第4-2話 魔王様、脳筋部下をお仕置きです


「ゴーリキはオーガー族ら三千を率い居城を出発、一直線にゲール王国に向かったと……ふむ」


 ゴーリキの監視任務に就かせているパーピィから最新情報を受け取ったフェルは、顎に手を当てて考え込む。

 思考を巡らせている時の癖なのか、モフモフの尻尾がぴこぴこ左右に動いている。


「うかつに動くな、と毎月一度は余の名前で厳命している。

 なぜヤツは余の命令を無視したのだ?」


「……どう思われますか、ランさん?」


「そうだな……」


 フェルから送られる命令書には、毎回俺の認識改変で作り出した”粛正映像”が添付されている。


 先々月は……【聖属性】の力を浴び、出がらしのように真っ白になったポンニャが、首輪を付けられ涎を垂らしながら魔王城の便所掃除をする衝撃映像。


 先月は……フェルに給仕中、お茶をこぼしたハーピィ族が、故郷の村ごと灰燼に帰した無惨な映像。


 これだけ命令違反は許さないと圧力をかけているのだ。

 現に四天王の一人であるマッディは大人しくしている。


 四天王の一柱であるゴーリキが、圧縮魔法通信で送られた映像術式を再生できないほどのバカだという事実には、さすがに思い至らない俺。


 ”粛正映像”について新たなアイディアを提示してみる。


「やはりもう少しグロテスクにするべきだったか?」

「例えばポンニャをバラバラにして、シチューにして送りつけるとか」

「確かサキュバスって灰にされてもニンニクがあれば復活できるんだろ?」


「なるほど! 余に足らなかったのはハード路線だったんですね! さっそく試してみましょう」


 俺のナイスな提案に、ポンと手を打つフェル。


「ちょ、ちょちょちょっ……ちょっと待つだにゃ!!」

「バラバラにされて調理されたらガチで滅されるにゃん!」


「あとランっち! それは別の吸血モンスターの話にゃん!

 しかも色々間違ってるし!!」


 ”粛正”の準備を始める俺たちに、なぜか顔面を蒼白にして割り込んでくるポンニャ。


「なんだポンニャ? シチューよりハヤシライスの方がお好みか?」

「待ってろ!」


「ランさん! 魔界トマトはここに!」


「おう!」


 即妙のコンビネーションを発揮する俺たち。

 だが、まだ何かポンニャは不満があるようで……。


「話を聞けにゃああああん! この似た者同士!!」

「絶対ゴーリキが馬鹿なだけだにゃ!」


「脳ミソの代わりにせーえきが頭に詰まっているような奴にゃん!

 ポンニャをグロ画像にしても無駄だから考え直してほしいにゃん!!」


「?? まさか、そういう可能性もあるのか、フェル?」


「仮にもゴーリキはSSSランク……そこまで馬鹿だとも思えませんが、ここはポンニャちゃんの意見を採用しましょうか」


 必至にアピールしてくるポンニャに、フェルも考えを改めたようだ。


「とはいっても、余がゴーリキを処せるくらいの力を解放した場合、世界にどのような影響が出るか分かりませんから……」


 フェルはそう言うと、私室の壁に取り付けられた押し入れを開け、中をごそごそ漁りだす。


「恥ずかしいので、見ないでくださいね?」


 後ろ手に扉を閉めながら、フェルは頬を染めるのだが……俺には見えてしまった。

『毎日10分でオッケー! 魔界式ダイエット零!』

 というタイトルの本が。


 俺が毎回スイーツを持参するのが悪いのだろうか?

 始めて出会ったときに比べ、ほんの少しだけむっちりしたフェル。

 彼女は胸以外痩せすぎくらいだったので、ちょうどいいと思うのだが。


「あった……これですランさん!」


 複雑な乙女心に思いをはせていると、どうやら目的の物が見つかったようだ。


「魔界通販でぶら下がりトレーニング器具を買ったときにオマケについてた……」

「自宅に居ながらお手軽粛正! 遠隔粛正キリバサミ!」


 どどん!


 フェルが取り出したのは、長さ1メートルほどの巨大なハサミで、刃の部分には邪悪な紋様がびっしりと描かれている。


「これに魔力を込めて……魔導写真を切り刻めば、本体にもダメージを与えられるという優れものですっ!」

「ポンニャちゃん! あの脳筋バカの魔導写真をここに!」


「はっ、はいだにゃ!」


 ガラガラガラ


 フェルのもとに、一枚の立体魔導写真が運ばれてくる。

 巨大なオーガー族だからか、写真のサイズもデカい。

 ……なんでコイツは、スーツを着て直立不動の姿勢で写っているのだろうか?


「ふふふ……これは魔王軍結成時の入閣記念写真」

「全身が写っているので、切り刻むのに都合が良いのです」

「まずは、おぞましいオーガー棒を切り落としてしまいましょう……ふふふのふ」


 ひえっ……フェルの笑みが怖い。

 思わず自分の大事な棒を押さえる俺。


「ほれほれ……ジャキン!」


 はらり……邪悪な魔力を漂わせた刃が煌めき、ゴーリキの棒が音もなく床に落ちる。


「ハーピィ! 脳筋野郎の様子はどうか?」


『……何事もなかったかのように進撃しておりますが』


「あれあれ?」

「……ちっ、やはりボロゾン商会の道具はダメですね」


 ぽいっ


 一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、舌打ちをしてハサミを放り投げるフェル。

 どうやら、通販でパチモンを掴まされたようだ。


「あれだにゃ? いくらボロゾン商会のポンコツとはいえ、フェル様の魔力が届かないはずは……」


 俺の隣でポンニャが首をかしげているが、ゴーリキの進撃は止まらない。

 かくなる上は……”勇者”の出番だろう。


「二人とも……少し待っていてくれないか?」


 俺は二人にそう声を掛けると、勇者様を連れて来るべく自宅へ転移するのだった。

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