第19話 時にラブレター

 中嶋ENDを体感した僕は、C組と中嶋教諭の動向が気になった。例えば金曜日と土曜日のカレーを用意するのなら、月曜である今日から動いておかないと間に合わないだろう。


 だからその日、僕は一旦帰る振りをして。


「それじゃあお先に失礼します」

「佐伯、文化祭の準備はちゃんとやってるんだろうな?」


 教室から帰宅しようとすると、中嶋教諭にこう言われた。


「問題は山積みですが、なんとかしてみせます。中嶋教諭の未来のためにも」

「何を言っているんだお前は? まぁそう言うのなら、頑張れよ」


 さぁ、一旦帰ったふりをして隠れてC組の動向を見守るぞ。


「……みんな集まってくれ、どうやら佐伯一人では文化祭の出し物は間に合いそうにないだろ? だから私からみんなに一つ頼みがある、どうか佐伯に手を貸してやってくれないか?」


 中嶋教諭が教壇でC組のみんなに頼み込むと、文化祭実行委員だった深本さんが挙手して席を立った。


「やります先生、私は佐伯くんを助けることにします」

「さすがは深本だ、お前の寛大な心やりに、私達はいつも助けられているぞ」


 深本さんが立候補したのを機に、クラスの面々は口々に賛意を表した。

 クラスの死角で様子を見ていた僕は、忘れ物した体で教室に戻り。


「あの……先ずみんなに謝りたい、僕のせいで学級崩壊を招きかねない事態を引き起こしたことを、心から謝罪致します」


 とそこで僕はリュックサックを下ろし、頭を地面に付けた。


「本当に、申し訳御座いませんでした」


 僕の土下座を受けたC組の面々、ふと、ある人が僕に拍手し始める。


「偉いぞ佐伯、よくぞ今ここでお前の誠意をクラスのみんなに見せてやったな」


 拍手したのは中嶋教諭だった。

 彼女は僕の土下座を受け、いつになく朗らかな表情でいた。


「さ、そしたら頭を上げろ佐伯、そして今一度改めて文化祭の出し物をみんなで相談しようじゃないか」


「中嶋先生、それからみんなに聞いて欲しい。僕は文化祭で我が校伝統のカレーを出そうかと思うんだ。そのための材料も仕入れてある。後はみんなの得意な役割を決めて、文化祭の最優秀賞を狙おうよ」


「む? そうか、佐伯の決意は固いようだし、みんなもカレーでいいかな?」


 中嶋教諭の最終確認に、深本さんを始めとしてクラスメイトは全員賛成してくれた。

 ならばもう僕達、C組は無敵だ。

 魔王が襲来しようとも、目じゃない、返り討ちにしてやる。


 僕らは早速調理室を借り、チャールズ氏のレシピ通りのカレーをこさえた。


 中嶋教諭が毒味役を引き受け、どれどれと楽しそうにカレーを啜った。


「かっらっい! 佐伯、これは辛すぎる、駄目だ」

「ですが中嶋先生、これが本場のカレーですよ! 辛いのはこの際目を瞑りましょう」

「駄目だって! この辛さのカレーを出すのなら、ロシアンルーレット式にしてはどうだ? 普通のカレーの中に、時々この辛さのカレーを提供するという催し物だよ」


 それはそれで面白そうだ。

 要は魔王にだけチャールズ氏のカレーを食わせれば、ことは終わるのだから。


 中嶋教諭の毒味が終わると、好奇心旺盛な深本さんが件のカレーを食べると。


「う……う、う、うぅ! 産まれる!」

「産まれる!? まさか僕の子供じゃないよね!? ねぇ、違うよねぇ!?」


 そのやりとりを傍で見ていた中嶋教諭は不思議な表情でお腹をさすっていた。


「……何だろう、私ももしかしたら身籠ってるのかな?」


 中嶋教諭のその台詞、聞きようによっては爆弾発言でしかなくて、クラスの生徒が祝辞を述べる共に「中嶋先生に子供が出来たぞー!」と一人が大声で廊下を駆けだした。


「嘘に決まってるだろ、私は今の所独身のままだしな」


 まぁ冗談はこのぐらいにしておいて、文化祭当日の僕らの出し物が改めて決まった。

 題して、ロシアンルーレットカレーだ!!


