第14話 「いつもありがとうございます。」

 〇小野寺真吾


「いつもありがとうございます。」


 親父の初七日。

 今日も、俺が知らなかった親父の元仲間の人達が来てくれて。

 特に東さんは…何も分からない俺とケンゴをサポートしてくれてる。



「俺がしたくてしてるんだから、お礼なんていいよ!!」


「でも…」


 親戚だって、こんなにはしてくれない。

 まあ…親戚とは元々そんなに付き合いなかったから、仕方ないんだろうけどさ。


 俺は、親父の遺影に手を合わせる東さんの背中に、そっと頭を下げた。



 親父と二人きりで暮らして来た。

 何不自由なく、ではなかったかもしれないけど、俺は特に不満はなかった。


 ベッタリな親子関係でもなかったし、かと言って放任過ぎたわけでもない。

 悩んでる時には『どーした?あ?』って聞いてくれてたな…

 そう思うと、親父は俺の事、ちゃんと見てくれてたんだな。



 小学生の時、アイドルに憧れた。

 クラスでもまあまあモテた俺は、周りからの冷やかしの声もあって、アイドル養成所に入りたい。と親父に打ち明けた。

 バカにされるかな…と思ったけど。


「アイドルか!!ま、やれるだけやってみろ!!」


 意外にも、親父は賛成してくれて…養成所の門を叩いた。


 そこで、ケンゴとまさかの再会。


 自分が双子だって事も忘れてた。

 目が合った瞬間、あれ…こいつ…って思ったのはケンゴも同じで。

 俺達は離れてた時間を埋めるかのように、一緒に過ごすようになった。


 再会しても、お互いの親には報告しなかった。

 そして、いくら離婚が珍しくない世の中と言っても、俺達はそれを口外しないと決めた。

 それはたぶん…


 俺達が、両親の離婚の理由を知らなかったし、知るのが怖いと思ったからだ。



 中学生になると、ケンゴと同じグループになった。

 これが後のバックリこと、Bad Creaturesだ。


 さすがにメンバーの名前や写真を見て、親も気付いたはずだけど。

 俺もケンゴも何も言われないままだった。


 母親は再婚して、ケンゴには妹がいる。

 まあ…俺にとっても妹になるんだけど。

 一度も会った事はない。


 母親にも。



 学校が終わるとレッスン漬けの毎日。

 先輩アイドルの後ろで踊らせてもらえる事もあったけど、まだ小さかった小学生グループの方が人気があるから、と…俺達はなかなかその場にも立たせてもらえなかった。


 屈辱の中、何度かメンバー交代もあった。

 自分はグループに合わない。と辞めた奴もいるし、ここまでやって芽が出ないなら、もう無理だ。って諦めた奴もいる。


 確かに、15になってもバックリは後輩の背中を見る日が続くばかり。

 それでも、諦めなかったのは…


 アイドルとして成功して、親父に恩返ししたい。って気持ちが、少なからずともあったからだ。

 俺の夢、笑わずに聞いてくれた。

 応援してくれた。

 熱いそれじゃなくても、ちょうどいい距離感に俺は感謝してた。



 だけどー…


 親父に最初の異変が起きたのは…俺が高校生の時だった。


「…親父?」


 冬の寒い日に。

 半袖一枚で仕事に行こうとした親父。


 デビューできない苛立ちに荒んでた俺を笑わせようとしてるんだな…と思った。

 だけど…


「冗談だろ。何やってんだよ。一月だぜ?頭おかしいんじゃね?」


 つい、冷たく言って背中を向けた。


 あっははは!!

 やっちまったー!!


