第16話「どうしても一回、死にたいって?」


 ◇ ◇ ◇


「はぁ……はぁ、はぁ」

「おい、糞ったれのオスガキ」

「ボクはベニカッ!」

「そうか、クソオスガキ」

「一言にっ!?」

 俺の足元では、オスガキが荒い息を吐いている。

 数分前に流砂に呑み込まれてたので、助けてやったのだ。

 オスガキは前に会った時と同じ、ジャンプスーツを着ておりその上には通気性の良いコートを纏っている。

 靴は長靴で、帽子まで被っている……間違い無く旅装だった。

 何より俺が気にかかっているのは、オスガキが袋を握っていた事だ。

 魔石化はライダーと契約した怪獣。その所有物を魔石に変える技術である。

 ライダーギルド上層部の秘伝とされている為、詳しくは俺も知らない。

 だが怪獣とライダーの所有物と定めた非生物だけが、魔石化に巻き込まれる筈だ。

「おい、オスガキ。その袋は何だ」

「へ……ボクの荷物だけど」

 俺とナナマキさん以外の、クソガキの荷物やガキ自身は魔石にはならない。

 つまり今のガキの立場は、密航者である。

「……」

「ちょ、ちょっと待ってよっ。ちゃんと理由があるんだって!!」

「あん?」

「ほら、ちゃんとお金持って来たんだ」

「……金ぇ?」

 ガキが握り拳二つ分位の皮袋を差し出してくる。

 俺がひったくって袋を開くと……。

「銀貨塗れだな、おい」

「仕方無いだろ……両替すると、お金がかかるんだ」

 ふぅーん、流石に半分は大銀貨か。残りはほとんど銀貨だが。

 大銀貨が二十枚に、銀貨が少し足らない位……まぁ大銀貨四枚位にはなるだろう。

「こんくらいあれば問題無いでしょ?」

「……」

「密航したのは悪いとは思うけど……連れてってよ」

「……」

 俺は頭の中で算盤を弾いた。

 丼勘定にはなっちまうが……。

「HAHAHA、舐めてんじゃねーぞ。クソガキ」

「ふぇ?」

「足らねぇぜ」

「……はぁ!?」

「隣の大陸まで行くならこの三倍はいる。つまり金貨三枚だな」

「はぁぁっ!?」

 ちなみに銀貨百枚で金貨一枚。大銀貨なら二十五枚で金貨一枚だ。

 つまりオスガキの金じゃ……。

「じぇ~んじぇん足らん」

 グリンと白目をむいて、舌をピロピロ出して煽る。

「嘘だぁ!? そんなにかかる訳……っ!」

「ちなみにコレは、飯代やら護衛経費やらを抜いた運搬費でだ。諸々入れればもっとかかるぜ」

「……」

「睨むな、嘘なんか付いてねーよ……ついてもしょうがねぇだろ。砂漠地帯に生物を連れて行くのはライダーにとっちゃ鬼門なんだよ」

「……」

「そういう訳で。じゃぁな」

 俺はナナマキさんに合図を出して、彼女の魔石化を解除した。

 突風が吹き荒れ砂塵が舞い散り、彼女の勇姿が顕現する。

 肉厚で重厚な黒甲殻は、昆虫には珍しい細かく切れ目が付いている。

 その防御力は、あらゆる科学兵器も怪獣の牙も通しはしない。

 更には城壁位なら簡単に貫く鋭さと馬力を持つ六十組の節足。

 鋼鉄だろうと合金だろうと飴細工の様に両断する、紅の顎と尾剣。

 その上で三十メートルは越える巨体を持つ彼女が、地面に着地する。

「行こうぜぇ~、ナナマキさーん」

「えっ、ちょ!?」

 オスガキが何か言ってやがる。何だよ?

