第13話 「あっ。」

〇里中健太郎


「あっ。」


スタジオに入ると、そこにはThe Darknessで鍵盤を担当していたー…


「あ、えーと…園部さん。」


「はっはい…真子です…っ…」


「…真子ちゃ…さん。」



そう。

園部真子。


このバンドには園部が三人いる。

父親の真人、娘の真子、息子の弓弦。


「早いね。」


担いでたギターを下ろしながら言うと。


「あはは…ええ…もう…緊張しちゃって、個人練してました。」


意外な言葉。


夏の陣では、Leeのバックに徹してたとは言え…あれがあのバンドの初ステージとは。

今、鍵盤奏者として島沢親子を抜くのは杉乃井幸子と言われてるが、個人的には違う立ち位置で園部真子の能力の高さも引けを取らないと思っている。



「思いがけずこんなジジイと組むことになって、申し訳ないな。」


「ジジイだなんて!!」


「……」


強く否定されて、つい固まってしまうと。


「あっあああ……えと、うちの父はもっとジジイなので…」


…そうだった。

園部真人。

俺より年上だ。


「お父さんにはオフレコで…」


人差し指を立てて言うと。


「あー…ふふっ…はい。」


初めて、笑顔になってくれた。


園部真子。

男子高校の化学教師。だった。


まさか、バンド一本にするために退職するなんて。




「………」


取り出したギターに触れる。


自分がまたバンドで歌う事になるとは…

そんな事を思いながら準備をしてると。


「…小野寺さん…残念でしたね。」


遠慮がちな声が背中に届いた。


「…そうだな。」


口ではそう言ったが…

ずっと小野寺を支えて来たシンゴの事を思うと、これで良かったのかもしれない。とも思う。


小野寺だって…きっと、我が子には自分の夢を追う事に時間を費やして欲しいはずだ。

…子供のいない俺が勝手に思うだけだが。



「……」


ふと、左手を見る。


…小野寺の病室で歌った、あの日。

あいつの手は無意識にベースを弾く動きを見せた。


歌ってる俺と、静かに小野寺を見つめてた神以外。

その場にいたみんなが、その光景に笑いながら泣いた。

「どんだけしみついてんだよ!!」なんて言いながら。

自分の膝を叩いてた京介も。



俺はー…

あのストリートで。


「SAYSを辞めてまでやりたかった事がコレかよ」


小野寺に、そう言わせてしまった自分が悔しくて情けなくて。

今の俺の歌い方で、『Goodby Regret』を歌った。


自信がなくて、自分の歌を疑ってた俺の事…おまえ、あの時見抜いてたんだよな。

あの頃とは違うけど、おまえが失望した俺とは違うだろ?


不思議な縁と…そして、超強力なお節介という名の愛あるビートランド人達に支えられて…ここまで来れた。

俺、ずっとおまえに胸を張りたかった。

そして、また一緒に…って、もし、お前が思ってくれるなら…って。


それはどうやら叶いそうにはないけど…


聴けよ。聴いてくれよ。



そう願いながら。



小野寺が目覚める事はなかった。

だが、結局小野寺はあの日から三日生きた。

シンゴとケンゴがピックを触らせると、ほんのり口元を緩めて。

そのまま…息を引き取った。



「ちーっす……っと…」


ふいに、ベースの弓弦が軽い感じで入って来て。


「あっ、社長…あー…えーっと…おはようございます…」


俺を見て、少しはだけてたシャツを右手で合わせた。


「そんなに硬くならなくても(笑)」


首をすくめて言うと。

弓弦はブンブンと首を横に振って。


「いやーっ…社長ですよ?それに…」


「それに?」


「ポスト高原夏希って言われてる人っすよ?」


腕組みをして、自慢そうに言った。


「……は?」


「あれ?知らないんすか?」



はああああああ!?




〇浅香京介


「ったく…」


今日は小野寺の初七日。

俺は親の時も、じーさんの時も何もしなかったからー…

シンゴとケンゴがテキパキと色んな事をこなしてるのを、つい物珍しそうに眺めてしまった。

そして、尊敬もした。


おい、小野寺。

こいつら本当におまえの息子かよ。

なんて、遺影に心で語りかけたりもした。



「別にボヤく事じゃねーだろ?光栄に思えよ。」


グラス越しに神を見ながら、里中が言う。


「ポスト高原夏希だなんて…それは俺じゃなくて神の方がふさわしいだろ。」


どうも、先週ぐらいからSNSに登場したワードにビビってるらしい里中。


「あ?俺はポストなんかじゃねーからな。唯一無二のボーカリストだ。」


「…すまん。そうだった。」


「ま、一度リタイアしたお前にはちょうどいいだろ。」


「神、言い方。」


「ははっ。」


……

二人のやり取りを聞きながら、無言でワインを飲む。


流れで、神と里中とで珍しくうちで飲むことになった。

聖子はSHE'S-HE'Sのリハでいねーし。

まあ、こいつらと飲むのも…久しぶりだしな。


小野寺の所に行ってからというもの…

何となく、自分の中で何かが変わった気がする。

明確な名前なんてない、何か。

それが俺の中に生まれてー…



「…ビビんなくていいだろ。おまえは…里中は、ちゃんとしたボーカリストだよ。」


そう、小さく言葉を落とすと。

里中は目を見開いて。

神は、笑いを我慢してるようだった。


「…ポスト高原夏希、上等じゃねーか。恐れ多かろうが、それを武器に世に出ればいいんだよ。それが高原さんへの恩返しでもあるし…」


「あるし?」


神!!

面白がってんな!?


「…小野寺の供養にもなる。」


「……」


「……」


ああああああ!!


何だって俺は…!!