 そう返って来ると思った言葉が出て来ない。

 背後に落ちる無言を不思議に思って振り返ると。

 何の事だ?と言わんばかりの、親父の顔。


 しばらく見つめ合った後、動こうとしない親父に不穏な空気を覚えた。


 それでも、それ以降は親父もまともになって。

 俺も学校とレッスンに励んだ。



 もし高校卒業までにデビューが決まらなかったら…バックリは解散。

 誰も言わなかったけど、メンバー全員がその覚悟はしてたと思う。

 だからこそ、みんな一日一日を大事にして頑張った。


 その甲斐あって、バックリのデビューが決まった。

 俺が高校三年の二月だった。

 就職先も考えてたメンバーもいて、リミットが迫ってからのそれには全員で抱き合って泣いた。


 この日を忘れずにいよう。と、約束したのに。

 俺達バックリは、デビューしてすぐに売れて。

 だんだんと傲慢になった。

 事務所からの『常に堂々としてろ。なめられるな。こっちがなめてやるんだ』の言葉に乗せられた感もあるけど、そんなのはキッカケに過ぎない。



 歌に映像に写真集にグッズ。

 何を出しても売れる。

 ここまでの苦労が全部報われた。

 デビューして三ヶ月でこの状態だ。

 俺達、もしかしたら世界にだって行けるんじゃねーの?

 そんな錯覚もした。


 毎日ハードで、家に帰れない日もあった。

 事務所に泊まったり、メンバーが一人暮らしを始めたマンションに泊まったり。


 ああ、いいな。

 俺も一人暮らししようかな。


 そう思い始めながらも、久しぶりに自宅に戻ると…


「…何だよ、コレ。」


 家が荒れてた。


「…親父、どうしたんだよ…おい…」


「……」


「親父?…」


「…どちら様ですか…」


「…は?…」


「……ああ…健吾か…」


「……」


 その時、俺の心が凍り付いた。


 ケンゴなんて…ずっと離れてたのに。

 親父と居たのは俺なのに。


 家を片付けて、その夜は親父と眠った。

 翌朝には親父も普通になってて…だけど物忘れが半端ないのが気掛かりで。

 ネットで調べたら…認知症とかアルツハイマーとか、嘘だろ?って項目に当てはまり過ぎて不安になった。


 なるべく毎日家に帰るようにした。

 時にはレッスンを休む事もあった。

 でも、俺が出来る範囲で尽くしたところで、親父の症状は良くなるどころか悪化の一途をたどるばかり。


 なんだこれ。

 悪い夢か何かか?

 俺、何かしたか?

 やっとデビューしたのに。


 何だよ、このジジイ。

 俺、一応アイドルなんだぜ?

 こんなの…俺には相応しくねーじゃん。



「シンゴ君…悪い事は言わないから、お父さんを病院に連れて行ってあげてよ…」


 デビューを喜んでくれてた近所の人からも、そう言われるようになった。

 俺がいない間に、親父が徘徊するからだ。


 ああ、もう俺の手に負えない。

 でもバレたくない。

 アイドルの親父がこんなだって。



「健吾~…健吾~…」


「……」


 毎日口を開けばケンゴの名前。

 目の前にいる俺を見てるわけじゃない。

 それが…俺を惨めにさせた。


 …もう、疲れた。


 そう思って…病院に連れて行ったが。


「いつからこういった症状が出てましたか?」


 医者にそう聞かれた時…俺は責められてる気がした。

 一緒に居たくせに、と。


 どうして、一月のあのクソ寒い日に気付かなかったんだ。

 どうして、親父が俺を『健吾』と呼んだぐらいでムキになったんだ。

 どうして、俺が全部背負わなきゃいけないんだ。

 どうして…


 どうして、健吾の名前を呼ぶんだよ…!!


