第7話

「野生ノ人間ヲ 探スタメニ わをんノ農場ヲ 抜ケ出シタノデスネ?」

 お父さんがそう言った。

「そうだ」

 むすっとしてお兄さんが答えた。

 ボクは、ああ、そうなのかと思った。そう思ったけれど、それがどういう意味なのか、よくわかっていなかった。


「マアマア、トリアエズ 朝食ヲ取ッテクダサイ。オ腹ガスクト マトモナ判断ガ デキナクナリマス」

 カリカリしだしたお兄さんにお父さんが言った。カリカリっていうか、ピリピリっていうか、機嫌が悪そう。

 でも、ロボなお父さんの目がキランと光った気がした。隠してるつもりだと思うけど、お父さんは嬉しそうだった。


 お父さんがそう言ったので、お兄さんは遅めの朝ごはんを食べることになった。いろいろあったから遅くなった感じ。お兄さんがテーブルに着いたのを見て、急いでキッチンに向かう。


「ボク、ボク、持って行っていい?」

 お兄さんの食事が乗ったワゴンに言う。そこには和食が乗っていた。ごはんと豆腐の味噌汁と魚と煮物、それと日本茶。


「ピポ」っと言って、電源が入っていることを表す小さな緑のライトが消えた。それを確認して乗っていたトレイを持つ。当然だけど、ワゴンにはお父さんのA I が入っている。あのピポは『イイデスヨ』のピポ。


 持ち上げたらけっこう重かった。ここで落としてはいけない。ぐっと持ちこたえ、味噌汁とかお茶とかをこぼさないように細心の注意を払った。そっとリビングへ行き、そっとそおっとお兄さんのところに行く。


 餌づけって大事だと思うんだ。

 これは、ご飯をあげて懐いてもらおうというボクの作戦だった。作ったのはお父さんだけど、最後に持って行くのはボクがする。そして、食べている時に一番近くにいる。


 映画でも少年は、弱った犬にゴハンをあげる。すると彼らはとても仲良くなっていた。それからひとりと一匹は常に一緒にいるようになる。

 ボクにもそれができるような気がした。

 ゴハンをあげれば、お兄さんはきっと懐いてくれる、はず。


 でもトレイをお兄さんの前に置くとき、ガチャンと言った。最後の最後で集中力が切れてしまった。

 お兄さんがジロっとボクを睨む。何を言うんだろうとワクワクしたけど、お兄さんは黙ってそれを食べた。お腹が空いてて文句を言うよりも食べたいのだろうか?

 お兄さんの隣に座り、じっとお兄さんを見つめる。


 美味しいのかな? 気に入ってくれたかな?

 お兄さんと出会った時はあの風体だったから、食事が出てきたとたんにガツガツ食べるのかと思ったけど、思っていた以上にお上品だった。点滴とかのお父さんの処置が効いているのかもしれない。めちゃめちゃお腹が空いているという食べ方ではなかった。


 思ってたのと違うかも。

 映画のワンちゃんは、ガツガツと食べて、満足すると餌をくれた少年の顔をべろべろ舐めてた。笑顔でそれをいさめる少年。って感じじゃないかも?


 お風呂に入って身なりを整えたら、お兄さんはなんかふつうな感じになった。

 拾った時は野生っぽかったのに。ワイルドって感じだったのに。スプーンとかフォークとかの使い方がわからなかったら教えてあげようとかって思ってたのに。


『ほら、これがスプーン。言ってみて、スプーン』

『す、すぷん?』

『そうそう、スプーン。よく言えました』

 そして使い方を教えてって思ってたのに……。


 まあ、普通に言葉をしゃべっている段階で、それはできないと思ってた。犬と一緒の映画でも別に言葉は教えてなかったし。あまりにお腹が空いていて、理性を忘れてそういう状態になるんじゃないかとか? 無理っぽい。


 お兄さんはお箸でカッコよく食べてた。すっごくカッコいい。すっとした指が綺麗で、大きな手でスマートに。

 ボクはパンな食事が好きだから和食はあまり食べない。だから新鮮だった。今度、ボクもお箸で食べてみようかな。魚料理じゃなくて、お肉がいいけど。卵焼きとか鶏肉とか。


「なんだ?」

 食べているお兄さんを見ていたら睨まれた。

 だから下を向いた。

 睨まなくてもいいじゃん。と思っていたら


「何か用なのか?」と、なんとなくだけど優しい声で言った。

 ちょっとだけお兄さんを見上げる。

 ムッとした顔はしてたけど、睨んではいなかった。


「お箸?」

 右手に持っているお箸を指して言ってみた。

「使ったことないのか?」

 手を止め、ボクを見たからふるふると首を振る。

「あるけど、あんまり使わない」


「白米をスプーンで食べるとか言わないよな?」

 しかめ面でお兄さんが言うから首を振る。

「パンとかが多いから、お箸はあまり使わない」


 いくらサンドイッチだからって、手づかみで食べていた自分が負けた気がした。

 サンドイッチを箸やフォークとかで食べるのはボクはあまり好きではない。食べやすく作られているんだから、サンドイッチは手で食べるのがふつうだと思う。


「箸、使えるのか?」

 食べながら言う。お兄さんの表情はあんまり変わらなかったけど、心配してくれているような気はした。

 使えるからうなずいた。


「本当に?」

 疑われちゃった……。

「使えるもん」

 ホントに使えるけど、お子様扱いされた気がしてちょっとさみしかった。ボク、飼い主になりたいんだけどな。


「お昼、お昼は、ボクもお兄さんと同じの食べる。だから、お箸がちゃんと使えるって、証明するよ」

 お兄さんみたいにスッとした指をしていないから、お兄さんみたいに綺麗な箸使いじゃないかもしれない。けど、箸で小豆をつまめるし。昔、お父さんから習ってやったことがある。すぐにできたから、あんまりやってないけど。


「いや、もう出る。長居をする気はない」

「え?」

 お兄さんは黙々と食事をする。お箸を口に持って行くのが早くなった気がした。早く食べ終えて、早く出て行こうとしているような感じだった。


「ごちそうさま」

 あっという間に食べ終えてしまった。

 食べ終えるの早すぎない?


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ある晴れた日 玄栖佳純 @casumi_cross

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