第8話 時に魔王

 模試が終わった翌日の日曜。


 僕は昨日出会った大和なでしこ――白銀しろがねナデシコさんを連れてアロンダイトと行き来できる駅ビル広場にやって来ていた。ナデシコさん、もとい魔王はアロンダイトへの帰還を切実に願っていた。


 僕は知らぬ存ぜぬを貫きとおすつもりでいたけど、魔王は口にしたんだ。


 ――アロンダイトが駄目なら、地球を滅ぼす。


 だから、今日は彼女をここへ連れて来た。


「アロンダイトに帰っても、お前が歓迎されることはないと思うぞ」

「別にいい、私はいつだって己の力で支配して来た」


 聞いた話だと、彼女は転生してからアロンダイトの地に踏み入れたことはないという。そこから僕は今アロンダイトで猛威を振るっている魔王は誰なんだと思い当たった。僕の前世の仲間である、オズワルドやジーニーのどちらかじゃないと願いたいが、真相はわからない。


「じゃあ、行くぞ」

「頼む」


 魔王の言葉を受け、臙脂色の焔に触れる。

 景色は日本の駅ビルのものから、アンドロタイトの青臭い草原へと変わり。

 魔王を見ると、彼女の黒髪が前世の時のように見目麗しい銀髪になっていた。


「嗚呼、魔に満ちている世界というのは、いいな」

「……」

「どうしたデュラン? いかないのか?」


 行く? ってどこに。


「僕はやはりお前を放っておけないだけだ、お前は今ここで始末する」


「一応、何か遭った時のために家の引き出しに遺言を認めておいた。その内容はデュラン、君の存在を匂わす内容なのだが……今ここで私を亡き者にしてみろ、君は何かしらの罪に問われると思うぞ?」


「卑怯だぞ!」


「それはお互い様だ」


 その後、魔王としばらく睨み合うのだが、得も言われぬ空気だ。

 今の魔王は絶世の美女で、前世の時のようなおぞましい雰囲気は感じられない。

 人間、外見で判断しちゃいけないとこの間言ったが、中々どうして難しい。


「デュラン様!」


 魔王と睨み合っていると、最寄り街の冒険者が転移場所にやって来た。

 ここから最寄り街までは距離にして一〇〇キロはあるだけに、彼は呼吸を荒げていた。


「どうしました?」


「キリコさんに言われた通り、街のものが偵察して来たんです、そしたらデュラン様が当時誇っていた聖剣があったらしくて、急いで知らせようと、慌ててここに来ました」


 前世の時、魔王の命を奪う上で重要だったあの剣か。

 街の冒険者は聖剣というが、あれはそんな代物じゃない。


 魔王の方を見ると、無表情で様子をうかがっていた。


「どうしたデュラン、あの剣は君の切り札だろ? 取りにいかないのか?」

「……言われなくても、行くさ。お前はこれからどうするんだ」

「しばらくは君と行動を共にするよ、その方が面白そうだ」


 僕はいつもこうだ。

 実力では伯仲しているものの、相手の手玉に取られやすいというか。

 魔王を相手にしている感覚は、王国のお偉いさんを相手にしているのと一緒だ。


 僕は報告に来た冒険者を担ぎ、いつものように最寄り街まで駆けた。


「おわぁ――――――――――ッッ!」


 背中に担がれた冒険者はスピードが過ぎる余り絶叫してうるさい。

 一方の魔王と言えば、見る影もなく遥か後方にさがった。


 僕達は弟のタイオウの恩恵で、前世の強さを維持しているが、魔王は違ったということか、これはまたとない吉報だ。やはり、魔王を亡き者にするとしたら、今が最大級の好機なのではないか?


