第16話 理想のセ〇〇〇は夜景が綺麗な場所で

 カザリちゃんが一向に起きないので、泊めることになった。

 久羽先輩まで泊める訳にもいかないので、途中で別れたのだが、できれば泊まって欲しかったな。


 栞とのわだかまりがただの一夜でなくなる訳じゃない。

 むしろ、今日の出かけるより前より、微妙な空気が流れている。

 感触材となる久羽先輩がいたらまた変わったんだろうな。

 帰りのタクシーで、俺達二人はほぼ無言だった。

 タクシーの運転手のおじさんも、このお客は何だろうと不審に思っただろうな。


「ごめん、鍵開けて」

「はいはい」


 意識のないカザリちゃんを背負っているので、栞に鍵を回してもらう。

 ここに来るまでに、住人に見られなかったのが不幸中の幸いか。


「ふぅ」


 カザリちゃんが怪我しないように、ゆっくりと床に降ろす。

 これでようやく一息つける。


「お風呂のお湯出しとくね」

「ああ、ありがとう」


 風呂入りたいと思ったら、もう栞が動き出していた。

 日が浅いとはいえ同棲しているだけあって、家に帰ってからの行動が読めるようだ。

 助かる。


 俺は、洗濯機の前まで行くと、靴下を脱ぐ。

 洗濯籠が俺と、栞用で二つある。

 初めは洗濯機にポンポン入れていたのだが、洗濯ネットに入れないといけない下着などがあるし、色移りも気になるので、別々の籠を用意して、それに入れるルールを作った。

 靴下を裏返しにしたまま洗濯籠に入れそうだったが、すぐに元に戻して籠に入れた。


 こういう家庭ごとのルールってあるんだろうな。

 共同生活をすると相手の行動の異常性が際立つ。


 ここ最近で一番驚いた栞の独自のルールは、ご飯をよそうしゃもじの置き場所だ。

 炊飯器にしゃもじホルダーが備え付けられているから、そこにしゃもじを置いていたら、汚いと言われた。


 空気中の汚れが全部つくから、使った後はすぐに洗剤で洗う。

 もしくは、しゃもじを炊飯器の中に入れた方がいいと言われた。


 今ではしゃもじは炊飯器の中だ。

 熱すぎて取る時しんどいんだけど。

 炊飯器の中にしゃもじ入れている家庭って、世界中探しても俺の家だけじゃないんだろうか。


 俺は手洗いうがいを終えると、上着を脱いでいく。

 お姫様だっこでカザリちゃんをソファまで運び終えると同時に、栞がリビングに来た。


「まさか、泊めるなんて言うとは思わなかったな」

「いくらなんでも路上に捨てる訳にもいかないでしょ。駅とかに置いとくのも危ないし」


 夜に女の子一人置いとくのは、確かに危険だ。

 襲ってくださいと言っているもんだ。

 男一人でも怖いしな。


「この子は私の部屋に寝かすことにするから」

「えっ?」

「えっ、て何? えっ、て。まさか、自分の部屋に連れ込むだったわけじゃないでしょうね?」

「そ、そういう訳じゃないけど……」


 優しいな。

 というか、これが普通か。

 でも、ずっとカザリちゃんを詰問していたイメージがあったから、親切にしている栞に少し驚いてしまった。


「ベッドに寝かすんだろ?」

「まあ、そうね」

「栞は?」

「ベッドが一つしかないから、床で寝るか、そこのソファでも使おうと思ってるけど」

「俺のベッド使う?」

「え?」


 今度は、栞が、え? と言う番だった。


 固まっている。

 何か変なこと提案したかな。


「あ、あのねぇ!! 何考えてるの!? 他の人がいるのに、できるわけないでしょ!? それに私の初めては夜景が綺麗なホテルでやるって決めてるの!! 次点で温泉旅行の時!! 個室露天風呂でひとしきりイチャイチャした後がいい!!」

「え? 何の話?」

「え?」


 テンパって何やら口走っているけど、混乱している。

 俺と栞が想定したものが異なるのは伝わってきた。


「いや、俺がソファか床に寝るから、俺のベッド使っていいってことだったんだけど……」

「………………そう」


 スン、と大人しくなった栞は、眼を眇める。

 どうして、世界は戦争をするんだろう、って賢者になる時の俺に似ている。


 ん?

 あれ、初めてで、ベッド……。

 一人で寝るんじゃなくて、栞が思いついたのは、そういうことか?


「え、もしかしてセッ――」

「最低っ!! この変態っ!!」


 傍にあったクッションを投擲される。

 理不尽過ぎるし、変態なのはどちらかというと栞なのに。


 それにしても初めてか。

 俺より前に彼氏いないのは知っていたけど、別れてから栞がどういう異性関係を築いていたのか知らなかったから、勝手ながら安堵してしまった。


 俺達、中学生か高校生みたいな恋愛しかしてこなかったからな。

 この同棲生活を続けている限り、栞が誰かと付き合うってなったら、何だかんでショック受けるだろうな。


「ちょっと!! この子運ぶの手伝ってよ!!」


 顔が真っ赤に染まっている栞を手伝おうとすると、視界に指輪が横切った。

 今日出かける前に外した指輪で、栞からもらったものだ。

 栞がこちらに視線を向けていないのを確認すると、特に考えもなく俺は指輪を付けた。

 ただ、俺がそうしたかったらそうしたのだ。


「今行く」


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