 § § §


 文化祭初日、C組のロシアンルーレットカレーは盛況だった。


 最初のお客さんは中嶋教諭を慕う数名の女子生徒で、彼女達はロシアンルーレットカレーをものの試しにやってみた、当然の如く一人が辛いカレーを引き当て、大仰にリアクションし、他の女子はそれに大爆笑していた。


 最初のお客さんが景気付けしてくれて、次はさきほどの騒ぎ声が気になったというA組の生徒がやって来た。仮装喫茶が出し物の彼女達は普段は見れないコスプレ姿で見ていて新鮮な居心地になれる。


「デュラン、辛くない奴頂戴」

「キリコ、出し物の主旨を把握してないのか? 辛いものが出る時は出るんだよ」

「どうやって決めてるの?」

「サイコロで、一の目が出たら辛い奴さ」

「でもさ、辛い奴は一目でわかったりしないの?」

「さすがはキリコ、目の付け所が違う」


 ロシアンルーレットカレーをやるにあたって、僕達はファーストインパクトを大事にしたいと思い、チャールズ氏のカレーを研究し、一見ではわからないカレーの開発に勤しんだ。

 そしたらあっという間に四日間は終わった。


「だから、辛い奴と、辛くない奴は、僕らの努力の賜物で見た目じゃわからないようになっているんだ」

「余計なことしてくれちゃって、まぁいいわ。カレー五皿頂戴」


 五皿ほどの注文が入れば、サイコロを一回振り、六の目が出たら全部辛い奴でいこう。ここは魔王の前哨戦と題して、運試しと行こうか――っ、サイコロを見えないように投げると六の目が出てしまった。


「はいキリコ、ご注文のカレー五皿」

「ありがとう、お代はデュランの付けでいいわよね?」

「ははは、駄目に決まってるだろ」

「ケーチ、ははは、じゃあ早速頂くわね、また後でね」


 A組の面々はカレーをクラスに持ち帰った。

 数秒後、A組から姦しい絶叫が聞こえ、僕はほくそ笑んだ。


 のように、C組が用意したロシアンルーレットカレーは大盛況で。

 午後の三時頃、カレーは見事売れ切れになった。


 教室にいた中嶋教諭の顔を見ると、C組が達成感に喜ぶ様子に満足している。


「よくやった佐伯、そしたら売り子のお前は自由にしていいぞ」

「はい、後学のために文化祭を色々見てきます」

「フ」

「なんです? 唐突に失笑したりして」


「お前は時々馬鹿で、時々年不相応な鋭い発言を言ったりするが、お前だって立派な高校二年生なんだなって思ってな。人間は複雑な生き物で、様々な側面を持っている。私は教師として、生徒達の様々な側面を引き出すのが楽しくて仕方ないよ」


「道楽的かつ哲学的でいいと思いますよ、それでは本日はこれで失礼します」


「ああ、楽しんでこい」


 キリコはどこだろう? ケータイでDM飛ばすと、例の屋上にいるみたいだ。

 僕はキリコに落ち合おうと、早足で屋上に向かい、思いがけぬ光景に身を隠した。


「君部さん、小学校の頃から、ずっと好きでした! 俺と付き合ってください!」


 キリコは、同じ学校の男子に告白を受けている。

 不意に心臓がひっくり返ったかのような動悸がし始めた。


「ごめんなさい、あたしにはすでに決めた人がいるの。だから貴方とは付き合えない」

「……ありがとう、降られるのは分かってたけど、やっぱり君部さんは僕の好きな君部さんだった」


「それってどういう意味?」


「誰にでも隔たりがなくて、人一倍勇気があって、小学校の頃から君のことずっと格好いいなって憧れてたんだ」


「そんな感じなのあたし? ハハハ、笑っちゃう……でもね、あたしも貴方と同じ気持ちを覚えたことがあるの。あたしも憧れの人がいて、その人の背中を今でも追い続けてる。まぁその人と現在進行形で付き合ってるんだけどね。あたしは彼のこと、今でも尊敬してるわ」


 キリコ、今までこういった内容を聞く機会がなかったから、今初めて知ったよ。

 キリコは俺のこと、単なる恋人としてじゃなく、尊敬の念も覚えているようだ。


「いいな、それって、最高の仲じゃないか。僕も君部さんとそうなりたかったな」


 キリコに振られた男子はそう言うと屋上を立ち去ろうとし、僕は物陰に隠れた。


「……そうね、あたしも今改めて感じたけど、あたしデュランのことが大好きなんだなー。結婚したい!! 今すぐにでも! あたしは愛しの人と家庭を持ちたぁああああああい!! それで、生涯、傍にいて、互いに互いを尊敬し合うの」


 僕は、感情を抑えきれず、キリコを後ろから抱き留めた。


「え? 嘘、もしかしてデュラン? いつから見てたのよ」

「そんなの問題じゃないよ、けどこれだけは言わせて欲しい」


 ――キリコは僕の最も大切な人の一人だ。


「その文句は前世の時から何回も聞かされてたわね」

「必ず、キリコとの間に家庭を作り、生涯それを守るから」

「そうね、気長に待ってるわ――イッサ」


 キリコはその時ばかりは、僕をデュランと呼ぶのではなく、日本人の名前で呼ぶのだった。

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