第13話「俺、馬鹿だから反論できねぇし。クズだから、全く悪びれねぇけどよ」


 ◇ ◇ ◇


「ったく、お兄ちゃんも素直になりゃ良いのに」

 俺はライダーギルドの高層ビルから出ると、周囲には人混みで溢れていた。

 大陸最大の国の首都。その運送業の要所となればそりゃぁ忙しい。

 まるで一つの曲にさえ聞こえる様な人の喋り声。

「大暴れしたらスッキリするだろうなぁ。そう思わねぇか? ナナマ……キさんは居ないんだった」

 ナナマキさんは二年に一度の健康検査の為、ライダーギルドに預けている。

 怪我なら俺がすぐに気づけるが、病気や寄生虫は俺じゃ気づけないからな。

 俺は一人で、とぼとぼと街の歩道を練り歩く事にした。寂しい。

 この街は砂界とも呼ばれる、アジカリ大陸中央に位置するサカリエ王国の首都である。

 ただ砂界には緑が少ないから、経済力は世界でも下から数えた方が早い。

 首都と言えど、殺風景な場所もんだ。

 それでも数年ぶりの街の景色は、少し発展していた。

 粘土や煉瓦を積み上げて作った建物。

 熱に強い怪獣達が街中を闊歩しては、足元で人間がごちゃごちゃと歩いている。

 ただ金は集まる場所には集まるモノで、ライダーギルド支部は立派なモノだった。

 壁に囲まれて中が見えない王宮を除けば、唯一の高層建築物だ。

 日射しを遮る色つきのガラス張りの建物内は、涼しくて過ごしやすかった。

 何よりライダーギルド内は治外法権っていう所が良い。

「っきゃっ!」

「あん? お、おぉ?」

 街並みを見ていたら、胸の辺りに軽い何かがぶつかる。

 ライダーは体重が極端に重くなる。ぶつかった相手は相対的に吹っ飛ばされた。

 俺が吹っ飛ばした相手を見ると……。

「ぅ。ぁっ!?」

 中肉中背である俺の、その胸位しか無い細っこいガキ……と言うには、目つきが悪い三白眼の小僧っぽいのが居た。

 細身な体……色気の無い紺色のジャンプスーツ。

 艶やかな黒髪はローポニーテールにしており、前髪で片目が隠れていた。

 口元はマスクで隠れているが……髭などは生えてなさそうだ。

 恐らく歳は十三に届くか、届かないかだろう。

 ヤバッ。と呟いたガキの周囲には、青い花が散らばっていた。

 見れば籠の中には、まだ数本の花が入っている。

 珍しい形の花だ……少なくとも俺は、こんな形の青い花を見た事が無い。

「す、すみません」

「いや、気にすんな」

 謝る声はカン高く、澄んだ声をしている……女か? 女かもしれん。

 良く見れば、肌は随分とキメ細かい。指も細長くて綺麗だ。

 顔立ちも薄味ではあるが、嗜虐心を妙にそそる。

 だが色気の無い体型。

 片目だけだが、目つきの悪い表情。

 色気の無いスットン体型。とくかく色気が無い。

 それがどうにも、出不精な男を思わせた。

「ほら、掴め」

「あ、ありがとうございます……」

 だが女の子となれば話は別だ。俺は手を差し伸べた。

 ガキっぽくなければ、抱き抱えてやるが……まぁ出会うのが五年、早かったな。

「ぁ……」

「あん?」

 ガキが足元に散らばる花を集め始めた。

 花は折れてたり、花弁が散っている。

 俺とぶつかった拍子に、潰れたんだろう。

「悪かったな」

「い、いえ。その、ボクもぶつかっちゃったんで……」

 ……なんつーか、本当に色気が無いな。

 やっぱり男か?

 それなら話しは早い。

 俺は正義の味方でもねーから、花が潰れた原因だとしても弁償はしない。

 興味もねーしな。花を拾ってやったら終わりだ。

「そんじゃっ」

「あ、あのっ!」

「あん?」

 呼び止められたので振り返ると、ガキが俺に花の籠を差し出した。

 だが口をパクパクさせて、要件を話さない。

 半殺しにした奴と、再会した時のリアクションに似てる。

 俺を呼び止めやがったくせに、何だってんだ……こんなガキに何かした覚えねぇぞ。

「は、花っ! 買いませんかっ!?」

 あぁ、そう言うね。

 まぁ良いか、ナナマキさんに花でも贈ろう。

 お兄ちゃんに買っていっても……無駄遣いするなって、二人共怒りそうだなぁ。

「おう。一束ならな、幾らだ?」

「銀貨二枚ですっ!」

「はぁっ!?」

 銀貨二枚!? 二日は飯が食えるぞっ!!

