第5話

よほど困った顔で見ていたのだろうか、マリは愛梨の目線に気づくと、いつもの笑顔に戻って愛梨の頭を撫でた。


「ごめんなさい、つまらない話をしてしまいましたね。でも嬉しかった。貴女と話せて。あの日も話しかけられて。ありがとう、村瀬さん。私は先に帰りますが・・・、ゆっくりしていってください。」

「あ、あの・・・!」

愛梨は呼び止めようとする。その先の言葉は見つかってはいなかったのだが。

するとマリは、また微笑んでこう言い残して去っていった。

「嫌いになってもいいですよ。」

その言葉が愛梨の胸に深く突き刺さった。

愛梨が去っていくマリの姿をただ見つめていると碧が出てきて、愛梨の肩に手をのせた。

「私が言うのもなんだけど・・・あの子のことは嫌いにならないで欲しいの。難しい子なのよ。でも、悪い子じゃないの・・・軽蔑しないでほしいの。」

「・・・わかっています。」


そう、わかってはいる。

八尾さんは良い人だ。憧れの人。

でもいきなりの告白。

動揺していないわけではない。

その後、一人で食も進むわけではなく、マリの後を追うようにして愛梨も店を出た。


そして、夜。

部屋でひとり考える。

八尾マリという女性について。

神様に選ばれた特別な女性だとマリは言っていた。

神様に特別嫌われた女性だと。

そうなのだろうか。

「あー!!私って馬鹿だ・・・何も考えられないー!!」

愛梨はそう怒鳴るとベッドでふて寝したのだった。


マリの言う難しいことはわからない。

でも、マリにはずっと自分の働いている店のアップルパイを食べに来てほしいし、彼女は憧れだ。

それだけ。

それだけしかわからなかった。


次の金曜日。

もう来ないかもしれないと思っていたが、マリは店に来てくれた。

「すみません、どうしても・・・来てしまいました。貴女は軽蔑するでしょうけど。」

そう苦笑いをするマリに対して、愛梨はアップルパイを差し出した。

「二切れ?私は一切れで・・・。」

「これは私の分です。そして今からマリさんの家に行きます。文句は言わせません。」

「え・・・?」

「お代はつけにしておきます。さぁはやく!!」


マリは動揺しつつも愛梨を自宅に招き入れる。

店から程近くにあるタワーマンションの広い部屋。愛梨はその高級感からソワソワしながら、あたりを見回す。

「・・・で、何ですか?急に。」

「あ!そうだ!すみません!!私はここでアップルパイを一緒に食べようと思って!」

いきなり突拍子もないことを言われマリはきょとんとした。だが、愛梨はいたってまじめな顔つきでアップルパイを差し出した。

「・・・私をからかっているのですか?それとも同情ですか?そんな変な心遣いはいりません。」

「いえ!違うんです!!私・・・馬鹿だから、マリさんがいう小難しいこともわかりませんし、気も使ってなんていないです。ただ・・・私は今でもマリさんを尊敬していますし、マリさんが悲しい顔するのは嫌です。そんでもってアップルパイもずっと買いに来てほしい。だから・・・。」

「だから?」

「一緒にアップルパイを食べようと思って。二人で食べたら悲しくなんてないでしょ?ついでに私の店にも来てくれるし。すごく・・・いいことだと思いませんか?」

「村瀬さん、貴女という子は・・・。」


マリは、愛梨から奪うようにしてアップルパイをとると、包みを開け手づかみで食べ始めた。それはいつものマリからは想像もできない姿であったが、愛梨は嬉しくてニコッと笑った。

そして自分も手づかみでアップルパイを食べ始める。


「美味しいでしょう?」

マリは涙を流しながら食べ続ける。

「・・・やっぱり、貴女のお店のアップルパイは最高です。」

「良かった!」

「アップルパイを誰かと一緒に食べるということがこんなに幸せだなんて思わなかった。」



それから、マリは毎週金曜日愛梨の店に訪れ続けた。

愛梨もバイトの時間を早めに終わらせてもらって彼女の家に行くことが日課になった。


そんな二人、恋人という関係でもないし友達というにも変な関係だ。

私たちって何なんですかね?

愛梨が一度、マリにそう聞いたことがあったが、マリはうーんとうなると、「アップルパイを一緒に食べる仲」かしらねと答えた。

なんだそれはと思ったものの妙にしっくり来たので、二人の関係は現状そういうことになっている。


友達以上恋人未満アップルパイを一緒に食べる仲。

二人の奇妙にも幸せな関係は続きそうだ。


これが続いたら、その続きの続きの関係になってもいいのでは。

毎週金曜日、愛梨はマリと一緒にアップルパイを食べながらそう思い始めたのであった。

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アップルパイを一緒に 夏目綾 @bestia_0305

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