第12話 集合場所は居酒屋


「タクさん、好きですぅ。付き合ってください」

「いやいや、彼女いるから」


 カザリちゃんは管を巻いていた。

 なので、適当にあしらう。

 自分が何を言っているのか、理解できていないだろう。


 彼女はお酒を飲めないとのことで、普通コースを注文しようとしたのだが、居酒屋ローカルルールがそれを阻んだ。

 誰か一人でも飲み放題コースを注文すると、全員飲み放題コースを選択しなければならないルールがあったのだ。


 ――私、飲み放題でいいですよ。タクさんも気にしないで下さい。


 と、カザリちゃんが気を遣ってくれたので、飲み放題コースを2人分注文した。

 カザリちゃんはお酒を一滴も飲んでいないのに、舌足らずの喋り方になっている。

 顔が赤くなっているので、確実に酔っている。


「というか、何で酔ってるんだよ。お酒注文していないよね?」

「酔ってませぇん!! 誰が酔っ払いですかぁ!!」

「そういうところだね。とりあえず、振り回しているレプリカの刀を置こうか」


 もしかして、俺の飲み物と間違えて飲んでいないよね?

 ウーロンハイとウーロン茶って、見た目ほとんど一緒だから、俺のを間違えて飲んだとかないよね?


 いや、考えたくないな。

 雰囲気で酔ってしまったのかな。

 うん、そういう人もいるからね。


「タクさんとシオさん、仲いいですもんね。誰にも割って入ることなんてできないですもんね」

「そ、そうだね」


 本当は別れてしまったと言ってしまいたい。

 他人に嘘を吐くの苦手なんだよな。

 全てをブチまかして楽になりたい。


「そういえば、今日は指輪していないんですか? あれって、シオさんからのプレゼントで、いつも動画でもつけてますよね?」


 過敏に反応しそうになったのを抑える。

 酔ってテーブルに突っ伏し気味だったので、視線が顔よりも手にいっていたのか?

 そのせいで、指輪のことを突っ込まれてしまった。


「あー」


 どうしよう。

 というか、俺、そんなことまで動画で喋っていたのか。

 ShowTubeは、プライベートの切り売りをしなきゃ動画を上げられない。

 後から振り返ると、喋らなくてもいいことをベラベラ喋っている時があるんだよなあ。


「……実は、ちょっと喧嘩してね」

「喧嘩って原因は?」

「明確な原因がないのが問題かな」


 喧嘩した当事者である俺にも分からない。

 細かい所を上げたらキリがない。

 お風呂時間長すぎとか、ゴミの分別細かくてうるさいとか。

 そんなしょうもない不満点は星の数ほどある。

 でも、それらが解消したところで、また栞と彼女彼氏の関係に戻れるかと言えば、そうは思えない。


「原因があればそれを取り除けば解決する。でも、ないからどうすればいいのか分からないんだ」


 ウーロンハイを呷る。


 気持ちが離れてしまっている時は、何を話してもすれ違うばかりだ。

 好きだった人のチャームポイントなんて、嫌いになればただの欠点になる。

 何か、強烈なきっかけがないと、元通りにならないだろうな。


「そういう時は離れてみるのも一つの手なんじゃないですか? ほら、離れてみて、初めてその価値が分かる……みたいな」

「動画があるから無理だよ」

「動画投稿を休止するとか」

「それも、難しいかもね……」


 俺と栞、二人のチャンネルなのだ。

 動画投稿休止には栞の許可がいる。

 それに、ファンを裏切ることになる。


 今の時代、ShowTuberは腐るほどいる。

 弱小チャンネルが休止すれば、すぐにファンは離れるだろう。

 そうなったら、今のような活動はできなくなる。


「チャンネルのことよりも、タクさんの心が私は心配です」


 グラスを持っている手の上に、カザリちゃんが手の平を乗せてくる。

 俺のことを気遣っているようだ。


「私はタクさんのことを第一に考えられます。でも、シオさんはどうなんですかね? タクさんのことを大事に思っていたら、休止することを賛成してくれると思いますけどね」

「それは――」

「あはは。ごめんなさい。余計なお世話でしたね! お二人のことです。私は無関係ですから、込み入った話はしない方がいいですよね!」

「……いや、考えとくよ」


 活動休止か。

 一度休止したら、二度と再開できない気もするけど、ありとはいえばありか。

 活動休止は、ShowTuberなら結構やっている。

 珍しい事じゃない。


 うちのカップルチャンネルを見ている層は、ほとんどが女性だ。

 だから、男向けの動画が撮れない。

 本当はもっと面白い動画を撮りたいのに、撮れない時が辛い時がある。

 男向けの趣味やトークの動画を、一人になって撮るのもアリかもな。


 サブチャンネルでそういう動画を撮っている時もあるけど、やっぱり視聴者層が違うので全然動画が伸びない。

 だから、遠慮している部分はあるんだよな。


「だったら、コラボとかどうですか? 気分転換に」

「コラボか……」


 確かに他の人と動画撮ったら気分転換にはなるかも知れない。

 ただ、コラボ先の人が近くにいる時は、カップルの演技をし続けないといけないのは胃が痛くなりそうだ。


「あれ、ケチャップついてますよ?」


 カザリちゃんが、自分の頬に手を当てながら教えてくれる。


 フライドポテトのケチャップが、俺の頬についてしまっているようだ。

 店に置いてあった紙ナプキンで拭く。


「え? どこ?」

「逆です、逆です」


 逆側を拭くけど、赤い染みはつかない。

 どこだ?


「そこじゃないですって」


 カザリちゃんが、業を煮やしたように前のめりになる。


 俺の頬にキスをしてきた。


 痺れるような感触に、頭がスパークする。

 指を唇に添えながら、小悪魔のような笑みを浮かべていた。


「これで、取れましたね」


 取れたけど、それどころじゃない。

 酔っているとはいえ、キスされるなんて思わなかった。

 事故みたいなものだけど、彼女がどんどん魅力的に見える。

 目が離せない。


 だから、カザリちゃんの眼の動きにも反応できる。

 俺じゃなくて、横にスライドしたのも目敏く分かる。


「巧?」


 聞きなれた声に振り向くと、そこには栞がいた。

 横にはあちゃー、と頭を抱えている久羽先輩もいる。


 そういえば、栞も飲み会するとか言っていた気がするな。

 その相手が久羽先輩だとは思わなかったな。

 とか、冷静に状況を整理している自分が、ある意味一番冷静になっていない。


 最悪のタイミングで、会いたくない二人に会ってしまった。


「その女、誰?」


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