第14話「ライダーの愛獣は、生涯に唯一匹だ」
◇ ◇ ◇
裏路地を駆け巡る事、五分。
そう聞くと離れて無いなと思うが、それは一般人なら……の話だ。
ライダーとそれを越える身体能力があれば、区画を三つは超えられる。
実際には二つを超え、三つ目の手前の下宿に俺は連れてこられた。
二階建ての建物で、一階は婆さんが薬屋をやってる様だ。
俺がオスガキに連れてこられたのは、二階の一室。
薬屋の外に生えている、階段を上った先だった。
「入って、リージア」
「入って~~。じゃ、ねぇよっ、何だオスガキ、お前」
聞きたい事だらけである。
ライダーでも無さそうなガキが、何でそんな体力があるのか。
何で、俺を憲兵から俺を匿ったのか。
何が目的で、俺をここに連れてきたのか。
「俺は男にゃ興味はねぇぞ」
「サイッテー! そっから離れろよ!」
オスガキが扉を開けて、俺を部屋に招き入れる。
大人が縦に眠れる位の広さはありそうだが、元々は倉庫だった事は間違い無い。
少し広めのベットに、シーツ。枕元には水差しやら、ナッツ等の乾物の袋。
壁際には少し埃の積もった古本の棚が鎮座しているが、コイツの持ち物ではあるまい。
敢えて言うなら、窓際に置かれてるフラスコに入った薬剤机。
その前にある、ちっぽけな椅子辺りだろうか?……後、ちょっと良い匂いする。
「とりあえず、好きな所に座ってよ」
「どこに座れば良いんだよ。ったく」
オスガキが座る前に、俺が先にドカっとベットに腰掛ける。
えぇっ!? と驚愕と非難の声を受けるが、知ったこたぁ無い。
ガキはオロオロした後で、薬剤机の椅子に腰掛けた。
その後は俺の事をジロジロ見てきたり、目線を反らしたりを繰り返す。
「……」
「……んだよ」
「ねぇ、本当に“あの”リージアなの?」
あの、って何だ。あのって。
少なくともリージアという名前で、俺以外には有名な名前は知らない。
俺が頷くと、オスガキはマジマジと俺を見てきやがる。
だから、なんなんだよ。
「言っておくが……お前が幾ら怪力チビでも、軟禁される程ヤワじゃねーぞ?」
言外に俺を憲兵に突きだそうとするなら、容赦しないと伝える。
オスガキは慌てて、手をぱたぱた振って否定した。
「違くてっ! ボク、リージアに依頼があるんだよ」
「依頼ぃ~~?」
冗談は花の値段だけにしとけよ。
なんだよ銀貨二枚って。
女を一晩買えるぞ、買った事無いけど。
「ライダーギルドに言えよ。ライダーギルドに」
「ギルドにも行ったんだけど……誰も受けてくれなくて」
「……掲示板に載せて貰ったのか?」
オスガキが俯く様に、小さく頷く。
窓辺から差す日差しが影となって、惨めでさえある。
まるで家に帰れず彷徨い歩く子供の様だ。
「……」
俺は首を捻った。
ライダーギルドは営利団体である。
ふざけた依頼ならばそもそも、依頼書として発行されない。
逆に依頼書さえ発行されれば、ソレは悪戯とは呼ばれない。
そして世の中には物好きも居るもので、大抵の依頼は消化される。
「どんな依頼だ?」
「ボクを……運んで欲しいんだ」
「そんな事か。俺はてっきり、誰かをぶっ殺せとか言い出すもんかと」
偶にテロリストが、王族ぶっ殺せって俺に依頼してくるからな。
だがそれこそ解せない。
こんなガキを運ぶ位、誰でも受けるだろ?
小型怪獣に乗るライダーの中には、個人護送を専門職にしてる奴もいる。
「配達場所は?」
隣の国……じゃないか。隣の街とかか?
