第6話 読書と準備、さらばご老人たち、そして旅立ちへ2

「なんてことはない」


 アルムはそう思った。以前より魔法を使うと疲れやすくはなったが魔法力はさして変わってなかった。

 これも裏の図書館に入るたびに苦手な光魔法『ライトニング』と、ろうそくに火を灯すためにこれまた苦手な炎系魔法の『フレイム』を使ったおかげだろう。ライトニングとフレイムは最後まで全く成長しなかったが、一番苦手な魔法を毎日使い続けていたことで魔法力の維持の効果はあったようだ。


 魔法力の衰えを感じなかったアルムは、より実戦的な魔法に仕上げるために、近くの山にもって凶暴な魔物相手に魔法を使った特訓を初めた。魔物は決して殺さず怪我しない程度に、追い払うように魔法を使う。

 裏の図書館に入る前は、これ以上魔法の成長の兆しがなく底が見えたように感じていたが、裏の図書館で読んだ異国の魔法書を参考にアレンジを加えてみると、その成果はすぐに見て取れた。


 どうやらエルフ族の魔法は綺麗すぎたようだ。武術における武道のように魔法道とも言えるのか、美しい所作があり魅せる魔法であり、決して実戦で使えないわけではないが、異国の魔法よりは非効率で実戦的ではなかった。

 元々は魔法に関して他の種族よりも知識が豊富なエルフ族、戦時中はより実戦的だったと思われるが、エルフ族は他の種族とは接しない独自の文化を形成し、所作の美しい魔法、魅せる魔法を考案したのであろう。彼女はそう思った。


「いける! さすが、わたしね。基本がしっかりしたエルフの魔法を実戦的にするだけで、こうも大きく変わるとはね」


 アルムはその日は上機嫌で跳ねるような気持ちで喜んだ。村では表面上の笑みしか見せない彼女だが、こうして一人で何かを発見したときは自然と笑みがこぼれた。

 彼女は毎日、森の奥で外の世界を想像し一体どんな災難に出くわすのかを仮想し、どんな状況でも対応できるように考え抜き、それを一つ一つ実践してみた。森で食べれそうな物は口に入れてみたし、薬草の作り方や毒に対する魔法の修練(生命の源とも言える水を使った水魔法は回復魔法が多い)、野宿の仕方などあらゆるものを森で試してきた。


「準備はしっかりした方がいいよね」


 自然と独り言は大きくなる。アルムは装備も考えた。普段はエルフ村で一番ポピュラーな淡い緑色のラインが入った白い民族衣装をよく着ていた。不思議と以前は思ったこともなかったが、エルフ族が好む緑色と白色のローブが今更になって、全くと言っていいほど気にくわなくなってしまった。

 

 アルムは、クリーム色に近い白に紫色のラインが入った前開きタイプの袖の短いワンピースを着て、その上にダークグレーを基調とした紫色のフードがついたローブを身にまとった。

 ワンピースの下には、彼女が熱心に魔力を練り込みながら編んだ生地を使った、ダークブルーの水着のような素材の衣服を着た。長老のバアヤに教わりながら自ら裁縫したもので、耐魔法、耐水性、そして多少の耐衝撃効果もある。

 初めはその衣服で体全身を包むことも考えたが、袖と足、首回りは可動域が狭くなるのを懸念けねんして、首周りを広めに取った胴体部分のみにした。これをアルムは一〇着ほど用意した。


 彼女が生地に用いた技術は裏の図書館にあった本で習ったものだ。以前から魔力の強いエルフ族は衣服を創っていた。エルフ村フェンリル以前の一三〇〇年以上前では、エルフ族の衣服は丈夫で長持ちと歌われていたほど優れていた。


 三〇〇年に渡る戦争の後、他の種族よりも魔力も身体も劣るヒト族は新たな戦争に向けて、エルフ族の異様に丈夫な衣服に着目し研究を重ねた。丈夫さは生地の素材が関係しているのではなく、魔力を含むことによって丈夫になると発見したヒト族は、魔力を丈夫な衣服を創ることに成功した。

 その技術の応用で、ヒト族はロッドや剣、鎧などにも適用し、当時の戦争を一気に優位に進めるほど成果を得た。 


 この発想は意識的に魔力を込めていたエルフ族にはなかったし、他の種族にも当時は思いつかない。この技術を魔力が強いエルフ族がにではなく、に行うことによって相当な装備になるとアルムは思った。

 その原理は、手伝ってもらったバアヤには思いついたことを実験的に行っていると言って、他の村人たちには一切言わなかった。バアヤは喉の奥に石のふたがあるのではないかと思うほど口が堅く、誰かに言う心配はない。



 こうして実践的な魔法の修練をして、野宿の仕方を覚え、装備品を揃えた。一年で準備を済ませるはずだったが、二年を要した。この頃にはアルムの年は二〇一になる。エルフ族としてはまだまだ若い年だ。


 ――そして、とうとう村を出る日が訪れる。当初の予定では、日課にしていた森での特訓と見せかけて昼間から黙って村を出る予定であった、が……

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