第1-4話 勇者様、大活躍してしまい焦る

 

『今回はモウ勇者コウホが来やがっタゾ! やっちマエ!』


 ドドドドド……!


 ”空詠の塔”の入り口をくぐった途端、無数のモンスターが俺たちに襲い掛かってくる。

 号令を下したのは魔王軍の尖兵、グランゴブリン+。


「ごくっ……来るよラン!」


 聖槍ゲイボルグ (パチモン)を構えるルクアの右手がわずかに震えている。


「落ち着けルクア。 ここは俺たちに任せろ」

「行くぞポチコ! 【認識改変】を解除だ!」


 わおん!


 周囲や内部に他の冒険者の気配が無いことを確認したうえで、

 俺はポチコに掛けた”認識改変”を解除する。


 わんわん……ウオオオオオオオオオンンッ!


 可愛らしいポチコの鳴き声が、地獄の底から吹き上がるような咆哮へと変わってゆく。


 ズモモモモモ……


 それに従い、艶やかな青毛は漆黒の毛並みへ……身体も2回りほど巨大化する。


 グオオオオオオンッ!


『馬鹿ナッ!? 地獄の番犬ヘルハウンドだとっ!?』

『魔王様の始祖がコノ世界に生れ落チタ遥か昔から存在スルという伝説の魔獣がなぜコンナ所に!?』


 ズウンッ!


 丁寧な説明台詞を吐くグランゴブリン+に対峙し、真っ赤なあぎとを開くポチコ。


『て、テッタイ……!』


 哀れなグランゴブリン+は、そのセリフを最後まで言い切ることが出来なかった。


 ブオオオオオオオオオッ!!


 漆黒のブレスが吐きだされ、100体近いモンスターと共にグランゴブリン+を消し飛ばす。


 シュウウウウウッ…………ぽんっ!


 膨大な余剰魔力を冷却するカウンターフォグがポチコの全身を覆う中、やけに可愛い音が塔の広間に響く。


 わんっ♪

 わふわふっ!


 一瞬で子犬サイズに縮んだポチコは、俺の肩に飛び乗るとすりすりと甘えてくる。


「よしよし、よくやったなポチコ」


 くう~ん!


 俺は彼女の頭を優しく撫でると、とっておきのスペシャルドックフードを食べさせてやる。


「ぷぅ~相変わらず反則~」


「なんだいたのかハリボテ勇者」


「ひどいっ!?」


 なぜかルクアが不満そうだったので、幼馴染ならではの容赦のないツッコミで料理してやる。


 ずーん、と凹んでいる勇者様は置いといて、ポチコの事を説明してやらねばなるまい。


 捨て犬だと思って拾ったらヘルハウンドでした(以上)


 ……どうか石を投げないで欲しい。

 俺もよく分からないのだ。

 ポチコはまだ幼体なので、全力攻撃が出来るのはひと月に一度が目安……使いどころが大事なのだ。


 ただ、四天王や魔王は魔獣に対する耐性持ちなので雑魚掃除に使うのがベスト。


「これで塔にはびこるモンスターは8割がた倒しただろう……行くぞルクア」


「ふあ~い」


 まだ凹んでいるルクアの手を引っ張り先に進む俺。

 だが、中ボスの待つ最上階で、俺たちは驚きの光景を目にすることになる。



 ***  ***


「馬鹿な!? レッドドラゴンだと!?」



 ガアアアアアアッ!!

 ズドオンッ!



 赤い鱗を持つドラゴンの咆哮で、塔自体がビリビリと揺れる。


「あ……あああ……ど、ドラゴン!?」


 Sランク冒険者パーティでも勝率5割と言われる凶悪モンスターを前に涙目で震えるルクア。


 ぐるる……!


 ポチコだけは俺の肩に乗りヤツを威嚇しているが、俺も正直ちびりそうだ。


「どうなってる!? 魔王城に出現するレベルのモンスターだぞ! なぜこんな序盤に!」


 そんなの相手の勝手じゃんとか言わないで欲しい。

 モンスターの使役にはモンスターレベルに比例する”コスト”が必要であり、魔王城から遠く離れるほど必要なコストさらに増える。

 神が決めた世界の理の一つだが、そのおかげで魔王城から離れた場所に街を作ることで人間は何とか生き延びているのだ。



 オオオオオオオオオオオ!!



 まずい……こちらが逡巡している間に、レッドドラゴンが立ち上がり戦闘態勢を取る。

 ちっ……もう逃げることは出来そうにない。

 俺は覚悟を決めると、ここまで温存していた勇者様に声を掛ける。


「ルクア! 【属性改変】を使うぞ! 武器を構えろ!」


「えええええええっ!?

