第4-8話 吾輩が倒れても第二第三の……(略)

 ズゴゴゴゴゴゴ……


 誰もが呆然と上空を見つめる中、俺は最後の仕込みのためにルクアの傍に移動する。


「……ルクア。 ヤツが”復活”したら一撃で決めろ」

「【属性増幅:オーガデストロイヤー+】!」


「うんっ! って、やっぱこれ凄いね……!」


 ルクアが右腕に装備した白銀の籠手。

 膨大な魔力と闘気がそこに集中していく。


 これは俺の切り札の一つ。

 属性効果の増幅スキルである。


 属性改変から10分以内に重ね掛けする必要がある事、有効期間が一撃だけになってしまう割には消費するスキルポイントが多い事など使いどころが難しいスキルだが、今回の”仕上げ”にはうってつけである。


 俺とルクアは息をひそめ、フェルの合図を待つ。


『無様だな、ゴーリキ』


「ぐはっ……当代魔王……いや、フェルーゼ様」

「何故こんな真似を!?」


 倒れることは無かったものの、深刻なダメージを受けているのだろう。

 片膝をついたゴーリキは苦悶のうめき声を上げながらフェルーゼに抗議する。


 なぜ人間どもを残して吾輩の軍勢を吹き飛ばしたのか?

 返答によってはただでは於かぬ。


 自分も常々部下を吹き飛ばしている事は棚に上げ、怒りの表情を浮かべるゴーリキ。


「余の特命があったにもかかわらず、お前は勝手に軍を動かした」

「のみならず、小癪な勇者の一人すら倒せぬお前の軍勢など、もはや余には不要……」


「面倒ではあるが、余みずから人間どもを始末してやろうと思ってな」


 ぺっ!


 魔王フェルーゼは、絶対零度の眼差しでゴーリキを見下ろすと、小さく唾を吐き人間の勇者共に向き直る。


 べちゃ。


 フェルーゼの唾液が、ゴーリキの頭に当たる。

 それは、魔界無双の剛力と呼ばれたゴーリキに対する最大限の侮辱だった。


「こ、この小娘ええええええええっ!!

 吾輩が下手に出ておればあああああああああっ!!」


 ブオンッ!


 憤怒のまま立ち上がったゴーリキは、ありったけの魔闘気を棍棒に込め、宙に浮かぶ魔王めがけて振り上げる。


『煩い』


 ぱしっ!


「な、なにっ!?」


 フェルーゼの細腕が、ドラゴンの胴体ほどもある巨大な棍棒を軽々と受け止める。


『仕方ない……長年の忠義に免じて、余が”使って”やろう』


 ギラリ……まるで壊れたおもちゃを見るように。

 魔王の双眸が怪しく輝く。



 ビシャッ……ズドオオオオオオンッ!!


「ガアアアアアアアアアアアアッ!?!?」



 巨大な落雷がゴーリキを直撃する。


「なっ、何をっ!? があああああああああああっ!?」


『だから、使ってやると言ったのだ』



 ブンッ!



 魔王の右腕が振り下ろされる。


「ーーーーーーーーーー」


 バチインッ!!


 一瞬にして、ゴーリキの赤銅色の肌が白化する。


 ゆらり……物言わぬ人形と化したゴーリキの巨体が、人間たちに向き直る……。



 ***  ***


「な、なんだなんだ!? 一体何が起きているんだよぉぉぉぉおお!?」

「あの魔王、仲間であるはずの四天王を!?」

「赤銅のゴーリキは、先代魔王に匹敵すると言われた特SSS級モンスターだぞ!? それをあれほど簡単に!」

「ああっ、もう世界はおしまいだあああああっ!」


 目の前で繰り広げられる地獄のような光景に、パニックを起こす勇者候補たち。

 流石最強とうたわれる魔王である……効果抜群の演出力に感心してしまう。


 さて、ここから最後の仕上げだが……。


 ぱさっ


 フェルがローブの裾を僅かに翻す。


 !!

 ここだ!


 彼女の合図を受け取った俺は、ルクアに目配せを送る。

 今後の時間稼ぎを円滑に進めるためにも、ルクアの地位を盤石にする必要がある。


 最後は勇者の出番なのだ。



 ***  ***


「さあゆけルクア! お前の力を見せてやれ!

 エンチャント・ランス!」


 ヴイインッ!


 すっかり気圧された勇者候補たち。

 沈んだ雰囲気を振り払うよう、わざと声を張り上げる俺。

 同時に攻撃力強化の魔法を発動させる。


 ちなみに、コイツも偽装だ。


「勇者ルクア殿!?」

「あの若者、付与魔術師か? しかし、あのような初級魔法では……」


 そう、俺が使ったのは初級レベルの強化魔法。

 魔王に操られ、強大化したゴーリキに対しては焼け石に水だと映るだろう。


 だがっ!


「滅せよ悪魔め!」

「究極奥義! アルティメット・ルクアスクライドっ!!」


 ドンッ!!


 膨大な闘気がルクアから吹き上がる。


「おおおおおおおおおおおっ!!」


 ダンッ!


 聖槍ゲイボルグを腰に構えたルクアが弾かれたように跳躍し、一筋の流星となる。


『ば、馬鹿なっ!? この力は!』


 はじめて狼狽したような声を漏らす魔王フェルーゼ。


「いっけええええええええええええっ!!」


 キイイイイイイイイイインッ……カッッ!!


 輝きを増す聖槍の流星は、宙に浮かぶ魔王さえも飲み込み……。



 カッッ!!


 ズドオオオオオオンッ!!



 目が眩むほどの閃光が爆発する。


 コオオオオオオッ……


 光が消えたとき、巨大なクレーターを残して四天王ゴーリキの姿も魔王フェルーゼの姿もかき消えていた。


「……ふぅ。 これも皆さんの声援と、ランジットの”付与魔法”のお陰です!」


 ザンッ!


 聖槍ゲイボルグを空高く掲げ、勝鬨を上げるルクア。



 お、うおおおおおおおおおっ!?

 やったぞ! さすが聖槍のルクアだ!!



 爆発的な歓声が俺たちを包む。

 だが、その興奮の時間は長くは続かない。


『……ふふ……ふふふふ』

『矮小な人間どもよ……ゴーリキを倒したくらいでいい気になるなよ?』


『しょせん奴は新生魔王軍の中でも最弱……少しだけ伸びたお前たちの生をせいぜい楽しむことだ……』


 こ、この声は魔王!?

 あれだけの攻撃を受けて無事だとっ!?


 魔王の姿は見えないが、どこからか聞こえてくる魔王の声。


 だが、我らには勇者ルクア殿と付与魔術師のランジット殿がいるのだ。

 貴様たちの企みは必ず阻止して見せる!!



 口々に俺たちを称賛する勇者候補たちの様子にほくそ笑む俺。

 よしよし……完璧な演出と言えるだろう。

 フェルへのご褒美スイーツは奮発する必要があるだろう。


 今だ興奮が収まらない勇者候補たちを見ながら、俺は胸をなでおろしていた。



 ***  ***


 同時刻。

 主の居なくなったゴーリキの居城。

 ひとりの人型モンスターが城の尖塔に立っている。


 それほどの巨体でもない。

 だが、人型モンスターの影はぶれ、その形は定まらない。


「なるほど……面白いことになっているようですね」


 不気味な笑みと共に漏らされた、静かなつぶやきを聞く者は誰もいなかった。

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