第7話 時に模試

 翌日の金曜日、登校するなり僕は職員室に向かった。

 職員室の扉の前で声を張って「失礼します!」というのが生徒のマナーだ。


「佐伯じゃないか、どうした?」


 すると手の空いていた数学担当の穂山教諭が受け答えしてくれた。


「中嶋先生はいらっしゃいますか」

「佐伯、私はここだ、こっちに来い」


 中嶋教諭は自分のデスクから僕に来るよう言いつけていた。

 あの人、下手なモンスターよりも殺気に満ちているからやっぱモンスター。


「中嶋先生、凄い怒ってるじゃないか、何をしたんだ?」

「ちょっと事情があって」

「まあ、頑張れよ佐伯、お前はまだ二年生だけど、来年は受験だしな。お前の成績だったら一流大学にだって受かるよ。そのぐらい努力してたもんな」


 ……う!

 あのモンスターや、母さんとは違い、穂山先生はなんて温かい言葉を掛けてくれるんだ。


 目に涙を溜めて中嶋教諭の下に行くと。


「穂山先生は何て?」

「来年は受験だけど、僕の成績なら一流大学にも受かるだろうって、応援してくれました」

「ふーん、それはそれでお前の偉い所だと私も思っているけどな」

「嘘だ!!」

「なぁ、なんで私にだと舐めた態度になるんだ?」


 は!? しまった、中嶋教諭を前にすると、つい本音が漏れてしまう。


「お前の問題は、ここ最近の夜遊びだろ? 日本は治安がいい方だとは言え、子供が夜出回るのは危険だし、何か遭った時、お前達は自分で責任を取れないんだ。だから私達は怒ってるんだ……で、反省文は書いて来たのか?」


「この度はすみませんでした」


「よく言えたな、反省文は今日の放課後読ませて貰う、今後は控えるように」


 中嶋教諭に頭を下げ、職員室から出る時も一礼をする。

 そのまま二年C組の教室に向かい、一時限目の授業の準備をした。


 するとキリコがA組からやって来て、意地悪そうに笑っている


「昨日あれからどうなったイッサ」

「僕はもうアンドロタイトに行かない、向こうの世界とはお別れだ」

「それは、薄情でしょ?」

「君は知らないだろ、僕が昨日どんだけ怒られたのか」

「ああ、やっぱ怒られたんだ。可哀想なデュラン」

「だからその名前で呼ぶなって何回言ってると思ってるんだ」


 キリコは何度言っても僕をデュランと呼んでしまう。

 もうこれ以上彼女のその癖に突っ込むのはやめよう、諦めよう。


 キリコに少し失望していると、予鈴が鳴る。


「じゃあまたね」


 キリコは颯爽とA組に帰って行き、すれ違いに中嶋教諭がやって来た。


「お早う御座います、昨日、この学校の生徒で夜遊びしている所を先生に捕まった奴がいたんだけどな? その生徒は特に理由もなく、夜な夜な他校の生徒と遊び惚けていたらしい……確かに君達の中には遊びたい盛りの者もいるだろうけど、だったらどうしてこの学校に通ってるんだ? 君達には今一度、この学校に通っている理由を考えて欲しい」


 ぐぬぅ、正論ぶりやがって。


 僕がこの学校で勉強に明け暮れているのは、前世とは違い、ゆっくりと人生を謳歌したかったからだ。最初、地球の文明に触れた時の感動は今でも覚えている。人類は剣や魔法などなくても、繁栄できる。


 僕は与えられた新たな人生をつかい、何にも縛られることなく、文明の発展の一助になりたいのかもしれない。政治方面でもいいし、科学方面でもいい。そのためには良い大学に受かっておけば人生の舵も切りやすくなるだろう。


 ならば勉強だ! 勉強に魂を籠めるんだ!


「所で、明日の模試を受けるものはいるか?」

「あ、僕受けます」


「佐伯と、矢田と、古谷と、以上か? 今回は最寄り駅から私が送迎してやれそうなんだが、どうする?」

「結構ですぅー」


 そう言うと、中嶋教諭は僕を睨みつけた。


「佐伯、お前がいる以上、強制的に送迎するからな。という事で、今言った三名は明日の八時五〇分に駅前に集合するように」


 くそう、僕は完全に中嶋教諭に目をつけられてしまった。

 昨日の一件で内申点は最悪なものになったとみなしていい。

 つまり、僕の受験は推薦だとまず無理。


 他の受験生と同じで、一般受験で勝負するしかない。

 明日の模試はより本番に近いものとされているので、今日はさすがに勉強を頑張ろう。


 § § §


 ――そして模試の当日である翌日の土曜日。


 僕はクラスメイトの二人と駅前で落合い、中嶋教諭が運転する車で模試の会場に向かった。そこは駅からちょっと離れた学習塾のビルで、中嶋教諭の発破を受け、僕は整理番号通りの席に座った。