「……まだ言えない。でも隣の大陸より遠く」
「そりゃ無理だ」
俺はガキを見る……貧相な体だ。怪力があるなんて信じられない。
だが今は力は関係ない。
長旅に必要なのは環境適応力、スタミナ、そして精神力だ。
環境適応力が無けりゃ、数々の自然現象に体が持たない。
スタミナが無けりゃ、そもそも怪獣で運ぶ時に参っちまう。
そして精神力が無けりゃ、辛い旅路を諦めちまう。
そもそも何で俺なんだ……俺の事を知ってるなら不適格だと分かるだろ。
まぁ興味ねェから、わざわざ聞かねェけど。
俺が考えていると、オスガキが雨粒が漏れる様に呟いた。
「リージアでも無理なの……?」
「おっ、死にたいのか?」
「し、してないってば」
「……まぁ良い。言っとくが運ぶだけなら出来らぁ」
「……ならっ」
「ダメだ」
俺がオスガキの言い分を、途中で切り捨てる。
更に詰め寄って来たので、俺がそれも遮って続けた。
「俺をそこらの二流と一緒にすんな……どんな苦しい自然環境、強い怪獣が来ようが運べる。三つの大陸を跨いだライダー、舐めんなよ」
チッチッチと舌打ちをしながら、オスガキのつま先から頭の天辺まで見る。
片目を隠しているポニーテール、綺麗な肌。細い指先。
貧相な体とそれを包むジャンプスーツ
間違いなく、旅慣れはしていないだろう。
だがそんな事は、どうでも良い
俺は指を一本立てると、理由を懇切丁寧にオスガキに説明してやった。
「お前の体を気遣って運んでやるのは、大した事じゃねェがダメだ」
「……何で?」
「まず第一に、俺にも旅の予定がある。崩したく無いし、それは長旅になる……まぁそれはどうでも良い。急ぎの旅でもねぇからな」
ならっ! とまた言い出しそうだったので、二本目の指を立てた。
「これが一番重要なんだが……」
「……」
「お前、男だから」
「…………は?」
「お前がぼんっきゅ、ばーんなねーちゃんじゃねぇからだ」
「……」
「俺ぁ、可愛い娘ちゃん以外の頼みは聞かねェんだよ!! 分かったか? ファッキンボーイ」
下品なハンドサインで、俺が求めてるモノを表してやろうとした瞬間っ!
鞭が空気を叩いた様な音が部屋に響き、また俺の頬が張られる!
体が浮いたと思うと、壁のクローゼットの扉を叩き割って洋服に埋もれる!
俺の頭にサラサラした黒い服がかかる。
軍服にも似たソレは青い花と同様に、見覚えのない生地だった。
糸製にも見えず、黄金色のボタンで留められている。
だがそんな事はどうだって良い。俺の頬を二度も張りやがってっ!!
「……サイッテェェエエ!」
「あぁんっ、クソガキィ! 今まで黙って喰らってやってたが、大人に対する態度ってもんを教えてやらぁ!」
鋭い打撃音が室内に何度も響く。
俺は下の大家が助けに来るまで、マウントを取られてバキバキに殴られ続けた。
◇ ◇ ◇
「少し見ない間に、男前になったなクソガキ。何をやらかした?」
「シィット。可愛い弟分がボコボコにされて、言う事はそれだけかよ。お兄ちゃん!!」
次の日の昼前。
俺はライダーギルドの執務室で、お兄ちゃんを待っていた。
暫くしてやって来たお兄ちゃんの、開口一番がコレである。
室長椅子に座ったお兄ちゃんは、俺の方も見ずにぼやく。
「派手な喧嘩の報告は上がってねぇな……女にでもやられたか?」
「……言いたくねぇ」
ガキにボコボコにされたなんて、情けなくて言えねぇよ。
手を出す訳にもいかねぇし、困ったもんだわ。
「やれやれ……いつもの事だな」
「お兄ちゃんは、俺の事をなんだと思ってるんだよぉ~!」
「騒ぐな。それより、ナナマキを受け取りに来たんだろ?」
「引っかかるなぁ~。そうだよ、どうだった?」
まずはナナマキさん。俺の可愛いナナマキさんが、一番大事である。
「今は旅の荷物を、ライダーギルドの入口で載せてる。いつでも行けるぞ」
「って事は体は大丈夫だったんだよな?」
「安心しろ、健康体だ。旅をしてるにしては体重もあるし、前より体長も伸びてた……契約の影響だろうな?」
「あぁ、ナナマキさんもそう言ってた」
「なら良い……驚いたぜ。外骨格の生物が、脱皮も無しに成長するなんてよ」
「代わりに俺は、身長伸びなかったけどなぁ」
「まぁ病気も無いし……あぁ、虫歯があったから治しておいたぜ」
「あ、マジかぁ……」