 俺のメンタルはズタボロだった。



 メンタル不調は絶対にバレたくなかった。

 だけどレッスンを休みがちになった事で、ケンゴに理由を聞かれた。

 自分の体調不良って嘘は、さすがに通用しないほどになってた。


「……親父が入院してる。」


「え…」


 見舞いに行くって言われたら…どうしよう。


 一瞬、そんな考えが頭をよぎった。

 ずっと一緒にいた俺の事すら分からないのに、親父はケンゴの名前だけを呼ぶ。

 もし親父がケンゴだけを認識したらどうしよう…

 そんな、嫉妬と思える感情に苦しめられた俺は、少しだけケンゴにも冷たく当たってしまったと思う。


 だけどケンゴが一人で見舞いに行く事はなかったし、一緒に行き始めた頃には親父は寝たきり。

 二十数年ぶりに会ったケンゴに、無反応だった。


 …それが…せめてもの救いだ…って思ったなんて…



「……っ……」


 涙が止まらない。


 俺は、バックリで傲慢になったわけじゃない。

 たぶん元々こんな性格だったんだ。


 ケンゴを嫌いなわけじゃない。

 むしろ再会できて嬉しかった。

 一緒に生まれて、離れてもまた繋がれた。

 これからも一緒にやっていきたいって本気で思ってる。


 …俺、こうして改めて考えると…ちっせーな…

 親父の命が懸かってたのに…

 変な嫉妬なんかしてさ…

 あんなにケンゴの名前呼んでたんだから、まだ少しでも分かる間に会わせてやれば良かったのに…


 …でも、親父がいけないんだぜ?

 ずっと一緒に居たのは…


 一緒に…居たのは…



「………お…親父ぃ…」


 遺影の前に、膝をつく。


「…ごっ…ごめん……ごめんな…!!俺、親不孝者で…ごめんな…!!」


「……」


 隣に、東さんの気配。


「あの時…もっと早く…病院に連れてってれば…あの時…ケンゴにも…早く会わせてたら…」


 どうして、あの時隠したいって思ったんだよ…


「俺…どうしたらいいんだよ…こんな…取返しつかない…親父…!!」


 どうして、健吾って呼ばれて腹立てたんだよ…


「謝らせてくれよ…!!それ…それに…昔の話、聞かせてくれよ…!!」


 どうして、どうして…!!


「親父の…っ…親父の…思い出とか…さ…聞きたかっ……」


「……」


 ポン、と…

 頭に、手が触れた。


 泣きながら見上げると、東さんも泣いてて。


「…辛かったね。シンゴ君。」


 視線は遺影に向いたままの東さんが、俺の頭を撫でながら言った。


「そして、たぶん今からも辛いよ。してあげたかった事は、もうできないからね。」


「っ……」


 その言葉が、胸に刺さった。

 全部終わってから気付くなんて、本当にバカ過ぎる…


「でもさ、それを抱えて生きていくしかないんだよ。時間は無限じゃないからさ。」


「……」


 …時間は無限じゃない。

 確かにそうだ。

 親父は東さんと同じ歳。

 本当なら…もっと長生きだって出来た。


「それに、一番近い人には甘えるもんでしょ?小野寺君、きっとシンゴ君に甘えてたんだよ。」


「…そ…んなの…親父、俺になんて…全然…」


「きっと無意識にでもさ、『シンゴは許してくれるから』って思ってたんじゃないかなあ。」


「…そんなの…っ…俺は…っ…」


 下を向くと、面白いほどに零れ落ちる涙。


 ああ…やばい。

 早く落ち着かないと…

 買い出しに行ってるケンゴが戻って来る…


 だけど、後悔が止まらない。

 俺のそれが、堰を切ったように溢れ出る。


「俺なんか引き取って…バカだよ…親父…親父…!!」


 吐き出すように言うと。


「…バカ言うなよ!!」


 背後にケンゴの刺さるような声。


「……ケンゴ……」


 慌てて涙を拭って振り返る。

 だけどそんな事したって手遅れなのは一目瞭然。

 いつからそこにいたのか、ケンゴは俺より涙も鼻水も垂らしまくってて…

 さらには、両手を握りしめて…怒った顔で俺を見据えてる。







 〇斉藤健吾


「親父ぃ…ごっ…ごめん……ごめんな…!!俺、親不孝者で…ごめんな…!!」


 俺はー…シンゴの剣幕に、動けなくなった。


 シンゴはいつもクールで…

 俺が一人で父親に会いに行けない間も、シンゴは当たり前みたいに病院に通ってた。

 それなのに…それのどこが親不孝者なんだよ…



「俺…どうしたらいいんだよ…こんな…取返しつかない…親父…!!謝らせてくれよ…!!それ…それに…昔の話、聞かせてくれよ…!!親父の…っ…親父の…思い出とか…さ…聞きたかっ……」