 俺は驚いて叫んだ。

「別にお前に怒鳴った訳でも、威嚇もしてねぇよ」

「ぁぅ……」

 ガキは籠を下げてモジモジしながら、手で口元を押さえる。

 だぼだぼなジャンプスーツで分からなかったが……コイツくびれ、あんな。

 やっぱり女か……あぁ、成程。

「お前、花売りか」

「ぇ? ぁ。はい」

「俺ぁ、商売女は買わない主義なんだよ。後お前、ガキだし」

「……はい?」

「尊敬はすっけど、義務感で付き合われると空しくて仕方無ぇ。後お前、ガキだし」

「えっと、花……」

「……はぁ、分かったよ」

 買うつもり無かったが、しょうがないな。

 俺がガキのくびれに手を回して、籠に銀貨二枚を入れる。

 そのままガキを連れて裏路地へと向かう。

「とりあえず宿屋に行こうぜ」

「ぇ、えぇっ! な、何で!?」

「んだよぉ……そこら辺で始める訳にもいかねぇだろ。こんな真っ昼間で」

 俺が下品なハンドサインを、反対の手でガキに見せる。

 ガキが顔を真っ赤にして、口をパクパクしたと思うと……

 バシィン!

 このガキ!! 俺の頬を思いっきり叩きやがった!!


 ◇ ◇ ◇


「オゥ……マイ。ゴット」

「ほんっとう、サイッテェー!」

 俺はお兄ちゃんから貰った金で、見知らぬガキに飯を食わせている。

 ガキは男だった様だ……危なかったぜ。トラウマになる所だった。

 その後。ガキがセクハラだの変態だの騒ぎ始めたので、目立ちたく無い俺は飯を奢る事で止めた。

 ナイスバディの可愛い娘ちゃんならともかく……オスガキ相手なので、行き先は安い定食屋である。

 ライダー御用達の店だ。

 昔はお兄ちゃんと一緒に、競獣の帰りに良く来たっけな。

「うっせェよ。俺だって好きで男を抱いた訳じゃねェっつーの」

「……紛らわしい言い方しないでよ?」

 腰を抱いた事を言ったら、ガキが顔を真っ赤にして飯をかっ込む。

 まるで欠食児童の様だ。あっという間に机の上の飯が消えていく。

 俺は適当に頼んだテーブルの上の、メニューを見た。

 平焼きパンが、バケット一杯。

 キャベツの肉詰めに、トマトソースをかけた鍋が一つ。

 後は砂鯨のローストホエールが一ブロック……机の真ん中にドン!とナイフを突き刺して鎮座している。

 ミディアムレアな鮮やかな赤が中々美味そうだ。

「ッチ……それでえーと……ガキ」

「ベニカだって……」

「悪かったよ。おい、オスガキ」

「ベニカッ!……チンピラのお兄さん。ボクにセクハラするし、名前覚えないし頭悪いの?」

「ぁあ”ん”! 頭悪くて悪いかぁ!?」

 ライダーギルドのギルド試験で、史上初の落第者の実績は伊達じゃねーぞ!

 二回目で漸く、お兄ちゃんから文字習って受かったけど!

