんな話は、なしだよ。あと七時間すれば校門が開く」

 怜は、今度は答えられなかった。

「怜の目的は、知ってるよ」

「目的?」

「そう」

 怪訝な表情の彼女に向かい、わたしは言った。

「好美のターゲットを、わたしに変更させる。それが本当の目的だったんだよね」

 怜は驚いた表情でわたしを見た。

「怜は、最初から清田先生を脅すつもりなんかなかった。好美の矛先をわたしに向けさせること──それが目的だったんだ」

 何を、どう話すか。わたしは頭の中を整理しながら言った。

「これは推測なんだけど……前提として、怜は何かのときに、清田先生と好美が身体の関係を持っていることを知ったんだと思う。そして、これを好美との関係改善に使えないか、考えた。最初はストレートに清田先生を脅して、好美をなだめてもらう……っていう計画だったのかもしれない。でも、そんなの上手くいくか判らないよね。清田先生が介入してきたからって、好美が言うことを聞く保証はないもの。怜は、もっと確実な計画を考えた。好美の憎悪を抑えるんじゃなくて、膨らませて、別の誰かに向けてしまえばいいって」

 怜は、わたしから目をらす。わたしは構わずに続けた。

「好美に誰かを憎ませる。その方法を、怜は思いついたんだ。誰かが、清田先生と好美の関係を暴露して、好美に恥をかかせる、そういう状況を作ればいい。親が探偵をやってるわたしは、怜にとって都合のいいターゲットだったんだね。本を焦がしたのも、わたしの気を引くためだったのかな?」

「あの本は、放火の研究をしてるときに……」

「もうそんな脅しには乗らないよ。怜は、わたしに調査を依頼する。第一段階として、わたしにふたりのことを目撃させて、写真を撮らせる。第二段階は、わたしが調査しているところを、好美に目撃させること。あれだけたくさんの写真が撮れたのに、怜が調査を引き延ばしていた理由は、それ。好美がわたしに気づくのを、待ってたんだ」

「私が好美を操ったっていうの? そんなこと、できるわけない」

「できるよ。怜は好美に密告したんだ。榊原みどりが清田先生とのことを探ってるから、気をつけろって」

「だから、無理だよ。私がそんなこと言って、好美が聞くと思う?」

「面と向かって言う必要はないでしょ。わたしは、匿名の手紙を送ったんだと思ってる。ひょっとしたら、清田先生を尾行しているわたしの写真をこっそり撮って、一緒に送ったりしたのかな?」

 怜は反応を見せなかった。少し想像が過ぎたようだったが、本筋は外れていないはずだ。

「今日、わたしは清田先生のことを尾行してた。密告を受けた好美は、わたしのことを見つけた。なんとかその場はごまかしたけど、好美の中には変な調査をされているかもしれないっていう疑念が生まれたはず。わたしは怜に、見つかったことを報告した。そこで、怜は最後の仕上げに走った。怜は学校に忍び込んで、清田先生と好美の写真を、教室に貼りだそうとしたんだね」

 怜のハンドバッグが、ぴくりと揺れる。その中に、写真が入っているのだろう。

「朝、登校してきたみんなは、密会の写真を見る。学校中が大騒ぎになるよね。メンツをつぶされた好美は、犯人捜しをはじめる。そのときに疑われるのは、わたしに決まってる。〈怜に頼まれた〉なんて言っても、好美には通用しないだろうね。怜はゆるされ、好美のターゲットはわたしに変わる。怜の計画は、そういうものだったんだ」

「……証拠はあるの?」

 強い口調で、反論してくる。

「色々言ってるけど、全部想像だよね。調査を延ばしてた理由はいままで説明してきたでしょ」

「じゃあ、なんでこんな時間に学校にきたの?」

「忘れものを取りにきただけだよ。今夜回収しておきたかっただけ。みどりの言ってることには、何も証拠がない」

「証拠は、あるんだな」

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