こんな暑苦しい事を…!!



「やっと、思ってる事を口に出来るようになったな。」


トクトクトク…と、神が自分のグラスにワインを注ぐ。


里中はと言うと…

俺から放たれたストレートな言葉に…


「えっ…と…まあ、そう…だよな…うん…」


照れてる。


あー!!

照れんなよー!!



「じゃ、そういう事で。」


ふいに神が立ち上がった。


「ん?」


「何だ?」


「冬の陣は、小野寺の追悼も込めてSAYS決定な?」


「!!」


「!!」


「乾杯。」


神がグラスを上げて、一人ほくそ笑む。

俺は里中を見て…


「…よ…」


「…よ?」


「よっしゃあああ!!やってやろぜ!!里中!!」


拳を握って言った。


「…ああ。そうだな。」


何なら少し涙目の里中。

なんだよこいつ。

大器晩成型ってやつだな。

マジで…


あー…


色んな感情が渦巻いて、ソワソワする。

シンゴとケンゴを手伝うって残ったアズ、早く来ねーかな。

それか、聖子が帰ってくれたら…


「冬の陣の前に、あれもこれもあるな。」


「……」


ふいに、里中の言葉に現実に戻される。


「リトルベニスに行って遊んだ分も、取り戻せよ?」


突然社長に戻った里中の言葉に。

俺と神は目を細めるしかなかった。




〇高原さくら


「わー!!それ素敵!!」


少し酔っ払った千里さんが会長室に現れて。

『冬の陣にSAYSも出ます』なんて言うから…

ついついバンザイなんてしちゃう。


「ベースは誰に弾いてもらう?」


「丹野さんみたいに、映像班の技術で小野寺を立たせてもらえませんかね?」


「あっ、なるほど。」


「もしくはー…」


「シンゴくんかケンゴくんだよね。」


「ですね。」


思ってた事が一致して、二人で笑い合う。


小野寺君が亡くなって、何となくだけど…圭司さんも千里さんも、元SAYSの里中君も京介君も少し変わったように思う。

同世代の死に、少なからずとも思う所はあったんだろうな…



「千里さん、今日は何もないんじゃ?」


ふと、休んでいい日なのにここにいる千里さんに言うと。


「ないっすね。SHE'S-HE'Sがリハしてるから、終わったら知花と飯でも行こうかと。」


何だかギュッとしちゃいたくなるような返事。


「素敵サプライズ♡知花、きっと喜ぶ。」


「俺、何度も失敗してますからね。もう繰り返さないようにしないと。」


「ふふっ。大丈夫。今の千里さんなら。」


あたしの言葉に千里さんは親指を突き出して。


「じゃ、スタジオ覗いて来ます。」


踊るような足取りで、会長室を出て行った。



「……」


千里さんの残像を見つめながら、椅子に座る。


毎日、色んな事がある。

楽しい事も、辛い事も。


…きっと、あたしにもー…そう遠くない未来に訪れる。

考えたくもない別れ。


その時あたしは…

どうなっちゃうのかな…。



#####


スマホの着信に浮かんだ名前。

それに少しホッとしながら応える。


「もしもーしっ。」


『こんにちは。今話していいですか?』


「うん。大丈夫だよ。」


『会長室…ですか?』


「見なくても分かるなんて、今の二階堂すごい…」


『いやいや、さくらさん、自宅かそこにしかいないじゃないですか』


「あっ、なんかつまんない!!あたしもう遊びに行っちゃおうかな!!」


『つまんないって(笑)あの、もう少し居てください』


「え?」


『今からー…大事な話をしに伺います』



電話の相手は…海さん。


『大事な話』に、少しだけ背中がピリッとした。



それはー…

何の話だろう…?






〇二階堂咲華


「ふう…」


広縁に座ってお腹を触ってると。


「ママ~。」


リズがバタバタと走って来て。


「こえ、ノンちゅくってくえた~。」


髪の毛に留めてある花のピンを指差して、ドタバタと回った。


「あら、可愛い。良かったわね。」


「パチして。パパにみしぇて。」


「はーい。じゃこっち向いていい顔して?」


「にー。」


両頬に指を当てて、『にー』と言いながら目を見開くリズ。

たまに父さんから『可愛いと言うかホラーだ』なんて言われるけど、これはこれで可愛いのよ…


「送信…っと。」


リズの写真を海さんに送信。

仕事中かもしれないし、すぐに連絡があるとは限らないのに。


「パパ、わらってゆ~。」


リズはそう言いながら、あたしのスマホを覗き込んだ。


「?うん。きっと笑っ」


#######


「ひゃっ!!」


「きゃはは~!!ママ、ビックリしてゆ~。」


リズの頭を撫でながら。

着信の相手に笑顔になる。


「海さん?仕事中じゃないの?」


『ふふっ。あ、咲華』


ふふっ。って。

本当に笑ってた(笑)

リズ、すごいな。


『実は今、本家に戻ったとこ』


「え?帰国してるの?」


『本当についさっき。ここからは任務だから詳しい事は言えないけど…落ち着いたら話すよ』


「うん…」


『それより、写真…リズ、最近あの顔が気に入ってるんだな』


「みんなが笑うのが嬉しいみたいで…」


『サービス精神、見習わないといけない』


「全くです…リズに代わるね?」


隣でウズウズしてるリズにスマホを手渡すと。


「パパ~!!いちゅあいにくりゅんでしゅか~!?りじゅ、ノンのこになりましゅよ~!!」


想定外の大声でそう言って。


『今夜行くから、ノンの子になるのは勘弁してくれ』


あたしは真剣な声の海さんに、しばらく笑わせてもらった。



ああ。

みんなに幸せでいて欲しい。


あたしのように…。

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