 ラン! ドラゴンなんかに勝てっこないよぉ!」


「出来る出来る出来る!!

 お前は俺の幼馴染で唯一無二の誇り、勇者ルクアだ!!」


「うっ……うおおおおおおっ!!

 やる気出て来たっ! ラン! わたしやるよっ!!!」


 ……我ながらよく回る口だと感心するが、おだてに乗りやすいルクアのやる気も回復した。

 聖槍ゲイボルグ (偽)を右手に掴むと、うおおっと立ち上がるルクア。


【属性改変】が十全の効果を発揮するには、本人のメンタル……ぶっちゃけウソをホントと信じ込む図太さが大事なのだ。

 というわけなので単純アホの子な幼馴染にはとても相性の良いスキルと言えた。


「行くぞルクア! 【属性改変:ドラゴンスレイヤー】!」


「うんっ!」


 ギュイイイイインッ!


 俺のスキルが発動すると同時に、ルクアの得物を緑色の闘気が覆う。

 これでドラゴン種特攻200%の効果が期待できる。


 まあ、ルクアの槍技はBランク程度なので、足止めくらいにしかならないだろうが……俺の本命は別にある。


「すまんなポチコ、無理を頼めるか」


 きゃうんっ!


 元気よく返事してくれるポチコの頭を撫でながら、懐から金属容器を取り出す。

 中から出てきたのはとっておきのマジックポーション。

 これをポチコに使えば一時的に魔力が回復し……ヘルハウンドモードが可能になる。


 行くぞ……俺がマジックポーションをポチコに近づけた瞬間、突然それは起きた。



 ウオオオオオオオオンッ!!



 レッドドラゴンが立ち上がり、おぞましい咆哮を上げる。


 キラキラキラ……


 咆哮と共に、レッドドラゴンの鱗が黄金に変わっていく。


 馬鹿な……変身タイプだと!?


 掛け値なしに最凶ランクのモンスターである。

 ポチコのブレスでも一撃でとはいかないだろう……二撃目を繰り出せない場合、必ず負ける。


 絶望的な状況を目の前にして、俺の脳裏にもう一つの”切り札”が思い浮かぶ。


 究極の属性スキル【属性反転】……対象の持つを反転させることができ、最強のドラゴンもスライム並にしてしまうのだ。


 だが、コイツの欠点は効果範囲の制御が難しいことで……。


 ”あの日”の光景がフラッシュバックする。

 俺をかばってあの女性ひとが……。


 しまった!?


 一瞬の逡巡が致命的な隙となる。

 変身を完了したレッドドラゴンは顎を開き……もう間に合わない。



 ザッ!



「大丈夫! わたしにまかせて!!」


 その時、小さな影が俺たちとドラゴンの間に割り込む。

 ルクアだ。


「ま、待てっ! お前だけでも逃げろ!!」


「チャージ完了! ルクアスクライド……いっけええええええええっ!!」



 ズオオオオオオオオオオッ……ドガバキッ!!



「なにっ!?」


 足止めくらいにしかならないと思っていたルクアの必殺技。

 だが、闘気の渦がレッドドラゴンに命中した瞬間、黄金の文字が空中に踊る。


【ルクアスクライド:有効属性率500%】


「ほ、ほえっ!?」


 当のルクアも驚いている。

 かくいう俺も開いた口が塞がらない。

 俺の【属性改変】で叩きだせる有効属性はせいぜい200%……500%の有効属性などSSランク冒険者でもほとんど見たことがない。

 何か特別な要素が影響したとしか考えられないが……。


 ゴゴゴゴゴゴゴッ……


 俺が原因を探っている間にもルクアの必殺技はレッドドラゴンを撃ち砕いてゆき……。



 ズドオオオンッ!!

 キラッ☆



 ”空詠の塔”上空に高さ数百メートルに及ぶ光の柱を立てた後……哀れレッドドラゴンは星に召されたのだった。


「あ、あれあれ?」


 当然、この光の柱はレンディル村からも目撃されており。



 ***  ***


「これほどの力を示すとは……いささか予想外でしたが、良い勇者候補が出現しましたな、大臣」

「うむっ! よくやったぞ賢者よ。

 魔王討伐RTAは我がライン王国が頂きじゃっ!!」


「ルクア殿! たくさんの企業からスポンサーの申し出が来ていますぞ。 ささっ、ここにサインを!」


「ラン~~~~! またやっちゃったよぉ!!」


 くうううう~んっ!


 ギルド長や王宮付の賢者だけでなく王国大臣まで……。

 王国総出の歓迎を受け、勇者ルクアは一躍勇者候補筆頭として祭り上げられてしまったのだ。


 ……どうしたもんか。

 俺は思わず頭上に広がる青空を見上げたのだった。


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