「そもそも女みたいな顔してる方が、悪ィんだろっ!」

「あぁっ!? またセクハラしてきたっ!」

「ぁ~あ”~!! 女女女女女っ!!」

「ホンッットォ!! サイテェエ!!」

 お前、ガキじゃなかったらぶっ飛ばしたぞ。

 ベニカと名乗るオスガキが食べる姿を見ながら、俺は席の一つに置かれている青い花をチラりと確認する。

「……で、その花はどこから盗んで来た?」

「盗んだ訳ないでしょっ。ボクが育てたのっ」

「育てただぁ? ちょっと見せろよ」

「……銀貨二枚」

「その価格が正しいか、見てやるんだっつーの」

「はぁっ!? 薔薇を潰した癖にっ!」

「俺だって、お前にぶつけられてアバラ折れたわっ!」

「え……子供にゆ、ゆすりしてる?」

 うっせェぞったく……まぁ、籠から覗ければ良い。

 見た目はガキの言う通り、薔薇に似ていた。

 幾つかの花弁が重なって螺旋を生み出しており、花の香りも薔薇のものだ。

 だがそんな筈は無い……青い薔薇なんて聞いた事が無い。

 他国から持ってくるにしても、利益とは見合わないだろう。

 もし薔薇を、この国で研究しているとしたら……。

「……お前、王宮から盗みでも働いたか?」

「え、何のこと?」

 数代前の王が、薔薇を愛していた筈だ。

 今でも王宮には、随分と立派な薔薇園があると聞いた事がある。

 王宮なら青い薔薇を作る研究をしてても、おかしくはないだろう。

 だが目の前のガキは、そうじゃないと言いだす。

「ボクが栽培したんだよ。この土地で作ったの」

「……」

「あっ、その目は信じて無いでしょ!」

 信じられるか。品種改良なんて何年かかると思ってやがる。

 俺の知らない品種の花で、薔薇じゃないって言われた方が信じられるわ。

 ……まぁどうでも良い話か。

 どうせライダーとして、運ぶ事はあり得ない。

 俺は花束から目をそらし、ローストホエールのブロックをナイフで力任せに裂く。

 そのままナイフで突き刺すと、口に運んだ。

「あぁっ、ナイフを使わないでよぉっ!?」

「俺の金なんだから、好きにさせろよ」

 俺は口一杯に頬張った、砂鯨のロースト肉を咀嚼する。

 水分が多く柔らかい肉は、旨味も強い。

 噛めば噛む程、肉の脂とタレが口の中で甘く混ざり合う。

 ジャーキーの様な、香辛料をガンガン振る肉とはやはり違うな。

 肉肉しい油が口一杯に広がって、煙の香りと混ざり合ってたまらない。

 筋も多いが、それも食べ応えに感じられる。

「……」

「お兄さん、ちょっと社会不適合者す……どうしたの?」

 店の外。隊号で呼び合う声がする。

 俺は耳を澄まして、外の会話を盗み聞いた。

 ナナマキさんと契約した俺は聴覚が鈍い。

 だが集中すれば、耳の遠いジジイやババアよりはよっぽど聞こえる。

「隊長。内部の監視員より、奴がライダーギルドを出たと連絡がありました」

「各所のポイントから、発見報告は挙がってない。奴はこの近くに居るぞ!」

 何やら重犯罪者を追っている様だ。

 街の平和を守るお仕事、ご苦労さん。

 俺は屋内で飯を食ってるから、頑張ってくれ。

「『導火線』のリージアが、ナナマキと離れた今が好機だ。何とかして接触しろ」

 ……薄汚い国家の犬が、俺を追いやがって。税金泥棒め。

 困った事に犬の鼻は、確かだった。

 憲兵共がレストランの入口近くで、聞き込みを始める。

 俺の指名手配書を片手に、ペラペラ悪口を言いやがって……。

 何が極悪人だ。何が重犯罪者だ。俺は内心で激怒した。

 問題は憲兵の言ってる罪状が全て事実であり、誇張もされてない事だろうか。

 俺、馬鹿だから反論できねぇし。クズだから、全く悪びれねぇけどよ。

「……」

「どうしたのお兄さん? ボクの顔ジロジロ見て。全部食べちゃうよ?」

 俺はオスガキをチラっと見る。

 間抜けな面だし、指先も随分と綺麗だ……貴族や王族の様に。

 目つきは悪いが、スラムのガキでもないな。

 もしかして罠か? ハメられたか?

「ねぇ、ねぇお兄さん?」

「あ?」

「お兄さんの名前って、何て言うの?」

「…………リージアだ」

「…………」

 マヌケ面が、ふんふんと俺の名前を噛み締めた瞬間。ぎょっと驚愕に染まる。

 コイツ……唯の女に似てるだけのオスガキだな。再実感した。

「……」

「……」

 俺はガキが叫んだ瞬間に、窓から飛び出そうと椅子から体を浮かせる。

 だが俺の手首が、圧倒的な力でミチリと握り締められた。

 掴んだのは、オスガキである。

 オスガキが俺の耳元に顔を近づけると、ボソボソと呟く。

「リージア……追われてるの?」

「まぁな」

「そう……」

 怪獣と契約したライダーは、肉体や精神が変異していく。

 代わりに怪獣には人間の身体的、ないし精神的特徴を分け与えられる。

 だからこんなガキでも、ライダーなら大人より力が強い事もあり得る。

 あり得るが重量級怪獣のライダーである俺よりも、力が強いなんてあり得ない。

 どうなってやがる……?

「リージア……こっちっ!」

 オスガキが叫んだ。

 そう思った瞬間、俺の体重なんてなんのその。

 凄まじい勢いで駆け出したガキに、引っ張られた!

 ちょっ! お兄ちゃんに食い逃げしたってバレたら、怒られる!?

 俺は懐から、代金の二倍になるだろう銀貨一枚を机に投げた。

「残りはとっとけっ!」

「へ? あ、あぁ」

 カウンターで皿を磨いていた、店主のジジイが目を白黒させて頷く。

 恐らくだが、俺も同じ表情を浮かべてるだろう。

 その後、俺がどうなったか言いたく無い。

 敢えて言うなら……ガキに引っ張られる情けない男として、裏路地を駆け回るハメになった。

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