定期的に岩を噛んでるし、大丈夫そうだったんだけど……。
女の子の口の中をジロジロ覗くのも悪いと思ってたけど、次からは俺も確認しよう。
「それよりも、お前の方が良く無いな」
「うん? どういう事だよ兄ちゃん」
「……余所の国の軍人が、お前の事を探ってる。心辺りはあるか?」
昨日の奴らの事か? てっきりアジカリ王国の軍人共かと。
……無いか。幾ら何でも自国で
でも偶に居ない事も無いというか、まぁ分からんな。
「昨日、俺を追ってる奴らが居たよ。どこの国かは分からねぇな」
「ッチ! 撒いて来ただろうな?」
「そりゃ、バッチリ撒いてきたよ」
オスガキがね。
俺が大丈夫のピースサインをすると、お兄ちゃんがやれやれと眼鏡を外した。
「お前は馬鹿だが……師匠の弟子なんだ。無様晒すんじゃねェぞ」
「お兄ちゃんの弟弟子だもん。任せてくれよ」
「やれやれ……」
お兄ちゃんが俺を見て、溜息を吐く。
続く言葉は、前に別れた時と同じ言葉だった。
「本当に行くのか?」
「あぁ。それが俺達の夢だろ? 場所だって目星は付いてる」
お兄ちゃんが質問は、俺の夢であり旅についてだった。
その目的地は遙か遠くで、正直に言うと……お兄ちゃんとは生涯の別れになると思っている。
もう会えないかもしれない。
なのにお兄ちゃんは大した感慨も無さそうに、だが鼻をヒクヒクさせて言った。
「五月蠅い奴が居なくなって、清々するぜ」
その言葉へ返す言葉も、数年前と一緒だった。
「そう言うなよ、お兄ちゃん……一緒に旅立とうぜ」
お兄ちゃんがまたか、と鼻に皺を寄せる。
俺がお兄ちゃんの座る、古臭い椅子を顎で指すと皺はますます深まった。
「ライダー時代の騎乗席を、椅子に改造してるんだ。未練があるんだろう?」
「……何を言ってやがる。これは勿体ないからだ」
「家族に嘘を着かなくても、良いじゃねぇか。お兄ちゃん」
お兄ちゃんは……ジョン=スミスは伝説的なライダーである。
幾多の依頼をこなし、幾多の国から感謝状を受け取っては何者にも縛られない。
更に言えば調教の腕は、どんな怪獣さえ育てられる天才的なモノだ。
俺にナナマキさんの、独特な騎乗法を教えてくれたのも彼である。
「また旅に出たいんだろ? ナナマキさんもお兄ちゃんなら、嫌がらずに載せてくれるぜ?」
「お前が野郎を載せるのを、嫌がってるだけだろうが」
「それはそう。ただ今は関係無いだろう?」
「……ッチ」
お兄ちゃんは視線を下に向けると、自らの座る古ぼけた椅子を撫でる。
砂塵と日射しと血糊で斑模様を描く、その椅子を見つめて言った。
「……ライダーの愛獣は、生涯に唯一匹だ」
「でもよぉ……」
「俺が旅をするのはアイツの背中で、アイツは死んじまったんだ」
「……」
「それだけだぜ。それだけの話なんだ」
息苦しそうに吐き出した兄ちゃんの言葉に、俺はそれ以上……何も言えなかった。
お兄ちゃんの愛獣にして、この大陸固有の怪獣の中で最も巨大な生物。
空飛ぶ島の異名を持つ怪獣。アイランドホエール。
本当に美しい怪獣だった……穏やかで、美しく、何より強い。
咆哮で人間を気絶させ、圧倒的重量で押し潰す。生きた空中要塞である。
そんな子だがお兄ちゃんが他大陸を旅してる時に、死に別れたらしい。
正直に言うと、俺には国家さえ悠々と蹂躙出来るあの子が死ぬなんて信じられない。
「……湿っぽい別れは、ライダーには似合わねェな。おい、依頼でも受けていけ」
お兄ちゃんが机の上のファイルから、一枚の紙を取り出した。
「商隊の護衛なんだが、金も良いし他にライダー共も参戦する。お前の向かう方角だから丁度良いぜ」
「可愛い娘ちゃんは居る?」
「テメェはそればっかだな……居ねェよ」
「悪いけど、指図されるの嫌いだから護衛はパス」
「ッチ……! 昨日の言う事を聞くってのはなんだっ!」
「別にお兄ちゃんが、困ってる訳じゃないしぃ~?」
「はぁぁ……やれやれだぜ」
さて言いたい事も言い終えたし……出るか。
今生の別れになるかもしれない。だけど今更ダラダラ語る程、浅い仲でもない。
俺は席を立つと、振り返らずに扉を目指した。
「じゃぁな。お兄ちゃん」
「あぁ、またな。リージア」
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