「お金返してよっ!」

「はぁ~~?」

 もう一度、グリンと白目を剥いて、耳の後ろに手をやってピロピロ煽る。

 ぎゃーぎゃー騒ぎ出すクソオスガキに、俺の親切心が爆発した。

「良い事教えてやる。ライダーギルドが存在する理由だ……ライダー以外がライダーと交渉するなんて、出来ねぇからだよ」

「……サ、サササ」

「んじゃぁな~。コイツは授業料に貰っていくぜ~?」

「サイッテェエエエエエエエエエエエッッ!!!!!!」

 俺を首都でボコりやがったオスガキの絶叫が心地良い。

 まぁ一日砂漠を歩けば、街にも戻れるだろ……怪獣もこの辺りにゃ少ねェしな。

 うーっひっひっひ、それにしても良い金になったなぁ!

「そもそもアイツ、密航バレなかったらどうするつもりだったんだよったく」

 俺が騎乗席に座り、手綱を引く…………ん?

「ナ、ナナマキさん? どうしたの?」

 ナナマキさんが、ピクリとも動かない。

 チラりと彼女の瞳を見ると、背後を気にしている。

 その視線を追っていくと……さっきまで騒いでたクソガキが倒れていた。

「……」

「ギャカカカァァ」

「もぉ~、分かった分かった。相棒のお願いだからなぁ」

 ナナマキさんの珍しいおねだりに、俺は彼女の頭部から飛び降りた。


 ◇ ◇ ◇


 真夜中。太陽が隠れた夜空には、眩い月が輝いている。

 現在地は流砂にハマった場所から、百キロ程離れた場所だ。

 俺は焚火を中心に、半円を描く様にして寝っ転がっている。

 視界の片隅には物資が山と箱積みされており、俺達の周囲をナナマキさんがとぐろを巻いていた。

 夜明けまでの休憩の一時。俺は愛読書を捲りながら、静かな時間を過ごしている。

「次元の裂け目ねぇ。見た事無ぇぞ」

 本の内容はだが……俺には学が無いのでさっぱりだ。

 だがこの本を、読まない訳にも行かない。俺の旅には必要不可欠なモノなのだから。

 俺が唸りながら本を読み返していると、ライフワークを邪魔する唸りが隣から聞こえて来た。

「う、うん……」

「起きやがったな。オスガキ」

 毛布を被らせていたオスガキが、俺との間に炎を挟んで起きる。

 ジャンプスーツに通気性の良いマントだけだと、流石に砂漠は乗り越えられん。

 女みてェに細身な上、体毛も少なぇからな……寒さで死んじまう。

「ァっ!? ッ~~!」

「急に起きんな。水飲め」

 起き上がろうとしたオスガキが、目眩を起こして突っ伏す。

 俺が貴重な水袋を差し出すと、ガブ飲みしやがった!

