第4-7話 恐怖の大魔王降臨(という演出)


「---有効属性率:800%---」


 黄金の文字が誇らしげに空中を舞う。


「ガ、ガアアアアアッ!?」


 ゴフウッ!


 苦悶のうめき声と共に、ゴーリキの口から緑色の血がこぼれ落ちる。


「取ったっ!!」


 ダンッ!


 反撃を警戒し、槍を引き抜いたルクアは大きくバックステップしゴーリキから距離を取る。


「どうだ、やったか?」


「どうだろ、手ごたえはあったけど」


 槍を構えたまま、警戒姿勢を崩さないルクア。


 ふらっ……ズドンッ!


「ぐぬうううううっ! まだであるっ!」


 そのまま地面に倒れ伏すか……そう期待したが、並外れた体力を持つゴーリキは踏みとどまる。


 ちっ……敵の数が多いから属性改変の持続時間を重視し、威力を削りすぎたか?

 ポチコのヘルハウンドモードで雑魚を一掃し、もう一度ルクアの必殺技を食らわすべきか。


 俺が次の手を考えていると、荒野の戦場に思わぬ声が響く。

 これは……。



「おおっ! あそこで勇者殿が戦っておられるぞ!」

「なあっ!? あれは確か四天王がひとり、赤銅のゴーリキ! しかも、亜人モンスターがあんなに!?」

「あの光輝く槍は……聖槍のルクアか!」

「勇者殿! 我らも加勢しますぞ!」



 岩山の向こうから百人規模の集団がこちらに向けて走ってくる。

 ゲール王国の戦闘旗に冒険者ギルドの先導旗……何人かの勇者候補も見える。

「魔王軍動く」の報を受け駆けつけてきた各国合同の派遣軍だろう。


 なかなかどうして人間側も動きが速い……これは!


「プランBだ!」


 俺はルクアに”認識改変”を掛け、男勇者に見えるよう偽装する。

 合わせて、フェルから預かった魔法通信用の水晶球に軽く魔力を込める。


 パアアッ……魔力に反応して光った色は赤色。

 人間勢力の介入を示す状況Bである。


 俺たちはいくつかの状態を想定し、あらかじめプランを組んでいたのだ!



 さて、ここからは俺たちの演技力が問われる。

 俺はルクアとポチコに目配せを送る。


 変化は、すぐに現れた。



 ズオオオオオオオッッ……



「なっ! なんだ!?」


 突如俺たちの上空に漆黒の雲が現れ、不気味に渦を巻き始める。


「これは……信じられないほどの闇の魔力がっ!」

「馬鹿な! まさか……まさかこの波動は!?」


 ナイスなリアクションを取る勇者候補の皆様。

 俺は慎重にタイミングを計り、ルクアに合図を送る。


 ルクアは静かに頷くと、良く通る声で朗々と宣言する。


「勇壮なる人類の希望の皆様! 案ずることはございません!」

「このボクの……光輝く聖槍ゲイボルグがある限り、どのような闇が現れようと討ち払って見せましょう!!」


 ジャキンッ!


 お、おおおお……流石勇者候補筆頭に躍り出たと言われる聖槍のルクアだ。

 よし、我々も彼を中心に円形陣を敷くぞ!


 ルクアの放つ光の闘気を受けて輝く聖槍ゲイボルグ。(ジェネリック品)

 頼もしいルクアの様子に落ち着きを取り戻す勇者候補たち。


 よしよし……一度安心させてから落とす。

 演出のセオリーである。


「く、来るなら来やがれ!!」


 誰かが叫んだ瞬間、は人間世界に現出する。



 ゴゴゴゴゴゴ…………バチイッ!



 漆黒の渦は勢いを増し、耳障りな破裂音と共に小さな影が空中に現れる。


 全身をすっぽりと覆う漆黒のローブ。



 バチッ……バチッ……



「ま、まさかアイツは……」

「この反応は、魔王なのか!?」



 ギランッ!



 黄金の双眸が周囲を睥睨する。

 当代魔王であり、史上最強の魔力を持つと言われる魔王フェルーゼの降臨である。



 ***  ***


「は、ははは……あれが今回の魔王?」

「前回の記録に比べてちっこいじゃねぇか……こ、こちらには聖槍のルクアがいるんだ、もしかしてこの場で魔王も倒せるんじゃねえか?」


 俺の背後に立つ勇者候補が、相手を侮る台詞をもらす。


 あっ……。

 ちっこい……これはフェルに対するNGワードである。

 好機到来と思った俺は、すかさずその声をフェルに届ける。


 ビキッ!!


 フェルの額に青筋が浮かぶ。


『愚かな……!』



 ブオオオッ!!



「……えっ?」


 ローブの外に出されたフェルの右腕から、闇の波動が立ち上ったように見えた次の瞬間。


 カッッ……ズドオオオオオオオンンッ!


 膨大な魔力が爆発し、左手側にそびえる岩山も遠巻きにこちらを取り囲んでいたゴーリキの軍勢も、きれいさっぱり吹き飛ばす。


 巨大な爆炎が俺たちの周囲に広がる。



 モオオオオオオッ……パラパラ……



 土煙が収まった後、この場に残っているのは俺たちと……四天王ゴーリキだけだった。


「ひ、ひええええっ……なんて威力だ!?」

「な、仲間ごと吹き飛ばしやがった!?」


 ぺたん……尻餅をついた人間たちの中には、恐怖のあまり失禁している者も目立つ。


 流石フェル、素晴らしい演出である。

 俺は心の中で、彼女に喝采を送る。


「こっ……今度はこちらに来るのか?」


 恐怖におびえた誰かの声が耳に届く。

 だが、魔王フェルーゼの双眸はひ弱な人間どもの姿など捕えていない。

 そう、彼女のターゲットはゴーリキなのだ。

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