 模試会場の試験部屋は緊張感が漂っている。

 この張り詰めた空気、僕は意外と好きだな。


 空気に乗って自分の気持ちが引き締まってさ、ちょっとした新鮮な空気を味わえる。


「なあ、あの女子綺麗だな、この後で声掛けてみようぜ」

「止せよ、どうせ俺達じゃ無理だって」

「やってみるだけ価値はあるだろ?」


 同室していた他校の生徒の会話が聞こえ、僕も彼女を視界に入れる。


 彼女を一言で形容するなら大和なでしこ、さらさらとした綺麗な黒髪からこの言葉を一瞬にして思い浮かべた。彼女が通った後は花が咲き乱れたかのように、清廉とした空気が生まれている。


 どうやら彼女の席は僕の隣だったようで、清楚な匂いと共に腰を下ろしていた。


「…………あの」

「はい?」


 彼女は席に座ると同時に僕に声を掛ける。


「シャーペンを貸して頂けませんか? 家に忘れて来ちゃったみたいで」

「ああはい、粗末なものですが、どうぞ」

「ありがとう御座います」

「消しゴムも必要ですよね? どうぞ」

「ありがとう御座います、用意がいいんですね」


 彼女はお礼を連ねると優しく微笑んだ。彼女の微笑んだ姿に一瞬、心臓が跳ね、周囲の男子の注目を浴びるだけはあると、女性慣れしている僕も彼女の外見は認めていた。


 次第に模試の試験用紙が担当官の手によって配られ。

 プリントに欠損がないか確認を取ると、模試は開始された。


 § § §


「はい、終了です。この後は昼食休憩となります。各人昼食を摂ったあと、速やかにここに戻って準備してください。午後も頑張りましょう、それではお疲れさまでした」


 昼食か、何を摂ろうか。

 僕の家庭は普段からお弁当という習慣がないから、今回も外食だ。


「あの、もしよければ私と一緒にお昼摂りませんか?」

「え?」


 僕に一緒にお昼を摂らないかと声を掛けたのは、さきほど筆記用具を貸した大和なでしこだった。一瞬逡巡したけど、折角誘われたのだから、断るのも失礼だよなとは思う。


「……いいですよ、ここらへんの土地勘はあるんですか?」

「はい、ここは私の地元になるので、何が食べたいですか?」

「ハンバーグ定食があれば、でも重たいですかね?」

「いいですよ、案内します」


 言われ、彼女について行くと隠れた名店の雰囲気を放っている店に案内された。

 この店は事前に知らないと、探すのすら苦労するような場所だ。

 それが故に、僕は料金設定が気になり、自分の懐事情と見合うかドキドキした。


 店に入り、テーブルに通された後すぐにメニューと睨めっこする。

 大和なでしこさんはその光景を不思議がっていた。


「どうしました?」

「いや、値段高いのかなって気になって」

「心配しなくても、ここは私の奢りでいいですよ」

「いやいやいや、それはさすがに悪いので」


 ぱっと見た限り、払えなくはないから問題なし。まぁ、今月は節制しよう。

 ちょっとした心配は多少の漢気と、勇気ある節約の判断で乗り越えられた。


「く、はは」


 大和なでしこさんは唐突に笑い始めた。

 何がおかしいのかわからなかった僕は、釣られるように笑みを浮かべた。


「何がおかしいんです?」

「いや、私は君の正体に気づいているのに、君はまったく気づかないのが愉快で」


 なんだと……? じゃあ僕がいま対峙しているのは前世の時の仲間か。


「オズワルド? それともジーニー?」

「違うよデュラン」


 遊び人気質の放蕩息子のオズワルドでもなければ。

 魔法に魅入られ、魔法廃人とまで呼ばれた魔法狂のジーニーでもない?


 とすると、この子は誰なんだ?


 大和なでしこさんの顔を見ても、耽美にふけるばかりで。

 前世のことをつい失念してしまう。

 怖いほど怜悧な造形の唇が開いた瞬間、僕は心を荒げた。


「私は魔王だ。君と相打ちになってアンドロタイトを去った宿敵だ」







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