 街に着くと、人々が入り口付近で待っていた。


「デュラン様だ!」

「デュラン様ー!」

 などと、前世の時の僕の名前を呼び、大手を振っている。


「よし着いたな」

 と、そこで背中に担いでいた冒険者を下ろす。

「ありがとうございます、けど、もうこれ以上は無理です」


 じゃあ早速、あの剣を回収しに行くか。

 そう思い、今度はこの街から北西にある山を目指そうとしたら。


「……お前、どうやってここに?」


 目の端に魔王の姿が映り、驚きの余り素直に聞いていた。


「手品みたいなものだよ、まぁタネについては明かさないが。君こそ、前世の時同様に強さを維持しているみたいだが、どうやって?」


「お互いに言えないことは山ほどありそうだな」


「そのようだ」


 魔王と駆け引きのような会話を交わしていると、街の子供が不思議そうに魔王を見詰めている。


「デュラン様、このお綺麗な人はどこかのお姫様でしょうか?」

「違うよ、そいつは危険だから、極力関わらない方がいい」

「ふぇ、そうなんですか」


 魔王は怖がる子供をおどすように睨むと、子供は泣いてしまった。


「やめろ白銀」

「今のは君の紹介の仕方が悪かった、私は何もしてない。そうだろ?」

「とりあえず、お前をここに置いておくのも危険だから、一緒に行くぞ。ここから北西の山だ」


 そう言うと、魔王は俺に近づき、背後に回ろうとする。

 魔王の動きを警戒した俺は背後に回ろうとした瞬間、魔王に向き直る。


「できれば、先ほどの冒険者のように私を担いで欲しいのだが?」

「……わかった、乗れよ」

「すまないな」


 魔王を背中で担ぐと、女性特有の馥郁ふくいくがした。

 魔王のくせに、生意気な匂いを放ちやがって。


 あと背中に魔王のおっぱいの感触がして、ぞわっとした。

 女性のおっぱいに触れられた喜びと、だが相手は憎き魔王という憎悪が反発しあっている。


「……鳥肌が立ってるな、デュラン」

「それはいいから、行くぞ、しっかり捕まってろよ」

「ああ」


 ああ、と魔王が言った瞬間、密着度が深まり、彼女のおっぱいの輪郭が十全と把握出来てしまう。不意に、脳裏に彼女の裸が浮かび、股間に血流が集中していくかのようだ。


「あぁあああああああああああッ!!」


 俺は一体何を考えているんだ! くそう! くそう! ヤメテクレ!

 例えそれがオスの本能だったとしても、相手を選んでくれ!


 煩悩に支配された意識で目的地に向かうと、ものの十分で着いてしまった。


 俺は速やかに魔王を下ろし、例の剣の気配を辿る。


「こっちだな」

「そうだな、こっちの方からただならぬ邪気を感じる」

「魔王の癖に邪気を感じるのか、一番穢れてるのはお前だろ」

「そうは言うが、デュランはさっき私でよからぬ妄想をしてただろ?」

「するはずがない……!」


 くそ、バレている。

 とりあえず反論はしておいたし、ここは何か起こる前に剣を探そう。


 見た所、ここは岩肌が目立つ渓谷のようで、なんであの剣がここにあるのか定かじゃない。あの剣は生命の生気を吸って真価を発揮する、危険な代物だから、誰かがここに捨てたんじゃないだろうか?


 魔王の襲撃隊は、自分達でこの剣を回収しようとしたものの、それが出来なかったから、せめて人間に回収されないよう、街を襲撃し、引かせようとしていたのだろうという推測が立つ。


「あれか」


 剣は渓谷の中腹に無造作に捨てられていて、蒸気を立ち昇らせていた。

 諸刃の剣すぎて、俺にあの剣を託した賢者にも一度文句を言ったことがある。


「ちょっと回収して来る、お前は下がってろ」

「わかった」


 魔王に余計なことされないよう忠告すると、素直に応じた。

 こういう時の魔王は何かしら企てていそうだ、警戒しよう。


 剣の下に向かうと、剣は俺に気づいたかのように力をこちらに集中させた。

 まるでブラックホールに呑み込まれるように、体が持っていかれる。


 傍まで近寄り、柄を手に取り、刃こぼれしてないことを確認した。


「久しぶりだな、俺がいない間、どうしてた?」


 と聞いても、剣は喋らない。

 喋らないが、剣から温かいオーラを感じる。

 まるで懐かしい知人を家に向かい入れるかのような、そんな親近感だ。


 それはそうと、魔王はどうしてる?


「……やっと気づいたか、デュラン」


 背後にいた魔王の方を振り向くと、大きな鎌を持ったローブ姿のモンスターに捕らえられていた。


「一応聞くけど、何してるんだ?」

「その剣を、離せ」


 モンスターは剣を手放すよう指示している。

 いう事を聞かなければ魔王の命はないと言いたいのだろう。


 ――が、甘いな。


「疾!」


 俺は魔王を捕らえていたモンスターに奇襲を仕掛け、一撃でほふってみせた。

 この辺のモンスターは弱いのは、幾度か受けた魔王軍の襲撃で見越していた。


 魔王は身体を手で払い、モンスターの瘴気を取り除いていた。


「すまないな、今の私ではあれすら手に負えない」

「正直、お前をここに連れて来たのは失敗だったな」

「いいや、正解だった。デュラン、前世のことはお互いに水に流そうじゃないか」

「……まぁいいや、お前の実力じゃ前世の時のような真似は出来そうにないしな」


 今回アロンダイトに来てわかったことは、魔王は文字通り死んだ。

 前世で俺と一緒に死に、魔王の力は失われ、世界は平和になった。


 なら俺としては、彼女の言う通り、前世のことは水に流しても不満はないよ。

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