 急いで水袋を掴んで、かっ込めない様に止める。

「口に含むだけにしろっ! ったく……岩塩は枕元だ。軽く舐める程度だぞ」

「ぅェ……しょっぱい」

「塩が甘かったら、詐欺じゃねェか」

 人の好意をコイツ……。

 本当ならオスガキの密航品でも舐めさせたいが、袋には大した物は入って無かった。

 入ってたのは財布やら、変な植物の種やら。

 ボロっちい見た事の無い真っ黒な軍服っぽい服……後は食料が少しって所か。

「……」

「んだよ、言っとくけど金の事は謝らねェぞ」

「……ううん、ありがとう」

 思わず舌打ちしてしまった。

 オスガキはおずおずと座り直すと、寝っ転がっている俺を見下ろす。

「何が起きたの? 急に寒くなったと思ったら……」

「熱中症だろ。まぁ砂漠で狭い木箱に入ってりゃぁな」

 その後はナナマキさんから頼まれ、介護をしていた。

 とはいっても水を飲ませたり、塩を舐めさせただけだ。

「感謝するなら、ナナマキさんにしろよ。オスガキ」

「ナナマキ?」

「……お前を助ける様に言ったのは、ウチの相棒だかんなぁ~?」

 本を閉じて、とぐろを巻いてるナナマキさんを指をクルクル回して指す。

「そっか……」

「で……だ。ナナマキさんが助けろって言った命を、捨てて置く訳にもいかねェ」

 俺がそう呟くと、オスガキが陰気な顔がパッと顔を僅かに綻ばせた。

「唯、条件として……何で俺に依頼してきたのか、答えろ」

「……?」

「答えないなら、この場所で放置すんぞ」

「いや……それは良いけど、何で態々そんな事」

 俺は指名手配受けてるから、警戒してるんだよ。

 別にオスガキが毒を盛ってこようが、ナイフで突き刺そうが俺の体に害なんざ無い。 だが何が目的で、俺達に近づいて来たのかは知りたい。

 答えられないなら、置いて言っても良いってナナマキさんも納得してるしな。

「……リージアが出た怪獣コンテストを見てたから」

「あん? 数年前のか」

「うん……」

 あの賄賂祭りだったと推測される、クソ大会か。

 ナナマキさんの美しさを自慢しようと思ったのに、クソみたいな審査員に辟易したわ。

 その所為で、お兄ちゃんに怒られるしよぉ~~。

 思い出したらイライラして来たぜ。

 何が昆虫型を連れてくんなだよ、節足キモいだよ。

 クソ! クソ! 腹立つわぁ。

 俺の表情が険しくなったせいか、オスガキが顔を引き攣らせるも続ける。

「知り合いが言ってたんだ……一流のライダーはとびっきりイカれてるもんだって」

「あぁん? どうしても一回、死にたいって?」

「違うってぇっ! バカにされただけで国を敵に回せる位に強いなら…依頼を受けてくれるかなって」

「……ふぅ~ん」

 何かはぐらかしたな。

 全部じゃないけど一部分は隠してる。

 というかやっぱり、コイツ俺の事をイカレポンチだって言ってねェか?

 問題は俺自身、自覚がある事だな。

「……密航した事は悪かったけどお金は返してよ。全財産なんだ」

「知るか。俺に寄越した金だろ……依頼料だ。もう俺のもん」

「……?」

「あ”ぁ”~、隣の国までは届けてやるって行ってんだよ!! オーケェ?」

「えっ、ボクを送ってくれるのっ!? 良いの!!」

 嫌に決まってるだろ。

 誰が好き好んで男と、二人旅しなくちゃならねェんだよ。お前の為じゃねェわ。

「凄く嫌そうな顔してる……」

「良いからさっさと寝ろっつーのっ! 明日は夜明け前に出っからな」

 毛布返せ! と言うと、オスガキがおずおずと毛布を返して来る。宜しい。

 俺が毛布を被ると、オスガキはとぐろを巻いているナナマキさんに近づいた。

「あの……ナナマキさん。ありがとう」

「……」

「ギャカカカァ……」

「ナナマキさんみたいな怪獣って、ジュラキの生物みたいで格好良いね」

 オスガキがペラペラとナナマキさんに話かけている。

 俺に背中を向けて話すオスガキは、随分と饒舌だ。

 人間よりも怪獣の方が、話しやすいんだろう。

 ナナマキさんより大きい怪獣を見た事が無いとか、強そうとか。

 ボキャラリーが乏しい。暗い奴だなぁ、コイツ。

「………………………」







 ふぅん。

「おい、オスガキ。さっさと飯食って寝ろ」

「え、あぁ……うん」

 オスガキは反応すると、元の位置に戻って袋から固パンを取り出した。

「物資から砂鯨のジャーキー取って、炙って喰え。塩分補給しろ」

「えっ? そんなの持ってきて……無い」

「お前が倒れると、仕事が果たせねェんだよ。俺の荷物から勝手に取って食え」

「う、うん?」

「明日からコキ使うからな。今日はクソして寝ろ、毛布は俺のを半分使って良い」

「……?」

 もぞもぞと俺の荷物を開ける音を背中越しに聞きながら、何だか妙に良い匂いのする毛布にくるまって、俺は眠った。

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