 残ってくれてた東さんが、シンゴの頭を撫でながら慰めてくれてる。


 …シンゴにこんなに負わせてしまってた事…気付けなかった。

 いつだって『大丈夫』しか言わなかったから…


「俺なんか引き取って…バカだよ…親父…親父…!!」


 シンゴの嗚咽交じりの言葉に、俺の涙腺だか感情の壁だか何か分からない物が決壊した。

 腹の底から沸き上がる、怒り…いや、何だこれ…


 何か分かんねーけど…

 ただただ、もどかしくもあり…


 …悔しい…!!



「…バカ言うなよ!!」


 気が付いたら叫んでた。

 もう、涙で視界もボヤけまくってる。


「……ケンゴ……」


 俺はツカツカとシンゴに近寄ると。


「バカ言うなよ!!お…おまえ一人に背負わしてた俺が…俺が言える立場じゃ…ねーかもしんねーけどさ…!!」


 声も身体も震えて仕方ない。

 だけど…

 だけど、言わなきゃいけない…!!


「俺…おまえ…っ…シンゴは、親父に選ばれたんだって…ずっとそう思ってて…」


「…え…っ…」


「羨ましかった…正直…俺、いくら新しい父親が優しくても…親父は…シンゴを選んだって…ぶっちゃけ…妬んでた…ごめん…」


「……」


「だから…無意識に…さ…避けてたと思う…見舞いだって…全然…おっ…おまえに…全部押し付けて…」


 口にした途端押し寄せて来た後悔の波。

 今更戻せない時間の重さが、ズン…と強く胸に突き刺さった。


「…遺影の前でさ、一緒に飲みながら本音言ったら?」


 ふいに…東さんが俺達の前に缶ビールを差し出して。

 一本を遺影の前に置いた。


「俺は帰るよ。また事務所で会おうね。」


 赤い目の東さんは、俺達にそう言うと。


「小野寺君、見ててあげてよ。君の息子ちゃん達、これからビッグになっちゃうからさ!!」


 遺影に向かってビシッと親指を突き出した。


「あ…ありがとうございました!!」


 シンゴが立ち上がって、深々とお辞儀する。

 俺も慌ててシンゴに並んで頭を下げると。


「…期待に応えたいです…親父が続けたかったかもしれない事、分からないけど…俺達はやって行きます…」


 涙声のシンゴが、俺の背中に手を掛けて小声で言った。


 …その言葉に泣くしかできない俺…



 シンゴ。

 俺、自分に都合のいいように言い訳ばかり考えてた…

 ごめんな…



 東さんが帰って行って。

 俺とシンゴは遺影を前に、ビールを開けた。


「…献杯。」


「うん…献杯。」


 コン…と缶を合わせて、ビールに口をつける。


「…シンゴ…」


「ん?」


「いっぱい聞かせてくれよ。親父がどんな人だったか。」


「…じゃ、何か出前でも取るか…」


「え?」


「俺だって、母親と…妹の話を聞きたい。」


「……だな。」



 それから俺達は…今まで暗黙の了解としていた家族の話をした。

 親父の死は悲しいし、自分の持っていた感情には後悔しか湧かないけど。

 東さんの言った通り…時間は無限じゃない。


 辛さも後悔も抱えたまま。




 だけど俺達はそれを何かに変えて。




 生きていくんだ。

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